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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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変化には敏感になる

「それじゃあ、進むぞ」


 そう言って、九十九が先を行く。


 しかし、九十九が二歩進んだ時、彼の姿が消えてしまったのだ。

 いつも身近に感じる体内魔気すら分からなくなった。


「九十九!?」


 急なことに思わず叫ぶ。


『落ち着け、シオリ』


 わたしの背後からリヒトが声をかける。


『繋がった組紐を先に確認しろ』

「そ、そうだった」


 わたしの両手首には万一に備え、組紐が結ばれていた。


 移動系の罠があれば、一緒に移動させられるだろうし、切れていれば、それ以外の事態も考えられる。


 でも、結ばれた組紐は、下に落ちることも、(たわ)むことも、引っ張られることもなく、変化を見せなかった。


 まるで、そのまま動きが止まっているかのように。


 九十九が持っている組紐は、本来、法力を込めて何度も繰り返し使うことができるため、神官にしか使えないものだ。


 だが、彼は、大神官に法力を込めてもらった組紐を一度限りの使い捨て感覚で使う。


 使った後は、ちゃんと保管しているようだが、普通は、大神官から法力を込めてもらう機会などそう多くはないはずだ。


 それでも、適宜、使える組紐があるのだから不思議だ。


 まあ、一応、「聖女の卵」の護衛という任務を極秘に法力国家より受けている時点で、彼ら兄弟は、上神官並みの待遇は可能らしい。


 それをこの前の港町でわたしは知った。


 もしかしたら、九十九は知らないかもしれない。

 雄也さんが「聖運門」を使うためにとった許可に、そんな意味があったことも。


 因みにちゃっかり報償も受けているらしい。


 九十九は単純にセントポーリア国王陛下からの報酬が上がったと考えているかもしれないけど。


 雄也さん、弟に内緒で暗躍しすぎじゃないですかね?

 そして、九十九はどれだけそういったことに無頓着なのですかね?


 さて、九十九が使用する組紐だが、傷つけるだけなら、魔法でもできなくはないが、かなり難しいと水尾先輩が言っていた。


 しかも、完全に切るとなれば、その込められた法力以上の法力で対応するか、特殊な法具を使うか、神力や神具を持ち出すしかないそうだ。


 そして、今の世に、大神官を超える法力の持ち主は存在しない。

 つまりは、簡単に切れるはずがないのだ。


 祈りを込めて、組紐を引くと……。


「どうした?」


 九十九はあっさりと顔を出した。


「つ、九十九の姿も気配も消えて……」


 それだけで言いようのない不安になってしまったのだ。


 どれだけ、わたしは彼に依存しているのだろう。


「ああ。気配遮断の結界だな。自分の気配も分からなくなった。後は、魔法封じ……いや、体内魔気が分散させられている感じがした」


 わたしの言葉にも、涼しい顔で答える九十九。


『外にいる人間の気配は?』

「分かる。体内魔気が分散されるけど、集中力を欠けさせなければ、栞の気配は感じられた」

『俺の気配は?』

「お前はもともと感じにくいからな~」


 九十九が戻らなかったのは、外の気配に変化がなかったからか。


「九十九は、結界内に入って暫く、足を止めた?」

「おお。周囲の観察と、結界の確認をしておかないと、お前たちを連れて進むのは危険だろう? しかも、組紐で動きの制限もされてるからな」


 確かに説明されたら納得はできるけど、先に説明していただけませんかね?


 いや、九十九の姿と気配が分からなくなっただけで、パニック状態になるわたしもどうかという話なのだけど。


『ツクモは説明が足りないそうだ』

「あ? そうか?」

「そうだよ」


 もっと、言葉を尽くして欲しい。


 そんなに器用な人じゃないとは知っていても、あなたのことを心配する方の身にもなってください。


『つまり、この先に危険はなさそうか?』

「入ってすぐ、怪しいのに囲まれる感じはなかったな。ただ体内魔気の分散が厄介だ。ここ以上に魔法が使える感じがしない」

『どちらにしても、進むしかないな』

「ああ」


 九十九とリヒトはサクサクと話をまとめていく。


 わたしは本当に役に立たない。


「お前、また自分は役に立たないとか、力不足とか考えてるだろ? 違うからな?」

「ふおっ!?」


 な、なんで?


「顔に出てる」


 九十九がそう言って笑うから、思わず、自分の顔を撫でまわす。


 うん。

 分からん!


『心、読めないんだよな?』

「栞の表情と体内魔気の変化は、分かりやすいんだよ」


 ふわあ!?

 なんですと!?


