嬉しくない評価
「つまり、オレの思いは足りないってことか」
『そうなるな』
九十九とリヒトは、先ほどから歩きながら会話している。
『少なくとも、シオリほど、身体から発する「魔力」が大きくないことは確かだ』
「栞ほど、難しいな」
リヒトの言う「音」が、わたしたちが視ている体内魔気、いや、魔力を可視化ならぬ聴音化したという状態なら、確かに、王族直系であるわたしと、非公式ながら王族傍系となる九十九で差が出るのは仕方ないのだろう。
だが、わたしは半分、人間だ。
ちょっと特殊な母親ではあるのだけど。
『それに、「魔力」だけでなく、思いの強さについては仕方ない部分もある。俺が知る限り、栞の心の声はあの法力国家の王女殿下よりも大きいからな』
法力国家の王女殿下って、あの天上天下唯我独尊な王女殿下のことですよね?
「マジか。それは、本当に勝てる気がしない」
『マジだ。これは訓練でどうにかなるようなものではないとユーヤも言っていた』
大事な話だというのは分かる。
分かるのだけど……。
「人の頭の上で会話するのは止めていただけませんかね?」
どうしてもそこが気になってしまった。
この2人、わたしより背が高いために、わたしを間に挟んで、その頭上で会話しているのだ。
そのことが悔しいし、腹立たしい。
「これが一番、バランスが良いんだよな」
九十九が困ったようにそう言う。
それは分かる。
背が高く、足まで長い殿方2人が並んで歩くと、足の短いわたしが置いて行かれることも。
それを避けるために、2人はわたしに合わせて、ゆっくり歩くために、こうしてくれていることも。
でも、頭上の会話は腹立たしいのだ。
自分の背の低さを指摘されている気がして。
『話をしない方が良いか?』
「それも嫌」
黙々と歩くだけって落ち着かないし、多分、今よりずっと疲れてしまうことだろう。
「我が儘だな」
「分かってるよ」
そして、子供っぽいことも分かっている。
でも、なんだろう?
間にいるというのに、何故か2人に置いていかれる気がしたのだ。
歩む速度ではなく、精神的な意味で。
『シ……』
「栞」
リヒトがわたしに何か言う前に、九十九が先に呼びかけた。
「そんなに心配しなくても、置いて行くことはないから」
「『!?』」
その言葉に、わたしだけでなく、リヒトも驚いたようだ。
―――― ああ、そうか。
リヒトはわたしの心も読める。
だから、慰めの言葉をかけようとしたのだろう。
でも、その前に何故か、九十九がわたしにそんなことを言った。
彼はわたしの心を読めないのに……。
よ、読めないよね?
読まれていたら、大変、恥ずかしい。
これまでのアレとかソレとかを読まれていたら、恥ずかしくて死ねる気がする。
「どうした?」
『ツクモは、心を読めないよな?』
リヒトが、恐る恐る確認してくれる。
「読めないな。自分以外の人間の心なんて、戦闘中以外に読みたいとは思わんが」
問われた内容に対して、特に疑問を抱かなかったようで、九十九は即答する。
そして、戦闘中だけなら心を読みたいとか……。
それ以外にも本来なら読みたい場面はいろいろあると思うのに、彼は、どこまでも護衛青年だった。
「ああ、悪巧みをしている人間のも読みたいな。具体的には、兄貴とか」
『ユーヤが悪巧みしている時の心のガードは固いぞ』
「違いない」
リヒトの言葉に九十九が苦笑する。
どこまで本気か分からない会話に、わたしはなんとも複雑な気分になる。
……と、いうか……。
この2人、なんか、かなり仲良くなってない?
ますます、わたしは取り残された気分になる。
でも、そんなことを思ってしまうこと自体が、子どもみたいで恥ずかしい。
もう18歳なのに……。
「まあ、並びについては、諦めてくれ。頭上での会話は、会話のために足を止めたくはないから、これ以外の方法がねえ」
「大丈夫。我慢する」
「我慢なのか」
背の低い人間にとって、これは本当に悔しいのだ!!
背の高い人間には分からないでしょうけどね!!
