生かして活かせ
「喧嘩を売る相手は選べ」
黒い鳥の両脚を踏みつけ、口元に刃を突き付けながらそう言った。
この世界には、珍しい形状の刃物。
叩き切ることを目的とした打撃武器に近い洋剣ではなく、斬ったり突いたりすることを目的とした日本刀に近いソレは、カルセオラリアのとある刀鍛冶師より、国を救ってくれた礼と、迷惑をかけた詫びとして頂戴したものである。
長さ的には短刀より脇差に近く、しかも、刺身包丁というのがなんとも言えないが、人間界で購入したものより刃渡りも長く、護身用としても使いやすいので意外と重宝している。
「このまま、脚を折るか? この刃なら、その嘴を削ぎ落とすこともできる。どちらでも好きな方を選べ」
日本刀はこの距離からでも斬り付けられる。
しかも、これは刺身包丁だ。
もともと、勢いを付けて扱うものではない。
『ツクモ』
リヒトから制止の声がかかる。
「栞に標的を移した時点で、オレにとってはただの害鳥だ。そして、オレはそれを駆除する責務がある」
実際、そういう話でしかない。
ただの求婚、痴話喧嘩なら様子を見るだけで問題なかった。
だが、この鳥は栞に害意どころか殺意を向けた。
それだけでも許し難い。
拘束、踏み付け、脅しだけで済んでいることに感謝してほしいぐらいだ。
本来なら、拘束する前に叩き切っている。
「九十九、やり過ぎ」
背後から声がかかる。
人の姿を見てしまったせいか、相変わらず甘い。
自分に向けられた殺意も分からないわけではないだろうに、それでも、オレの主人は変わらない。
「拘束までで良い。治癒魔法が使えない状態で、大きな怪我をさせないで」
「相手は精霊族だぞ?」
精霊族は、人間より自己治癒能力が強いモノが多い。
人間では瀕死の重傷に見えても、僅かな時間で快癒してしまう不死身のような種族もいる。
後ろを見ると、少し低い位置から見上げるような強い瞳が目に入った。
「この人の村に雄也さんたちがいるって聞いている。そうなると、こちらは人質をとられている状況なんだよ? 捕虜の扱いによって、人質の扱いだって変わってくるものでしょう?」
栞はオレよりずっと冷静だった。
しかも、「捕虜」とか。
殺すよりも生かして活かせという考え方は、オレより兄貴に近い。
オレは大きく息を吐いた。
「『番い』を探したければ、もっと手段を選べ」
オレは、刺身包丁を下ろして、革袋に収納した後、背中に戻す。
「想う相手の想い人を殺したところで、その代わりに収まることなんかできない。寧ろ、相手から恨まれるだけだ」
拘束している鎖は、首には入っていないから、多少絞めたところですぐに死にはしないだろうが、少しだけ緩める。
オレならどんな事情があっても、恨むよりも先に、相手を殺している。
恨む余裕なんかいらない。
『グアッ!!』
精霊族っぽくない返答があった。
どうやら、変化した状態では人語を話すことができないらしい。
めんどくせえ。
「変化を解け。話しにくい」
オレの言葉に、少しだけ鳥は顔を上げた。
もっと「緩めろ」とその瞳で訴えてくる。
「言っておくが、これ以上、緩める気はない。また暴れるようなら、今度はその羽を毟ってやるからな」
人間界と違って、鳥類は料理する時に変質しやすくて好きじゃないのだが、羽を毟る分には問題ない。
『グワァ』
オレが本気で言っていると雰囲気で察した、黒い鳥は力なく一声だけ鳴くと、黒い羽根が舞い上がった。
水属性ではない大気魔気の変動を感じる。
これは、地属性か?
再び、人型になった「綾歌族」は、人間界で見た雑誌の袋とじにありそうな姿をしていた。
鎖が身体のあちこちに絡まって食い込み、緊縛趣味の人間なら喜びそうな図だ。
だが、オレにそんな趣味はなかった。
鎖が谷間に食い込んで強調されているでかい胸には、男の本能的として思わず目が行きそうになってしまうが、だからといって、鳥になるような女にまで欲情するような節操なしでもないらしい。
それに、どうしても、先ほどの鳥の姿が鮮明に頭の中に残っている。
オレの中では、鳥胸肉に無駄な脂が存在しているのは問題でしかなかった。
「これだと、手が自由過ぎるな」
羽と違って、人型は手を自由に動かせてしまう。
動きだけは封じておかないと、安心できん。
『ツクモ、足を組紐に変えて、鎖を解くことはできるか?』
「甘くねえか?」
個人的には鎖で縛っている方が良いと思うのだが?
