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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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見慣れない生き物

「えっと……どうすれば良い?」


 目の前で激しく飛び散るモノを見ながら、栞が怯えたような瞳をオレに向けてくる。


 オレとしては、放っておきたいのが本音だ。


 この状況が何を意味するのかを理解できているために、正直なところ、勝手にやってくれと思うが、栞はそうではないのだろう。


『助けてくれ』


 その被害者? となってしまったリヒトは、栞と違って、怯えることなく冷静にそう言うが、本当に嫌なら突き放せば良いだけの話だ。


 それをしないのだから、受け入れていると思って良くないか?


『良くない。助けてくれ』


 疲れたように、襲撃してきたモノに文字通り、襲われているリヒトが再度、そうオレに懇願した。


 それでも、相手に悪意がないことは分かっているようで、素直にされるがままとなっている。


 いや、オレの心を読んで、その意味を理解してしまったから、無碍にもできないのかもしれない。


 上から降ってきたのは、黒い大きな鳥だった。


 そして、オレや栞ではなく、リヒトだけを的確に狙ったのだ。


 先ほどから、リヒトにのしかかってその身体を、両脚で押さえつけ、(ついば)むように、先ほどから服や髪を引っ張っている。


 むき出しになっている腕や足、顔などの肌には食いつかない辺り、限度は知っているのだと思う。


 あんなのに突かれたら、守りの薄いリヒトは、血肉をまき散らす大惨事になったはずだ。


 だが、どちらにしてもこの状態は、リヒトが黒い大鳥に捕食されようとしているようにしか見えない。


 その黒い羽根をまき散らしながら、オレたちを無視してリヒトだけを一心不乱に突いている。


 だが……。


()()()()を止めるのは難しい」


 流石にちょっと気が進まなかった。


 何より、邪魔をした後、その怒りの矛先ならぬ嘴先が、こちらを向かないとも限らない。


「求愛行動!?」


 栞が目を丸くする。


「その鳥は恐らく『綾歌族(りょうかぞく)』の変化した姿だ」


 海沿いに住まう精霊族だ。


 歌のような音で、船に乗っている人間たちを惑わし、夢見心地になっている間にその魔法力をごっそり吸い取ろうとするタチの悪い精霊族。


 だが、その反面、大きな鳥へと姿を変え、漂流しているモノを助けることもあると聞いている。


「りょうかぞく? どこかで聞いたことがある気がする」


 栞は首を捻った。


 オレは教えたことはないはずだが、精霊族の中では長耳族、淫魔族のように知られている。


 どこかでも耳にしていても不思議はない。


「目の前の鳥からは、普通の魔鳥(まちょう)とは違って魔力の流れを感じない。だから、精霊族であることは間違いないだろうな」


 鳥に姿を変える精霊族は他にもいるが、餌でもない相手に対し、鳥の姿で無心に啄む行為をする精霊族は、オレが知る限り、「綾歌族」ぐらいしか心当たりがない。


「ど、どうすれば良いの?」


 珍しく、栞が怯えの色を出している。


 まあ、この鳥、栞やオレよりも大きい。

 自分よりも大きく見慣れない生き物の激しい行為に恐怖を覚えない生物はいないだろう。


「リヒトが受け入れるか。拒むか」

「それまで、こうして見てろって?」

「求愛行動だからな。邪魔すると、怒りがこっちに向くぞ」


 精霊族は「適齢期」に獲物、もとい、自分が気に入った相手を見つけると、周囲を気にせず、求愛行動に出る生き物が多い。


「求愛行動中に邪魔された海獣に、八つ当たりで船を沈められただろう?」

「うぐ」


 それだけ、人間と違って求愛行動が大事なのだ。


 まあ、人間は極端な話、いつでも求愛できる。


 だが、魔獣などの動物は季節を選び、精霊族はその対象となる相手と出会ったその瞬間しか機会がない種族もいるのだ。


 集落を作って生活している長耳族はそうでもないかもしれないが、この「綾歌族」は鳥に姿を変えられるために、求愛を拒む時に、その場からすぐ飛び立つらしい。


 逃がしたくないほど気に入れば、必死で掴みかかるよな。


『俺は、言葉も交わさない生き物の想いに応える気はない』


 リヒトは、その鳥に向かって言い切った。


『俺を口説きたければ、行動ではなく言葉を使え』


 そんな説得が通じる相手なら、そもそも問答無用で襲い掛かりはしないだろう、と思ったが、オレの予想に反して、黒い大鳥はピタリとその動きを止めた。


 そして……。


