お墓参りをしよう
「おいこら。まだ髪から水が落ちてるぞ」
「お?」
どうやら、上手く拭けてないのか、首元に雫が滴り落ちている。
当人が気付いていないのに、この暗さでよく見えたものだ。
「……ったく……」
世話が焼けると言わんばかりに九十九はわたしの頭の上に新しいタオルを載せると、ぐっと押さえつけて力強く動かす。
「ちょっ!?」
いきなりの行動に、わたしが思わず抗議をしようとすると……。
「動くな。せっかく綺麗な黒髪なんだから、もっと大事にしろよ」
「う、うん」
そんなことを言われてしまっては、黙るしかなかった。
異性の口から、「綺麗な黒髪」という言葉。
これって、かなりときめく台詞だと思う。
状況によっては顔を赤らめてはにかむとか、この薄暗さも手伝ってうっかり恋に落ちてしまうこともあるかもしれない。
だが、わたしは声を大にして言わせてもらう。
これはない! と。
頭を、わしゃわしゃとタオルで力強く無造作にこすられているため、そんな心の余裕などない。
なんだろう、この犬猫のような扱い。
そして、美容に詳しくないわたしでも分かる。
これでは、何も考えずに放置する自然乾燥よりも髪の毛が傷むだろう。
基本的に九十九は世話焼き体質だとは思う。
さっき、崖から飛び降りた時の反応からもそれがはっきりと分かる。
だが!
彼は異性の扱いというものに対して、かなり粗雑なのだ。
なんというか……。
本当に残念少年なのである。
顔は良い。
美少年って感じではないけれど、少なくともわたしの好みの顔をしている。
いや、確かに初恋相手という贔屓目があることを否定するつもりもない。
でも、世間一般の基準は分からないけれど、ワカや高瀬の反応を見る限り、彼はそこまで見目が悪くもないとは思う。
性格も悪くはない。
ちょっとお人好しで、何かと損する苦労人のような印象はあるけれど、それを当人は苦としてはいない。
大変そうな状況でも、楽しむような余裕はありそうだ。
そして、人を見下して悦に浸るような嫌な部分も見られない。
現状に満足せず、向上心も高いように思える。
そして、お礼、反省、謝罪、妥協、傾聴、意見ができる。
これはわたしにとってかなりポイントが高い部分だった。
人として、お礼、反省、謝罪は大事だと思うし、我を張りすぎず、妥協点を探してくれる柔軟さには助けられている。
わたしの拙い言葉にもしっかり反応してくれるし、その上で、彼自身も言葉を飲み込まず、話し合いができる。
うん。
改めて考えると結構、わたしの中で九十九は高評価男子だ。
ただ……、それだけに残念すぎる部分が悪目立ちしてしまっていると言わざるを得ない。
個人的な意見として、「これさえなければ良い」というのは「これがあるから駄目だ」ってことだと思っている。
本当に彼は、いろいろと勿体無いのだ。
考えてみて欲しい。
『格好いい魔法使いの少年に抱えられて夜空の散歩』
このフレーズは少女漫画が好きな人種なら激しく興奮もできるほどだろう。
トキメキ要素も盛りだくさんで、妄想も捗るというものだ。
だが、現実は甘くない。
……寧ろ、はっきり言うとかなり苦い。
米俵のように肩に担がれて、自分の腹筋、背筋、胸筋、ついでに三角筋まで鍛えられるような状況。
その時は九十九の肩に押し当てられた腹筋しか痛みを感じなかったけれど、後からの筋肉痛でどこに力が入っていたかよく分かったのだ。
いや、ちゃんと分かってはいるんだよ。
乙女の憧れ、「お姫様抱っこ」というのは、かなり大変だってことは。
部活の筋トレに選ばれるぐらい、負荷がかかるのだ。
似たような体型の子とペアを組んで、10メートル走るってだけでも、次の日、両腕を中心にあちこち筋肉痛になったよ。
だから、大変なのは分かっているつもりだ。
それでも、わたしにだって憧れはあるのだ!
それでも、ちゃんと要望すれば、叶えてくれた気もする。
九十九だからね。
怪訝な顔をしつつも、乙女の夢を叶えてくれたことでしょう。
でも……、「お姫様抱っこをして! 」と現実に付き合ってもいない同級生男子に向かって口にするってどんだけ分厚い面の皮をしていればできることなのですか?
「……どうした?」
わたしが黙っているためか、グシャグシャにした髪の毛を手で整えてくれながら、九十九が尋ねてきた。
「いや、ちょっと自問自答を少々。最近、自分との語らいが密かなマイブームとなっていてね」
嘘は言ってない。
自問自答で愚問愚答なだけだ。
「嫌なブームが到来中なんだな」
九十九が苦笑いをする。
「うん。わたしもそう思う」
何が悲しくて、こんな阿呆なことを考えなきゃいけないのだろうね?
