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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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傷者累々

「遅かったな」


 九十九に向かって、雄也さんが笑った。


「こっちもいろいろあったんだよ」


 九十九が憮然とした顔で返答する。


 ここは広い建物だった。

 集会所、いや、体育館とかとかそんな感じの広さだ。


 そこに数十人ほどの人や動物が寝かされていた。


 その身体には、毛布など、上から覆うものは何も掛けられていないため、その状態は一目で分かる。


 ここに寝かされている人たちは、身体を動かせないほどの傷を負っていた。


 怪我人を見ることは初めてではないし、もっと酷い傷をわたしは見たこともある。


 ここにいる人たちは、カルセオラリア城の地下で負った雄也さんやウィルクス王子ほどの傷ではない。


 身体の一部が欠けた人もいないようだ。


 そして、この場に死体はないと思う。

 もしあれば、雄也さんが既に別の所に運んでいるだろう。


 衛生的な意味で。


 そういうことを簡単に考えてしまうようになったわたしは、もう魔界人ってことなのだろうか?


「これは、全部兄貴が……?」


 九十九が呆れたように見回す。


「そんなところだ」


 雄也さんは涼し気な顔のまま、そう答えた。


 この場所は魔法が使えない。

 つまり、雄也さんは魔法以外で圧倒したことになる。


「個別撃破ならお前もそう難しくはない話だろう? もともと烏合の衆だ。指揮系統を乱すだけで、簡単にまとまりをなくす」

「ああ、最初に頭を狙えば……。いけなくはないか」


 この場合の「頭」は身体の上端に乗っかっている部分ではないだろう。

 首領、ボスと呼ばれる存在だ。


 だけど、その分、守りは固いと思われるけど、魔界では違うのかな?


「他の三人は?」


 この場に雄也さんと行動を一緒にしていたと思われる真央先輩だけでなく、水尾先輩も、トルクスタン王子もいなかった。


「別の建物だ。トルクを中心に調べさせている。その後で、話をする予定だ」

「何の話だ?」

「落とし前について……、だな」

「落としどころではなく?」

「落とし前だな」


 雄也さんは二度、同じ言葉を言った。


 同じ揉め事の後の話でも、「落とし前(あとしまつ)」と、「落としどころ(だきょうてん)」では意味合いが大きく異なる。


 少なくとも、その言葉の響きから、雄也さんの確かな怒りを感じた。


「兄貴にしては暴れたものだな」


 九十九は改めて周りを見回す。


 まるで、話に聞いたことがある野戦病院だ。


 時折、人の呻き声が聞こえて、それだけで気分が悪くなりそうになる。


「俺は自分とその周囲に、降りかかる火の粉を振り払っただけなのだがな」


 その言葉から、正当防衛ではあったらしい。

 その部分にはホッとする。


 相手が襲い掛かってくるなら仕方ない。


 しかもこちらは魔法が使えないのだ。


 敵意を持った集団を無力化するには、手っ取り早くて分かりやすい手段ではあるだろう。


 いや、この人数を相手にした雄也さんって、本当に今、魔法が使えないのか疑問ではあるのだけど。


 この兄弟は死屍累々ならぬ傷者累々となっている周囲を気にせず、話をしている。


 リヒトと綾歌族のおね~さんは少し離れた場所で時折、何かを話しているみたいだけど、ここまで聞こえない。


 でも、時折、リヒトが顔を顰めているようにも見えた。


 あの綾歌族のおね~さんは大人しくなったけれど、この状況をどう受け止めているのだろうか?


「女が少ないな。逃がしたか?」


 言われてみれば、確かに数十人のうち、ほとんどが男の人だった。


 動物の方は分からないけれど、その全てが雌だったとしても、それでも圧倒的に男性の方が多いように見える。


「……もともと女性が少なかった」


 一瞬、言い淀んだ雄也さんは何故かわたしを見た気がする。


「まあ、そんなわけだ。必要ならば、島の外へ連れて行って癒せ」

「良いのか?」

「個人的には放置したいが、栞ちゃんが望むなら、やむを得まい」

「……だそうだが、どうする?」


 九十九がわたしを見る。


「う~ん」


 割と大事な選択を任された気がする。


 なんだろう?

 雄也さんは放置したいと言った。


 見たところ、この場に寝かされている人たちって、毛布とか掛けられていないだけじゃなく手当てを全くされていないみたいなのだ。


 傷口完全露出。

 これって、本来、捕虜の扱いとしても良くない行為だろう。


 雄也さんが応急処置すらせずに完全に放置するって、自分たちに敵意を向けていたからってそこまで酷い人だろうか?


 少なくとも、それ相応の何かがあった気がする。


「トルクたちが戻ってくるまでは、様子見ようか」


 わたしがそう言うと、九十九が何故か目を丸くする。


 そんなに意外だっただろうか?

 そして、九十九とは対照的に、雄也さんは仄かに笑った気がした。


「わたし、なんか変なこと言った?」

「いや、お前のことだからすぐに手当てしろとか言うかと」


 彼の中で、わたしは「甘い人間」ってことだろうか?


