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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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許容できない

 意識が落ちる前にあんな会話を聞いたせいだろうか?

 

 ―――――― 夢を視た。


 そこは、まだ見たこともない場所。


 水の気配を感じる風が吹いている。

 湿気を含んでいるのではない。


 この場所の大気魔気が、水属性なだけだろう。


 そうなると、この場所はウォルダンテ大陸のどこかということだけは間違いない。


 それなら、自分が知らないのは当然の話だ。

 まだウォルダンテ大陸には行ったことがないのだから。


 風によってさわさわと揺れている黄金の穂は、もう少しでその頭を垂れそうな重さになっていることが見てとれた。


 そこから、長く延びた道の途中に2人の男女が立っている。


 肩よりも長い黒髪の女は走って来たのか、顔を赤らめ、息を弾ませていた。

 男の方はよく見えない。


 分かるのは、はっきりと分かるほどの水属性の気配を纏い、少し癖のあるウェーブがかった黒髪で、その女よりもずっと背が高いことだった。


「あ、あのっ!! 伝え忘れたことがあって……」


 黒髪の女は、息を整えながらも、男に向かってそう叫ぶ。


 胸を押さえているのは、苦しいのか、それ以外の理由なのかは分からない。


 この状況で分かっているのは、その女が、自分もよく知っている女だということだ。


 そんな彼女に対して、男は何も言わないが、微かに首を傾けたように見えた。

 彼女の声は聞こえているのだから、防音や遮音などの効果は働いていないことは分かる。


 単純に、その男が彼女に何の言葉も掛けていないだけだった。


「えっと、その……」


 それでも、彼女は懸命に次の言葉を探す。


 これまでに見たことがないほど顔が朱に染まっているのは、走って来たからではないだろう。


 瞳が潤み、自分では見たことがないような顔を男に向けている。


 暫く、彼女は何度も言葉を詰まらせた挙句、拳を握り締め、強い瞳に切り替わった。


 自分が好きな強い瞳。

 それは、昔から自分を惹きつけて離そうとしない。


 だが、その瞳をこんな形で見たいはずはなかった。


「わたしは、あなたのことが……」


 続く言葉を察し、それ以上、聞きたくなくて、思わず両目を閉じて、両耳も塞いでいた。


 彼女が、自分ではない他の男へ想いを告げる言葉など、誰が好き好んで聞きたいものか。


 だから、なんと言ったのか。

 どんな表情をしていたのかまでは分からない。


 どれくらいそうしていただろうか?


 力強く閉じていた瞼をゆっくりと開けば、顔を真っ赤にして下を見ている彼女の姿があった。


 まだ返答を受け取っていないらしい。


 どれだけ待たされているんだ?

 それでも、彼女は返事を急かした様子もなかった。


 顔を赤くしたまま、相手からの言葉を待っている。


 やはり、こんな彼女は見たくない。

 何より、らしくないのだ。


 自分が知るこの女は、もっと堂々としていて、相手のことを考えながらも伝えたいことは胸を張って堂々と口にする人間だ。


 こんな断罪を待つような不安と恐れを抱えて相手の様子を窺うような女じゃない。


 だからこそ、逆に、中途半端にしか聞けなかった言葉の先にあったものが本物だと思えてしまう。


 決して、自分に向けられることのない表情と、自分に告げられることのない言葉。


「高田さん」


 それは低い声だった。


 その声に心当たりはない。

 どうやら、自分の知らない相手だと分かる。


 視界(カメラ)が固定されているため、幸か不幸か、その顔を見ることはできない。


 だが、問題は、その男から出た言葉の方だった。


 この男、人間界で彼女に会ったことがあるヤツか!?


 それ以外には考えられなかった。

 そして、その呼びかけで彼女は顔を上げて、何故か、驚愕の顔を見せた。


 信じられないようなものを見たような顔。

 だけど、どこか嬉しそうな顔でもあった。


 ああ、これ以上、見たくない。

 だから、再び、耳と目を塞ぐ。


 我ながら、本当に情けない。


 でも、聞きたくなかった。


 その先を視たくなかった。


 だから――――、目が覚めた。


****


「あ?」


 目が覚めた時、一瞬、状況が分からなかった。


 目を開けているはずなのに、何も見えないのだ。


「おや? 起きた?」


 耳元と言えるような距離で聞こえた耳に馴染んだ声。


 そして、頬と鼻の頭に柔らかな布の感触?


