【第71章― 狭間で生きる者たち ―】楽器と砲撃音
この話から、71章です。
よろしくお願いいたします。
九十九がわたしとリヒトの手を握って、昨日、トルクスタン王子と水尾先輩がいた場所へと移動魔法を使う。
彼の想像力ってどうなっているのだろう?
一度行ったことがある場所なら行けるって、ゲームの魔法のようなことを言うけれど、人間の想像力ってそんなに簡単ではないことをわたしは知っている。
自分では、今一つ、移動魔法を使うイメージが湧かない。
『無理か?』
「無理みたいだな」
九十九が少し試してみて、やはり、現代魔法は全く反応せず、古代魔法は形になる前に消えてしまうみたいだ。
でも……。
『光れ』
わたしがそう言うと、やはり小さい光が生まれた。
この違いが分からない。
「なあ、リヒト」
暫く、わたしの出した光の玉を見ながら、九十九が、近くにいるリヒトに声をかけた。
『なんだ?』
「まだ栞から、『音』は聞こえるか?」
『聞こえる』
間髪入れず、答えるリヒト。
ああ、そう言えば、昨日、そんな話をしていた気がする。
わたしと九十九の魔法の違い、いや、現代魔法と、古代魔法の違いみたいな話だったっけ?
「昨日、聞き取りにくいって言っていた『音』は、どんな『音』だ?」
そんな九十九からの問いかけに、リヒトは少しだけ考えて……。
『それは、お前たちの身体の「音」か? それとも、魔法の「音」か?』
と、答えを返した。
えっと、身体の「音」?
お腹がなるような感じ?
「言い表せるなら、どちらも知りたい」
九十九は疑問を挟まず、さらに促す。
『お前たちの身体の「音」は、普段は心の声の方が大きい。だが、魔法を使う前に、身体から、心の声に重なるような「音」が響き出す。まるで、「歌」のように』
「「歌?」」
わたしと九十九の声が重なった。
『ああ、そうだな。「音」じゃなく、「歌」が近い。本来の声が、ずっと小さくなり、途切れることなく高低差のある「音」を出しているように聞こえる』
「歌?」
九十九は首を捻りながら、また「歌」と言った。
歌のような高低差のある「音」。
それは、「歌詞がない歌」のことではないだろうか?
「スキャット……、いや……、ヴォカリーズ?」
意味のない言葉を並べる「スキャット」よりも、母音のみで歌う「ヴォカリーズ」に近い気がする。
「スキャットはともかく、ヴォカリーズってなんだ?」
「一言で言えば、『母音唱法』」
「……分からん」
九十九は少し考えてそう言った。
「小学校の音楽の時間に、発声練習のために母音だけで歌ったことを覚えてない? アレのことだよ」
九十九とは中学校こそ違うけれど、同じ小学校で同じクラスだったこともある。
だから、忘れてなければ、知っているはずだけど……。
「あの眠くなるヤツか」
「眠くなるって……」
喉を開いたり、口の開きを確認したりするための大事な練習法も、音楽にそこまで興味、関心がない人にとってはこんな扱いなのか。
『シオリ、試しに歌ってみてくれないか?』
「でも、わたし……。ヴォカリーズだと、声の加減ができないよ?」
そもそも、声を出すための練習方法だ。
逆に声を絞れる気がしない。
「それは困るな。今、防音や遮音ができない」
そして、九十九は今、魔法が使えない。
音を制限する結界が張れないのだ。
「まあ、音の種類の検証は後でも良い。魔法を使う時にその詞のない歌が聞こえるってことで良いか?」
『いや、違う』
九十九の確認に、リヒトはあっさり否定する。
「おい?」
『俺は、魔法を使う前にその「音」が聞こえると言った。魔法を使う瞬間に、その「音」は心の声と重なって、「声」になる』
「「え?」」
魔法を使う瞬間に音が声に変わる?
「あ~♪」とだけ歌っていたものが、ちゃんと歌詞に変わるってこと?
『シオリの考えは違う。ツクモの方が近い』
おっと、二人同時に心を読まれたらしい。
九十九もどこか複雑な顔をしている。
「何を考えたの?」
「『歌』が『願い』に変わる……と」
「願い?」
何故、先ほどの話から、そんな結論になるの?