『この状態では連行しにくいだろう?』
ああ、移動するためか。
それなら……。
「袋に詰めれば、鎖も紐も関係ねえけど」
会話を考えなければ、また鳥に戻ってもらった方が良いかもしれん。
『ユーヤにまた嫌味を言われるぞ』
「あ~、それは面倒だ」
兄貴は女には厳しく、甘いからな。
仕方なく、組紐で結んだあと、鎖を解いた。
「凄い武器だね」
栞が横から覗き込んだ。
「改造ボーラだ」
「改造……、ボーラ?」
まあ、ボーラなんて、武器として、馴染みはあまりないよな。
「投擲用武器としても使えるが、生け捕り用の狩猟道具だ。本来のボーラは投げやすいように縄でできているものが多いが、威力重視にして、武器として使いやすくした」
くるくると長い鎖をまとめていく。
魔法があれば楽だが、今は使えないから仕方ない。
「ボーラって、丸っこい石の錘がついているイメージだったけど」
なんで、この女はボーラなんて武器を知っているのだろうか?
「即席ならそうなるな。でも、金属の方が投げやすいし、軌道計算もしやすいぞ」
その場にある石を使うと、軌道について、誤差を計算しなおさなければならなくなる。
金属なら、簡単に変化しないから覚えるだけだ。
まあ、強化魔法が使えないと、重量はあるが、これぐらいならば問題ない。
「で、この女だけど……」
面倒だけど、運ぶ必要はある。
栞に持たせるわけにはいかないが、今のオレが片手を使えなくなるのは少し不安だった。
『俺が運んでも良いか?』
「「は? 」」
リヒトの申し出にオレと栞の声が重なった。
「運ぶってお前……、重いぞ?」
「なっ!?」
オレの言葉に、栞が何故か反応した。
「リヒトは、カルセオラリア城で、真央さんを運ぶのにも苦労していたんだ。この女は真央さんよりも、多分、今のリヒトよりも重い」
『あの時とは体格が違う』
リヒトは素早く反論する。
そして、その言い分も分かる。
それに、あの時の真央さんは意識を失っていたが、この女は拘束しているものの、意識はある。
今も、オレたちのやり取りをじっと見ているのだ。
だから、「適齢期」に入ったリヒトの筋力がある程度上がっていれば、この女ぐらいは持ち運べなくはないだろう。
だが……。
「危険だ。この女、何をしでかすか分からない」
その一点だけで、賛成できない。
『この女は、俺に手出しはできない。俺に自覚はないが、「番い」候補なのだろう? 失えば、新たな候補を探すまでに膨大な時間を要する』
それはそうだ。
だからこそ、この女は迷わず栞を狙ったのだから。
「精霊族」のほとんどは、「適齢期」に入ったとしても、「番い」と感じるほどの繋がりを感じるほどの存在に、タイミングよく出会えれば良い方らしい。
そして、人間もそうだが、「番い」と感じない相手でも、子はなすことは可能だ。
だから、「適齢期」に入り、子ができた後に、「番い」と感じる相手が見つかれば、その時の相手を捨てて、「番い」を選ぶことは許されているらしい。
さらに厄介なのは、自分が「番い」と感じても、その相手からは「番い」だと思われない可能性もあるそうだ。
今回はそれに該当する……のか?
「だがな~」
現時点では何とも判断しにくい。
悪いが、オレとしては、リヒトよりも栞の身が危険になる方が問題なのだ。
先ほど、明確な殺気を向けられた以上、それを看過することなどできない。
「九十九……」
いろいろな意味で、甘い女がオレに声をかける。
分かってる。
どうせ、好きにさせろと言う気だろう?
「リヒトが自分の願いを言うようになったんだよ?」
前から、言っている気がするぞ?
結構、この男、我が儘だぞ?
「それに、お互いを知るって大事だと思うんだよね?」
それも分かってる。
リヒトの気持ちは分からんが、この女はリヒトを「番い」と見定めた。
だからこそ面倒ではあるのだが……。
しかし、三人の目がオレに向けられている。
これでは、オレ一人が我が儘を言っているみたいで居心地が悪い。
「九十九は護衛だから両手を空けないといけないでしょう? そうなると、わたしが運ぶことになるけど……」
栞は戦法を変えてきた。
この女は本当に頭が悪くない。
そして、そんな言い方をされてしまうと、オレが折れるしかない。
「分かったよ。だが、リヒト。栞に害があれば、オレは今度こそその女を切り捨てるからな」
『承知した』
オレとリヒトのそんなやり取りを見て、栞は嬉しそうに笑った。
ああ、オレはこの女には本当に一生、勝てる気がしない。
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