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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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暑いし熱い

 さて、南国である。


 違った。

 亜熱帯性気候っぽい空間である。


 木々が生い茂っているため、直射日光が照り付けているわけではないが、(くさ)(いき)れがむっと立ち込めていて、蒸し暑いことには変わりない。


 まるで、温室のようだと思った。

 いや、ここ、温室でしょう、絶対。


 こんな中で汗一つかかずに歩く九十九は、新陳代謝がおかしいと思う反面、それでも自主トレ中に大量に汗かいていた覚えもある。


 体温調整って意識的にできるもんだっけ?


 いや、そこは大きな問題ではない。

 九十九はちょっとおかしいってことで納得できることだ。


 だけど、こんな状態で、手を繋ぐってかなり嫌だ。

 手汗とか、わたしの方がずっと酷いだろう。


 ぬ?

 それって、女としてどうなの?


 手汗が滲みまくった女って、嫌じゃない?


 ああ、先ほど手を繋がなかったリヒトは正しい。

 まさか、こんな展開になるとは思ってもいなかった。


 あれ?

 リヒトは心が読める。


 先に入った九十九の心を読んだ上での判断だとしたら?


 わたしは後ろを振り向いた。

 リヒトは無言で首を左右に振っていた。


 心なしか、その首振りはいつもより早い。

 どうやら違うらしい。


 考えてみれば、九十九はこの暑さをなんとも思っていないのだ。

 それなら、先ほどの様子見段階で、そんなことを考えなかったかもしれない。


「そんなに暑いのか?」

「うん! 暑い! 暑いっていうか、熱い!!」

「オレは気にならないけど」


 気にして!!

 その言葉は飲み込んだ。


「でも、人間界もこんなもんじゃなかったか?」

「わたしは、亜熱帯で生活した覚えはない!!」


 日本の本州以南はほとんど温暖湿潤気候だ。


 そして、わたしが生活していたのは南の方だが、亜熱帯と呼ばれる地域は日本でも沖縄や一部の離島限定。


「この温度と湿度は、亜熱帯というよりも立派に熱帯だと思うぞ」

「そ、そんな知識、いらなかった」


 頭の中に、熱帯雨林気候とか、サバナ気候とかいう謎の単語がチラつく。


 さらに謎の棒グラフや折れ線グラフが脳内表示されている。

 確か、この図は降雨量とか気温だったっけ?


 そして、熱帯なら、なおさら、わたしが生活した覚えなどない。


 ああ、魔界に来て、初めて気候の変化を感じる気がする。


 セントポーリアに来た時は、気温が温かく過ごしやすかったし、季節を感じるほどシルヴァーレン大陸にはいなかった。


 ストレリチアは一年以上いたが、寒暖の差があっても、その頃にはわたしの魔力は解放され、体内魔気が自分の周囲に薄い防護膜を張り、適温調整をしてくれていたらしい。


 だから、日焼けもしなくなった。


 魔法による変化や、大気魔気の極端な変動がない限り、王族の体内魔気の護りをすり抜けるなんてことは……。


 ぬ……?

 ちょっと待て?


 体内魔気の護り?


 そう言えば、先ほど九十九は、この結界は体内魔気を分散化するとかなんとか言ってなかったっけ?


「つ、九十九……。今、もしかして、意識的に体内魔気の調整をやっている?」


 身体から滲み出ている「魔気の護り(身体防護膜)」は、身体がほぼ自動でやってくれるらしい。


 つまりは、無意識。

 だが、それを強制的に分散させられていたら?