 体内魔気については、ある程度仕方ない。

 わたしも、少しぐらいは九十九の感情の変化を読み取ることができる。


 まあ、その変化と言っても、なんとなく嬉しそうとか、機嫌が悪そうとかそんな曖昧な感覚でしかないけど。


 でも、表情、とな?

 大分、顔に出さなくなったつもりだけど、わたしの隠し方は、まだまだってことだ。


 そう言えば、恭哉兄ちゃんにもまだ読まれている感がある。


 それならば、もっと気を付けなければ……。


『それだけ、よく見ているということか』

「護衛だからな」


 リヒトの言葉にどこか嬉しそうに九十九は胸を張って答えた。


 ああ、そうだね。

 九十九はわたしの護衛だもんね。


 主人の体調の変化や、精神的な変化とかに敏感にはなるか。


 あれ?

 でも、普通の護衛ってそこまでするものなの?


 わたしは、九十九と雄也さん以外の護衛を知らないから、その基準が分からない。


 いや、待て?

 彼は重い誓いをするぐらいの護衛だった。


 あの時、主人(わたし)の心と身体を護ってくれると誓ってくれたのだから、前より、読み取ろうと気遣われていても、不思議ではない。


 うん。

 今日もわたしの護衛が優秀で有能だってことだね。


『また明後日の方向に思考を飛ばされてるぞ』

「大丈夫だ。慣れてる」


 リヒトの呆れたような声に九十九が苦笑している。


 何の話でしょうか?


「まあ、すぐ危険はなさそうだから……、行くぞ」


 そう言って、九十九は先ほどと同じように進もうとして……、何故か足を止めて振り向いた。


「ほら」


 そして、何故か手を差し出される。


 握れ、ということかな?

 組紐を結んだままだけど。


 ふと、ストレリチア城でのことを思い出した。


 ―――― 困った時に助けを出す側が手を上に向けて出す方だ


 確か、そう説明された。


 あの時は、協議の場に向かうためだったはずだけど、あれ以降、事あるごとに九十九はわたしに向かって手を差し出すようになった気がする。

 

 それは、絶対的な信頼を寄せる証。


 そのまま、右手を差し出して、九十九の手に載せる。

 両手首に繋がれた組紐がぶらりと下に降りた。


「リヒトも握っとく?」


 わたしは左手をリヒトに差し出す。


『いや、俺は良い。組紐で結ばれている以上、別々の場所に強制的に飛ばされる心配もなさそうだからな』


 そう言って、断られた。

 まあ、無理強いしても仕方ない。


 でも、九十九に右手を握られ、左手はリヒトと組紐で結ばれている状態は、傍から見なくても奇妙な図だろう。


 九十九に手を引かれて、そのまま結界の中へと入る。


「ふわっ!?」


 肌に纏わりつく空気が一変する。


 なんだろう?


 先ほどまでの涼しかった空気が、蒸し暑く、重苦しさを感じた。


 心なしか、生えている植物が、人間界で言う、亜熱帯植物に変わった気がする。

 結界に入る前にはなかったヤシの木みたいな木が何本も生えているし。


 どうなってるの!?


「暑い……」

「そうか?」


 わたしの額には汗が滲んできた気がするのに、九十九は涼しい顔をしている。


 あなたの体温調節機能、どうなってるの?


『ツクモが特殊なだけだ。俺も暑い』


 良かった。

 同類がいる。


「人を変人扱いしないでくれ。単に慣れの問題だ」


 そう言えば、海に落ちた時も、冷静に水温を確認していましたね。


『どんな状態を想定して、そんな試練を課されたのだ?』


 何かを読んだらしい。


「魔法封じ、体内魔気の分散は割と基本だったな~。その処置を施された上で、冷感、温感の中で立ち回れっていうのも珍しくはなかった」

『お前の意識の中に、『氷漬け』と『炎熱』という単語があるが?』

「どんな状況でも耐えるためには、極端な気候の中で動けないと意味がねえだろ?」


 さらりと当然のように口にしているけれど、それは、もう「冷感」、「温感」なんて、生易しい話ではないよね?


 下手すると、「絶対零度」とか「灼熱の炎舞」とかそんな世界の話だよね?

 そんな生活を5歳以後、ずっとやってたの?


 それは尊敬を通り越して、正気を疑うレベルの話だと思う。


『正気とは思えんらしい』

「まあ、ミヤドリードは厳しかったからな。でも、おかげで様々な耐性がかなり上がったのは間違いない」


 雄也さんではなく、まさかのミヤドリードさんからだと!?

 そうなると、5歳以前!?


 スパルタ教育にも限度があると思うのですよ? ミヤドリードさん。


 だが、何故か、わたしの脳裏には、勝ち誇ったように高笑いをする金髪碧眼の女性の姿が浮かんだ気がしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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