表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1259/2799

生かして活かせ

「喧嘩を売る相手は選べ」


 黒い鳥の両脚を踏みつけ、口元に刃を突き付けながらそう言った。


 この世界には、珍しい形状の刃物。


 叩き切ることを目的とした打撃武器に近い洋剣ではなく、斬ったり突いたりすることを目的とした日本刀に近いソレは、カルセオラリアのとある刀鍛冶師より、国を救ってくれた礼と、迷惑をかけた詫びとして頂戴したものである。


 長さ的には短刀より脇差に近く、しかも、刺身包丁というのがなんとも言えないが、人間界で購入したものより刃渡りも長く、護身用としても使いやすいので意外と重宝している。


「このまま、脚を折るか? この刃なら、その嘴を削ぎ落とすこともできる。どちらでも好きな方を選べ」


 日本刀はこの距離からでも斬り付けられる。


 しかも、これは刺身包丁だ。

 もともと、勢いを付けて扱うものではない。


『ツクモ』


 リヒトから制止の声がかかる。


「栞に標的を移した時点で、オレにとってはただの害鳥だ。そして、オレはそれを駆除する責務がある」


 実際、そういう話でしかない。


 ただの求婚、痴話喧嘩なら様子を見るだけで問題なかった。

 だが、この鳥は栞に害意どころか殺意を向けた。


 それだけでも許し難い。


 拘束、踏み付け、脅しだけで済んでいることに感謝してほしいぐらいだ。

 本来なら、拘束する前に叩き切っている。


「九十九、やり過ぎ」


 背後から声がかかる。


 人の姿を見てしまったせいか、相変わらず甘い。


 自分に向けられた殺意も分からないわけではないだろうに、それでも、オレの主人は変わらない。


「拘束までで良い。治癒魔法が使えない状態で、大きな怪我をさせないで」

「相手は精霊族だぞ?」


 精霊族は、人間より自己治癒能力が強いモノが多い。

 人間では瀕死の重傷に見えても、僅かな時間で快癒してしまう不死身のような種族もいる。


 後ろを見ると、少し低い位置から見上げるような強い瞳が目に入った。


「この人の村に雄也さんたちがいるって聞いている。そうなると、こちらは人質をとられている状況なんだよ? 捕虜の扱いによって、人質の扱いだって変わってくるものでしょう?」


 栞はオレよりずっと冷静だった。


 しかも、「捕虜」とか。

 殺すよりも生かして活かせという考え方は、オレより兄貴に近い。


 オレは大きく息を吐いた。


「『番い』を探したければ、もっと手段を選べ」


 オレは、刺身包丁を下ろして、革袋に収納した後、背中に戻す。


「想う相手の想い人を殺したところで、その代わりに収まることなんかできない。寧ろ、相手から恨まれるだけだ」


 拘束している鎖は、首には入っていないから、多少絞めたところですぐに死にはしないだろうが、少しだけ緩める。


 オレならどんな事情があっても、恨むよりも先に、相手を殺している。

 恨む余裕なんかいらない。


『グアッ!!』


 精霊族っぽくない返答があった。


 どうやら、変化した状態では人語を話すことができないらしい。

 めんどくせえ。


「変化を解け。話しにくい」


 オレの言葉に、少しだけ鳥は顔を上げた。


 もっと「緩めろ」とその瞳で訴えてくる。


「言っておくが、これ以上、緩める気はない。また暴れるようなら、今度はその羽を毟ってやるからな」


 人間界と違って、鳥類は料理する時に変質しやすくて好きじゃないのだが、羽を毟る分には問題ない。


『グワァ』


 オレが本気で言っていると雰囲気で察した、黒い鳥は力なく一声だけ鳴くと、黒い羽根が舞い上がった。


 水属性ではない大気魔気の変動を感じる。


 これは、地属性か?


 再び、人型になった「綾歌族」は、人間界で見た雑誌の袋とじにありそうな姿をしていた。


 鎖が身体のあちこちに絡まって食い込み、緊縛趣味の人間なら喜びそうな図だ。


 だが、オレにそんな趣味はなかった。


 鎖が谷間に食い込んで強調されているでかい胸には、男の本能的として思わず目が行きそうになってしまうが、だからといって、鳥になるような女にまで欲情するような節操なしでもないらしい。


 それに、どうしても、先ほどの鳥の姿が鮮明に頭の中に残っている。


 オレの中では、鳥胸肉に無駄な脂が存在しているのは問題でしかなかった。


「これだと、手が自由過ぎるな」


 羽と違って、人型は手を自由に動かせてしまう。


 動きだけは封じておかないと、安心できん。


『ツクモ、足を組紐に変えて、鎖を解くことはできるか?』

「甘くねえか?」


 個人的には鎖で縛っている方が良いと思うのだが?