『それが、長耳族(おまえ)の流儀なら、アタシはそれに従う』


 そう言いながら、さらにその黒い羽根をまき散らして、変化を解いた。


 ―――― ああ、やっぱりこの女か


 ここに来る前から、そんな予感はしていた。

 この女は必ず、リヒトに接触すると。


 黒い長い髪、褐色肌の豊満な身体と露出の高い恰好。

 整った顔立ちに少しだけ垂れた長い耳。


 つい昨日、オレたちの前に姿を見せた「狭間族」の女だった。


 混血だと分かっていたが、それが、長耳族と綾歌族の混血児とは思っていなかった。

 変化をした辺り、綾歌族の血の方が表に出たのだろう。


 だが、思いのほかすぐにリヒトを標的としたな……とも思った。


 リヒトは長耳族らしく、細長い体形、よく言えば、痩せ型。

 悪く言えばヒョロい。


 だから、この女が昨日言っていた「(つが)い」の条件に合致するとは思えなかった部分はある。


 だが、上からの急襲は迷うことなくリヒトのみが狙われた。

 尤も、それは、オレが反応できなかったとか、止める暇もなかったわけではない。


 オレは栞を守ることを優先しただけの話だ。


「えっと……?」


 栞が戸惑いの表情を見せる。


 まあ、無理もない。


 露出した女が、リヒトにまたがっているのだ。

 どう見ても痴女の行為でしかなかった。


 あの「ゆめの郷(いろざと)」でも、ここまで野性的な野外プレイは、堂々としていなかったと思う。


『とりあえず、降りろ』


 リヒトは端的に言葉を発した。


『逃げないか?』

『事情も分からないまま、逃げる真似はしない』


 「綾歌族」の特性上、気に入らなければ変化して逃げられることはあるだろう。


 だが、リヒトは長耳族だ。

 変化の能力はない。


『分かった。話、する』


 そう言って、素直に女はリヒトから降りた。


「もしかして、昨日の、(ひと)?」


 栞はこっそりとオレに確認する。


「ああ。顔が一緒だ」


 確かに違和感はあるが、昨日、見た女と顔は同じだ。

 水尾さんや真央さんのように、双子でない限りは、同じ人間だと考えるべきだろう。


「わたし、視認できなかったんだよ」


 まあ、周囲は暗かったし、そこは仕方ない。

 それに、男のオレ以外には認識阻害が働いていた可能性もある。


 「番い」探し中に、その候補者に対して、自身の姿を見せないわけにはいかないだろうからな。


「リヒトには素直だね」

「『番い』候補に媚を売るのは当然だろう?」

「『媚』って……」


 栞は怪訝そうに眉を顰める。

 納得がいかないのだろう。


「精霊族が『番い』に求めるのは純粋な次世代の継承であって、そこにオレたちが考えるような感情はない。だが、拒まれないために少しでも相手の機嫌をとろうとするのは当然だろう?」

「それはそうなのかもしれないけど……」


 「精霊族」は、種族に関係なく、異性を見るだけで発情するという単純で厄介な「淫獣」と呼ばれる魔獣とは違うのだ。


 それなりに駆け引きをするものがほとんどだろう。


 因みに、その「淫獣」と呼ばれる魔獣は、各大陸に必ず一種族はいる。


 ただ魔獣たちには、必ず「求愛期」と呼ばれる「発情期」の時期が決まっているという特性がある。


 だから、その種族のその時期だけ警戒すれば、知能ある人間や精霊族に害はほとんどない。


 そして、幸いにして、それらの「淫獣」と呼ばれる括りの魔獣たちは、大きさの個体差はあるものの、総じてかなり弱い。


 その辺りの村人が魔法なし、素手でも相手ができてしまうぐらいだ。

 そして、同族意識もないため群れることもなく、知能もない。


 だから、種族維持のためにどの種族に対しても発情するのかもしれないけれど。


「リヒト。話し合いなら、オレたちは離れた方が良いか?」


 求愛行動後の話に部外者がいるのは邪魔だろうと思い、そう声をかける。


『いや、ここにいてくれ』


 不安そうな顔で頼まれた。


『シオリも頼む』

「あ……、うん」


 おいおい?

 自分に迫っている女と話す場に、他の女がいても良いのか?


 栞も分かりやすく戸惑っている。


『俺だけでは不安だ。分からない。何より怖いのだ』


 怖い?

 不安は分かるし、分からないってことも理解できる。


 だが、怖いってどういうことなんだ?


「分かった。でも、邪魔なら言って」


 オレの考えがまとまる前に、栞が返答した。


「九十九もそれで良いかな?」

「オレに選択肢なんか初めからねえよ」


 栞がそう決めたなら、それに従うまでだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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