「昨日、リヒトが言ってただろ? お前の魔法も、オレの『古代魔法』も、自分の『体内魔気』を利用して、『大気魔気』への呼びかけているという点に差はないって」
「言ってたっけ?」
「おいこら?」
「いろいろあって、すっ飛んでた」
わたしがそう言うと、九十九は肩を竦めた。
「他には、『古代魔法』は全身からの呼びかけ。『現代魔法』は、手だけと言っていたのは覚えているか?」
「ああ、それはなんとなく?」
「なんとなくって……」
その話はイメージしやすかったから、記憶に残っている。
確かに魔界人が魔法を使う時、ほとんどの場合、左右、両手に関係なく、かなりの確率で手を翳すのだ。
手のひら、指先、握り拳。
その形の違いはあるけど、その起点が「手」にあるという点に変わりはない。
だけど、九十九は手以外……、具体的には唇とかからでも治癒魔法を使えるのだ。
彼はわたしに治癒魔法を使う時は、「現代魔法」ではなく、「古代魔法」を使うと言っていた。
それはつまり、手以外の場所からも「古代魔法」を使えているってことだろう。
「オレはそれらの話を聞いた時、リヒトは『体内魔気』を眼だけじゃなくて、『音』でも聞いているんじゃないかって思った」
「そうなの?」
『分からん』
わたしがリヒトに確認したが、返ってきたのはそんな言葉だった。
まあ、分からない……、よね。
「だから、魔力を集束させる時は『声なき音』。魔法を形作る時が『呼びかけ』、いや、『祈り』とか『願い』とかの声になっているんじゃないかと」
「へ~」
昨日の雑談に近い会話から、九十九はいっぱい考えたんだ。
そのまま流さず、気になることを追求する。
この辺り、情報国家の血を感じる気がした。
勿論、そんなことは、まだ何も知らない当人には、言えるはずもないけど。
「正しいかは分からないぞ。判断材料が少なすぎる」
「そうだね。それに、それだけじゃ、問題は解決しない。わたしに使えて、九十九に使えない理由が分からないままだ」
本来なら、魔法に関して、べテランと言っても良いはずの九十九や、エキスパートと言って差し支えない水尾先輩が使うことができないような場所だ。
それなのに、ビギナーズと言えるようなわたしだけが使えるのは不思議である。
『不思議なことではないぞ』
「「え?」」
リヒトの言葉に、わたしと九十九の短い声がまたも重なった。
『ツクモの『願い』と、シオリの『祈り』は、聞こえてくる声の大きさが全く違う』
「「は?」」
「願い」と「祈り」?
えっと、その違いはなんだろう?
『ツクモの『願い』は、この前、耳にしたグラスハープのようだ。周囲に響き渡る大きさ』
ここで、「グラスハープ」?
でも、あれも結構、音が大きかった気がする。
じゃあ、わたしの音って何?
『対して、シオリの「祈り」は別格だ。まるで、カルセオラリア城から発砲される「時砲」のように大きい』
「でかすぎる!?」
「そして、『グラスハープ』ほどの情緒がない!!」
リヒトの出した具体例に、九十九とわたしがそれぞれ反応した。
カルセオラリア城の「時砲」って、あの「時砲」のことですよね?
あの傍迷惑な時計……。
『いや、ストレリチアの大聖堂にある大型木管風琴を考えもしたが、シオリの「祈り」は、あそこまで周囲に分散するような広がりを見せないというか……』
音の大きさでは明らかに「時砲」の方が上。
さらに、音の響かせ方の違いまで考えた上での具体例ならば、これ以上、何も言えない。
「ああ、なるほど。栞の『祈り』は真っすぐなんだな」
「はい?」
九十九の言葉に疑問を持ってしまう。
「しかも、主となる音は全くブレない。その表現は分かりやすい」
ぬぅ。
褒められているのか、そうじゃないのか。
『褒めているつもりなのだが……』
リヒトがそう言って……。
「褒められているだろ? それもこの上なく。魔法を使う上で、魔力だけでなく、思いの強さも大事だからな」
九十九がそう続いた。
それはそうなのだけど、どこか納得できないのはわたしだけなのだろうか?
誰だって、お前の「歌」は、奇麗な音を出す楽器より、砲撃のような音に似ていると言われても、喜べないと思うのですよ?
ここまでお読みいただきありがとうございました