『俺は少し分かる気がするぞ。少し、前はそうだったからな』
ぬ?
『まるで、自分がその相手の人間たちの目に入っていないような気分になる』
「そうなの!!」
ああ、なるほど。このモヤモヤした気持ちはそういうことなのか。
『尤も、心を読める俺にとっては、気付かれていない方が、好都合だったがな』
おおう。
その発想はなかった。
確かに、相手の心を読むなら、ガードされていない状態、それも存在が気付かれていないような状況の方が良いのかもしれないけど……。
「黒いな」
『ユーヤが師だからな』
今度はリヒトが苦笑した。
この場にいないのに、弟子2人にここまで言われている雄也さんって……。
考えてみれば、この2人は、雄也さんから師事を受けているのだ。
そう考えれば兄弟子、弟弟子って関係になるのかな?
『兄弟子……』
わたしの心の声を聞いたのか。
リヒトがポツリと呟いて、九十九の方へ顔を向ける気配がした。
「なんだ?」
『いや、シオリが俺にとってツクモは兄弟子に当たるのではないかと』
「兄弟子? ああ、兄貴が師匠って意味なら、確かにそうなるな」
リヒトの言葉で九十九も気付いたのか、そう答える。
『兄弟子……』
何故か改めて呟くリヒト。
「何か問題でもあるのか?」
『いや、その……、なんか気恥ずかしく思えてな』
「そうか?」
リヒトがそう言うと、九十九が不思議そうな声でそう言った。
首を傾げているかもしれない。
でも、わたしにはなんとなく分かる気がする。
わたしにも「兄弟」「姉妹」と呼べる存在がいないから。
ああ、一応、血縁上いるらしいけど、あの人に向かってそう呼ぶことは、恐らく、一生ないだろう。
九十九は本物の兄がいる。
だから、そんな気持ちは分かりにくいかもしれない。
『俺には家族がいない。だから、呼称ではあっても「兄」と呼べる存在が近くにいてくれることを嬉しく思う』
リヒトはわたしの考えを読んだ上で、自分の言葉に直していく。
随分と勉強したものだ。
「呼称」とか、日常生活で耳にすることなんてほとんどない。
「あ? 家族はいるだろ?」
だが、九十九はあっさりとリヒトの考えを否定する。
「血の繋がりだけが家族じゃねえ。『家族』ってのは、血縁を中心とする集団であって、血縁じゃなければ家族になれないわけではないからな」
九十九の言うことは分からなくもない。
なんとなく、「家族」と聞くと、「血縁」関係にあることがイメージされると思うが、その元となるはずの「父親」と「母親」の関係、言い替えれば、「夫」と「妻」の関係は元々親戚関係でない限りは、ほぼ他人でしかない。
「子」が生まれることで、「親子」という括りにはなるのだけど、それでも、「夫」と「妻」はあくまでも血の繋がらない他人なのだ。
他には、人間界では「ペット」を「家族」という人もいたし、赤の他人を里親が引き取って養子縁組をするという話も聞いたことがある。
確かに「血縁」という言葉に拘る必要性は感じない。
「オレにとって、リヒトは弟弟子である以前に、一緒にいて、助け合う『家族』みたいなもんだと勝手に認識していたのだが、迷惑だったか?」
『だ、だが、俺は長耳族で……』
「関係ないだろ? 実際、俺も、兄貴もリヒトには随分、助けられている。それに、これからもお前を助けたいって思っているからな」
この人は、こんなところがズルいと思う。
わたしがリヒトの立場なら、このまま足を止めて、泣いてしまったかもしれない。
『ツクモは悪賢い』
「おい?」
『違った。ズルい』
「どちらにしても、嬉しくねえ評価をありがとよ」
そう言いながらも、九十九の声は少し嬉しそうだった。
彼にとっては、一緒にいて、助け合うのが「家族」。
そして、これからも一緒にいて助けたいのが「家族」。
なるほど、理解した。
そして、妙にスッキリした。
九十九の行動理念みたいなものを知った気がする。
うん。
「家族」なら、しょうがないね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