 なんとなく、頬の場所に手をやろうとすると……。


「ちょっ!?」


 何故か、慌てたような声がした。


 そして、顔がぐるるんと回された後、ドスンっと物凄い衝撃が走る。

 まるで、地面に叩きつけられたような感覚に、脳が揺らされ、頭がくらくらした。


 な、なんなんだ、一体!?


『シオリ、落ち着け!! ツクモに邪な気持ちはない!!』


 そんな慌てた声で気付く。


 恐ろしいほどの風の気配がオレに向けられていることに……。


「で、でも……」


 戸惑うような栞の声。

 だが、オレは何が起きているかが分からない。


「痛てて……」


 頭を押さえながら、身体を起こす。


 頭はぐらぐらしたが、眩暈、吐き気はない。

 こめかみに衝撃があったことは間違いないが、脳へのダメージはそこまでのようだ。


 恐らく、そんなに高くない位置から頭を地面に落とされたのだろう。


(わり)ぃ。状況を説明してくれ」


 傍にいると思われる栞に顔を向けると、何故か、彼女は口元に左手の甲を当て、顔を真っ赤にして震えていた。


「あ、あれ……?」


 なんで、そんな顔をしているんだ?


『ツクモが、()()()()()()()()()()()

「トルクと……?」


 オレが何をしたって言うんだ?


 いや、待て?

 トルクと同じことをして、栞が顔を真っ赤にするような事態?


『昨日、シオリは()()()()()()と言っていたことだ』

「ああああああああっ!?」


 その言葉で思い出す。


 オレ、まさか……。


()()()か!?」


 思わず、栞に確認してしまった。


 栞は、顔を真っ赤にしたまま、頷いて、そのまま俯く。


 その栞にしては物凄く珍しい仕草と表情に胸を掴みだされるかと思った。


 これは、かなり、新鮮……って違う!!


「悪い!! わざとじゃねえ!!」


 どこを触った!?

 それは聞いて良いものか?


 ああ、くそっ!!

 わざとじゃなくても、なんで、覚えていないんだ、オレ。


「つ……」

「つ?」


 栞から、何を言われるか身構える。


「九十九のえっち!!」

「違うっ!! 目が覚めた直後に、状況が掴めなかっただけだ!!」


 良かった。

 全く、ダメージはない。


 寧ろ、口にした言葉も表情も可愛くて、ご褒美をもらった気分に……っと、心が読める男がいた。


 以前のように、欲望を全開にしてはいけない。


『フォローはしなくて良いようだな』


 呆れたようなリヒトの声。


「頼むから、助けてくれ!!」

『起き抜けに風魔法が向けられなかっただけマシだろう』

「そりゃ、そうだけど!!」


 それでも、誤解されるのは辛いのだ。


「み、水尾先輩ほど綺麗な足じゃなくて、ごめんね」


 先ほどよりは赤味の引いた顔で栞はどこか拗ねたようにそう言った。


 どうやら、オレがうっかり触ってしまったのは、足らしい。


 そうなると、多分、太股か。

 そう言えば、膝枕をしてもらっていたところだったな。


「いや、柔らかくて()()()()だったぞ?」


 思わず、ぽろっと出た。


 だから、それを確かめたくて、手触りで確認したかったわけ……って、何、口にしてんだ、オレ!!


 そして、そんな包み隠さなかったオレの言葉に、一度は引きかけた熱が再び、栞の顔に戻る。


「つ、九十九のえっちっち~~~~~~~~!!」


 最近は空気砲ばかりだったが、彼女の意思による特大の竜巻を久し振りに食らった。


 無詠唱に近い魔法だったため、普通の風魔法で済んだところは大きいだろう。


『今の発言は俺がどう言い繕っても、フォローはできない』


 そんな呑気な声が聞こえてきた気がする。


 結界は、コンテナハウスを出した時から、張っていた。

 王族がこれだけいるのだから、漏れないようにする措置は当然だ。


 まさか、栞の魔法を外に伝えないためのものになるとは思ってもいなかったけどな。


 身体を捻って、体勢を整えて、着地する。


「この、忍者め」


 栞は不服そうにそう言った。


 確かに自分が攻撃したのに、簡単に回避されているのだから文句は言いたくなるだろうけど……。


「それは貶してるのか? 褒めてるのか?」


 どうも分からない。


「九十九が変なこと言うからでしょう?」

「男なんだから、仕方ねえだろ? 思わず出たんだよ」


 隠した方が良かったとは思う。

 でも、出た言葉が取り消せるはずもない。


 そして、オレは嘘を吐くなどの誤魔化しは苦手だ。

 それならば開き直って正直に言うしかないだろう。


 その結果。

 暫く、オレと栞の不毛なやり取りが続くのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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