 でも、雄也さんが意味なくこの状態にしているわけじゃないとも思う。


 そして、先にこの状態を見ている水尾先輩や真央先輩、そしてトルクスタン王子もこの判断を許しているのだ。


 つまり、ここにいる人たちって、それなりの危害を最初にここに辿り着いたと思われる雄也さんと、恐らく真央先輩にも与えようとしたのではないだろうか?


 そんな相手にまで情けをかけることができるような慈愛に満ちた「聖女」になんてなるつもりはない。


 それに……。


「先にあの綾歌族のおね~さんを見たからね。わたしたちと常識が違うって思った方が良いかなと」


 最初にわたしたちと出会った時、少なくとも、彼女と話が通じる気がしなかった。


 会話ができているようで、どこか少しだけずれているような違和感はどうしてもあったのだ。


 それに、再びわたしたちの目の前に現れた彼女は、ずっとリヒトだけを見ていた。

 まるで、彼以外、目に入らないかのように。


「まあ、精霊族だからな。人間とは違う思考を持っているのは当然だ」

「だから、雄也さんが手当てをしないのも何か理由があるんじゃないかと思って」


 わたしがそう言うと、雄也さんが微かに笑った気がした。


 それは「正解」か「不正解」なのかは分からない。

 単純に「甘い」と思われたのかもしれない。


 でも、一度、いろいろな意味を考えたら、そこで行き詰った。

 多分、雄也さんはわたしにその理由を言う気はないのだろう。


 そうなると……。


「わたしは、外した方が良いですか?」


 雄也さんに確認する。


 九十九がすぐ傍で眉を顰めたのは分かった。


「互いに、情報のやり取りをしたいでしょう?」


 彼ら兄弟は、上司と部下のような関係でもある。


 もし、わたしに伝えることができなくても、九十九になら必要なことを伝える可能性はある気がした。


「九十九、報告書は?」

「ま、待て! 今からまとめる」


 流石にまとめてはいなかったらしい。

 雄也さんに促されて、慌てて、リュックから紙と筆記具を取り出していた。


「さっさとまとめろ。今、栞ちゃんをこの場から外させるわけにはいかないからね」

 雄也さんはそう言いながら、わたしに向かって笑みを浮かべる。


「それぐらい、この場所は、危険なんだよ」


 人の呻き声が聞こえる異様な空間で、それを作り出した当事者は笑顔のままそんなことを言った。


「危険?」

「そう。少なくとも、この島の男たちを行動不能にさせておいても、安心できない程度には危険がある」


 何故、殿方限定なのか?

 雄也さんが言い口ごもったことと合わせれば、どうも嫌な予感しかしない。


「ちょっと待て、兄貴。先にそっちの報告をよこせ!」


 同じように何かに気付いた九十九が慌てたように手を差し出す。


「お前の報告はどこまで書けた?」

「昨日一日分はある! 今日のはまだだ」


 そう言って、雄也さんに紙を渡している。


 わたしが寝ている時に記録していたのだろう。


 でも、あんな状況でも、いつものように日報を記録しているとか、どれだけ習慣付けられた行為なのだろうか?


 雄也さんからも紙のようなものが渡される。


 それは九十九が使っているようなしっかりした物ではなく、記録するのにも苦心した跡が見られた。


 考えてみれば、ここは魔法が使えない場所なのだ。

 いつも使っているような紙と筆記具があるはずもない。


 それでも、記録している辺り、雄也さんらしいとも思うけど。


「お前たちの方は平和で良かったな」


 九十九の渡した紙に目を通しながら、雄也さんがポツリと呟いた。


 平和?

 昨日一日、かなりバタバタしたけど、あれでも平和だったのだろうか?


 船の転覆はともかく、トルクスタン王子の血みどろ事件とか笑えない話もあったはずなのだけど……。


 だけど、同じように雄也さんから渡された紙を読む九十九の顔色は良くない。


「読みにくい」


 九十九が顔を上げてはっきりと言い切った。


「当然だ。お前のように恵まれた状況になかったからな」

「書き直せ。紙と道具は渡すから」


 そう言って、九十九は紙と筆記具を雄也さんに渡すと……。


「ありがたい」


 そう言って、雄也さんは筆記具を走らせる。


 九十九が記録しているところは見慣れたが、雄也さんが報告書を書くところなんて、初めて見る気がする。


 こうしてみると、やはり兄弟。

 凄くよく似ている。


 記録を付けている時の表情や、その動きが本当にそっくりすぎて面白い。


「どうした?」

「いや、九十九と雄也さんがよく似ていると思って……」


 九十九から声をかけられて、思わず口元に手をやる。


 にやけていたのを見られたらしい。

 ちょっと恥ずかしい。


「……兄弟だからな」


 どこか複雑そうな顔をしながらも九十九はそう答えた。


 兄弟でもここまで似るものなのだろうか?

 師が同じだから?


 でも、記録の付け方はともかく、その時の表情や仕草なんて、意識しても簡単に似せられるものではないだろう。


 そう考えると、やはり、血筋かな?


 わたしは一人でそう納得していたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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