「でも、気をつけろよ。自問自答は少し間違うと、マイナス思考のまま繰り返すからな」
「そうだね、気をつけるよ」
「お前は昔からそう言うところがあるからな」
「ん?」
昔?
その九十九の言葉に少しだけひっかかりを覚えたが……、今は気にしないことにした。
それを考え始めたら、新たに良くない方向で思考のループに突入する気がするのだ。
いろいろと落ち着いた後、改めて周囲を眺める。
九十九の出した明かりがあるため、周りが見えなくはないけれど、ゴツゴツした硬そうな岩しかないことは分かる。
「さて、進むか。もう少し……先だ」
そう言って、九十九は先に進みだした。
「あ、待って」
わたしは慌てて追いかける。
そこからさらに少し進んだところで、九十九が足を止めた。
「これは……」
先ほどまでの真っ暗な場所と違い、周囲の壁が仄かに光を放っている。
さらに目の前には石造りの扉があった。
「どうしたの?」
先ほどまで迷いなく進んでいたように見えたのだけど、ここに来て、やはり行きたくないと言うのだろうか?
「いや、開けるぞ」
そう言って、九十九はその石の扉に手を当てると……、ふっとその扉が、消えてしまった。
「うわっ! すごい!!」
奥には広間があり、さらに明るさが広がった。
不思議だ。
「これ……本当に雄也先輩と九十九の二人で作ったの?」
さっきの扉を見た時もそう思ったけれど、これを……本当に小さな子どもたちだけで作ったのだろうか?
「まさか……、オレたちは埋めただけだ。誰が……こんなことを……?」
九十九自身、この状態は知らなかったようだ。
この広間は一面が平らな石造りでできていて、金属ではないのに九十九が出した光を少し反射しているように見える。
床や壁がまっ平らな時点で、魔法という特殊技術があることを差し引いても、あまり子どもの仕事とは思えない。
さらに、この石室の中央には五角柱と五角錐を重ねたような形の黒い柱が石の床に突き刺さるように立っていて、それぞれに大きな丸い石がはめ込まれていた。
人間界とは形が違うけれど、これが魔界のお墓なんだと思う。
だけど、これが子ども二人で作ったとはとてもじゃないけれど考えられなかった。
「九十九も……知らなかったのか」
「来てなかったからな」
そう言いながら、九十九はその黒い柱に近づいて一つ一つ確認する。
「どれも……本物の魂石に見える。でも……そんなことが……? それにこの石、この部屋……。どれも簡単にできるもんじゃねえ」
その大きな丸い石をじっと見つめた後、九十九はそう言った。
「雄也先輩ってことかな?」
「普通に考えればそれしか考えられん。ここにオレたちの両親が眠っていることを知っていたのは、オレと兄貴、そしてお前の母親である千歳さんと……ミヤドリードぐらいだ」
「ミヤドリード……さん?」
初めて聞く名前だと……思う。
「千歳さんの友人で、オレたちの師匠みたいなもんかな? ミヤドリード=ザニカ=バンブバーレイ」
ん?
……バンブバーレイ?
なんだろう?
その言葉が何か、引っかかった。
そして、あの母の友人で、九十九たちの師匠……、つまりは、先生?
「墓石……というか墓柱? に名前を刻まないんだね」
黒い柱は、不思議な輝きを持つ石がはめ込まれている以外に凹凸が一切なかった。
墓標や卒塔婆のように文字らしきものも書かれていない。
「その石……魂石が本物で、ちゃんとした手順通りに祀っているならば、その中に死んだ人間の思念が籠もると言われている」
「……思念……魂?」
九十九が「魂石」と呼ぶ石は、どれも黄色い石ではあったけれど、それぞれ輝きが違った。
一番手前にある石が一番大きく、さらに光も強い。
黄色くて透明で……光り輝いていた。
そして、その横にあるのは黄色い光に、少しだけ紅い筋が入っている。
「いや、魂そのものは『聖霊界』に向かう。ここにあるのは一部の思い出……みたいなものらしい」
えっと……、魔界人の魂は「聖霊界」……多分、あの世ってことかな?
そこに向かうと言われているらしい。
でも、魂って確か精神、心って意味があったはずだから、その一部がこの石に込められているって考えて良いだろう。
「ところで……すっごく気になるんだけど……」
「なんだ?」
わたしは先ほどからずっと気になっていたことを口にする。
これが本当に九十九と雄也先輩のご両親のお墓だと言うのなら……。
「九十九の両親って……、3人もいたの?」
目の前の光景の理由はどういうことだろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