「あ? おお。体内魔気を分散化する結界内で、自然体は無理だ」

「それを早う(はよ)、言え!!」

「おお??」


 九十九の基準は自分らしい。


 だから、自分がこれまでの経験から深く考えずに実行することは、いちいち言わないってことか。


「いや、体内魔気を意識的に調整するのって、難しいんだぞ?」


 難しいから言わなかったらしいけど、「知らない」と「できない」では雲泥の差だ。


「せめて、知識として教えてください。このままじゃ、わたし、あなたがいなくなると本当に何もできなくなるから」


 それは嫌だ。

 せめて、一人で生きていく程度に、最低限の力と知識はつけておきたい。


「普通に生きていれば、こんな特殊な環境には来ねえよ」


 そう言って、九十九は背負っているリュックを下ろして、中から、水筒を出す。


「普通に生きていて、こんな特殊な環境に来たわけですが……」


 その水筒を受け取り、少しだけ口に含んだ。


 喉は渇いているけど、この状況でがぶ飲みはできない。見知らぬところで飲料水の確保は難しいのだ。


「お水って美味しい……」


 しみじみと思う。


 汗をかいた後だし、叫んだ後だから余計にそう思うのだろう。


「リヒトも飲んどけ。一気飲みはやめとけよ」


 そう言いながら、九十九は別の水筒をリヒトに渡す。


「九十九は飲まないの?」

「あ~、ちょっと節約したいからな」

「一口だけでも飲んだら?」


 流石に身体が頑丈な魔界人とはいっても、飲まず食わずだと衰弱することは分かっている。


 確かに数時間程度で九十九がどうこうなるとは思わないし、わたしほど汗もかいていないのだから、喉は渇いていないだろう。


 でも、この先、何があるか分からないのだ。

 それなら、少しでも水分補給しておくべきだと思う。


 そう思って、自分の水筒を差し出す。


 わたしにとっては、珍しくもない行為。

 その逆だって、これまでに何度もあった。

 今更、間接キスを意識するような間柄でもない。


 だけど、何故か、九十九は固まった。


「どうしたの?」

「いや、オレは良い」

「この先、こんなにのんびりできるかは分からないよ?」

「それなら、尚更、水を減らすな」


 そう言って、わたしが渡そうとした水筒を、肩から提げさせた。


「なんか、小学生みたい」


 なんとなく、自分もリュックを背負っているために遠足っぽい。


「似合ってるぞ」

「嬉しくないな~」


 褒められたというよりも、揶揄われた気がする。


 身長、150センチぐらいの女がリュックを背負って、水筒を肩から提げるの図。

 それが似合うって小学生ぐらいしか許されない気がする。


 考えてみれば、何故、水筒を肩に提げさせた!?

 手に持つよりも安全だからですね。合理的だけど!


『シオリは暑いと苛立つのか?』


 わたしの思考を読んでいるリヒトは心配そうに尋ねる。


「あ~、それはあるかもね~」


 人間界の暑い夏は嫌いじゃなかった。

 今では、少し懐かしく思う。


 でも、この状況はいつもと環境が違うせいか、少しイライラしている気がするのは自分でも分かる。


 思考も落ち着かない。


「極端な気候の変化に身体が慣れていないもあるかもな。体内魔気の調整をこれまで、無意識にやっていたら猶更だ。身体が周囲に馴染むまでもう少しだけ、休むか」


 そう言って、九十九は腰を下ろした。


「でも、大丈夫?」


 それでなくても、水を飲むために足を止めているのに。


「兄貴たちよりも、お前の体調の方が大事だ」

「九十九はわたしに甘すぎるよ」

「兄貴ほどじゃない」


 ぬ?

 雄也さんはそんなに甘いっけ?


 いつも、笑顔で(課題)をくれるイメージが強い。


 ウォルダンテ大陸言語を勉強するために、いろいろ本をくれた。


 今回、渡された本は、挿絵が綺麗なものが多かったので、絵の勉強もさせてくれているのかもしれない。


「お前たち母娘(おやこ)には滅茶苦茶甘い」


 まあ、母のことが好きらしいからね。

 そこは仕方ないと思う。


 尊敬とか敬愛とかそんな意味だったにしても、好意を今も持っていることは否定されていない。


 そう考えると、雄也さんって、意外と好きな人にはデレデレになって、ドロドロに甘やかすタイプなのかな?


 九十九も多分、そうだよね?


 ただの主人でしかないわたしへの扱いを見る限りでも、彼の愛情は多分、かなり重い気がする。


 そんな所で2人の血縁を感じる不思議。


『シオリの母親については分らんが、シオリに関してはツクモも十分、甘いと思うぞ』


 リヒトが余計なことを言う。


「オレは良いんだよ」


 いや、良くないよ?

 甘やかされて、わたしがうっかり誤解したらどうするの?


 この人は、三年前から、そこの配慮が絶対的に足りてないと思うのだ。


 主従の距離をちゃんと保ちたいなら、もっと突き放してください。

 距離感、大事。


 それにしても、暑いし熱い。


 水尾先輩の魔法とはまた違った暑さだ。

 だるような暑さ。


 入ったことはないけど、サウナとか蒸し風呂がこんな感じなのかな?


 もし、そうだとしたら、進んで入りたくないな~っとわたしは思うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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