『この状態では連行しにくいだろう?』


 ああ、移動するためか。


 それなら……。


「袋に詰めれば、鎖も紐も関係ねえけど」


 会話を考えなければ、また鳥に戻ってもらった方が良いかもしれん。


『ユーヤにまた嫌味を言われるぞ』

「あ~、それは面倒だ」


 兄貴は女には厳しく、甘いからな。


 仕方なく、組紐で結んだあと、鎖を解いた。


「凄い武器だね」


 栞が横から覗き込んだ。


「改造ボーラだ」

「改造……、ボーラ?」


 まあ、ボーラなんて、武器として、馴染みはあまりないよな。


「投擲用武器としても使えるが、生け捕り用の狩猟道具だ。本来のボーラは投げやすいように縄でできているものが多いが、威力重視にして、武器として使いやすくした」


 くるくると長い鎖をまとめていく。

 魔法があれば楽だが、今は使えないから仕方ない。


「ボーラって、丸っこい石の錘がついているイメージだったけど」


 なんで、この女はボーラなんて武器を知っているのだろうか?


「即席ならそうなるな。でも、金属の方が投げやすいし、軌道計算もしやすいぞ」


 その場にある石を使うと、軌道について、誤差を計算しなおさなければならなくなる。


 金属なら、簡単に変化しないから覚えるだけだ。

 まあ、強化魔法が使えないと、重量はあるが、これぐらいならば問題ない。


「で、この女だけど……」


 面倒だけど、運ぶ必要はある。


 栞に持たせるわけにはいかないが、今のオレが片手を使えなくなるのは少し不安だった。


『俺が運んでも良いか?』

「「は? 」」


 リヒトの申し出にオレと栞の声が重なった。


「運ぶってお前……、重いぞ?」

「なっ!?」


 オレの言葉に、栞が何故か反応した。


「リヒトは、カルセオラリア城で、真央さんを運ぶのにも苦労していたんだ。この女は真央さんよりも、多分、今のリヒトよりも重い」

『あの時とは体格が違う』


 リヒトは素早く反論する。


 そして、その言い分も分かる。


 それに、あの時の真央さんは意識を失っていたが、この女は拘束しているものの、意識はある。


 今も、オレたちのやり取りをじっと見ているのだ。


 だから、「適齢期」に入ったリヒトの筋力がある程度上がっていれば、この女ぐらいは持ち運べなくはないだろう。


 だが……。


「危険だ。この女、何をしでかすか分からない」


 その一点だけで、賛成できない。


『この女は、俺に手出しはできない。俺に自覚はないが、「番い」候補なのだろう? 失えば、新たな候補を探すまでに膨大な時間を要する』


 それはそうだ。

 だからこそ、この女は迷わず栞を狙ったのだから。


 「精霊族」のほとんどは、「適齢期」に入ったとしても、「番い」と感じるほどの繋がりを感じるほどの存在に、タイミングよく出会えれば良い方らしい。


 そして、人間もそうだが、「番い」と感じない相手でも、子はなすことは可能だ。


 だから、「適齢期」に入り、子ができた後に、「番い」と感じる相手が見つかれば、その時の相手を捨てて、「番い」を選ぶことは許されているらしい。


 さらに厄介なのは、自分が「番い」と感じても、その相手からは「番い」だと思われない可能性もあるそうだ。


 今回はそれに該当する……のか?


「だがな~」


 現時点では何とも判断しにくい。


 悪いが、オレとしては、リヒトよりも栞の身が危険になる方が問題なのだ。

 先ほど、明確な殺気を向けられた以上、それを看過することなどできない。


「九十九……」


 いろいろな意味で、甘い女がオレに声をかける。


 分かってる。

 どうせ、好きにさせろと言う気だろう?


「リヒトが自分の願いを言うようになったんだよ?」


 前から、言っている気がするぞ?

 結構、この男、我が儘だぞ?


「それに、お互いを知るって大事だと思うんだよね?」


 それも分かってる。


 リヒトの気持ちは分からんが、この女はリヒトを「番い」と見定めた。

 だからこそ面倒ではあるのだが……。


 しかし、三人の目がオレに向けられている。


 これでは、オレ一人が我が儘を言っているみたいで居心地が悪い。


「九十九は護衛だから両手を空けないといけないでしょう? そうなると、わたしが運ぶことになるけど……」


 栞は戦法を変えてきた。


 この女は本当に頭が悪くない。

 そして、そんな言い方をされてしまうと、オレが折れるしかない。


「分かったよ。だが、リヒト。栞に害があれば、オレは今度こそその女を切り捨てるからな」

『承知した』


 オレとリヒトのそんなやり取りを見て、栞は嬉しそうに笑った。


 ああ、オレはこの女には本当に一生、勝てる気がしない。

ここまでお読みいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