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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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自分は自分以外の何者でもない

 自分のことを知りたいと思うのはおかしいことか?


 そう褐色肌の青年はわたしに尋ねた。

 だから、わたしは迷いもなくこう答える。


「いや、全く」


 知らないことを知りたいと思うのは、当然のことだろう。


 それが自分に関わることなら尚更だ。

 このまま、有耶無耶にしたくない気持ちはよく分かる。


 何よりも……。


「『自分が何者か? 』って疑問は、人間、生きていれば一度くらいは考えることだろうからね」


 人間界でいう「思春期」とかそんな話をよく聞くし、大人だって「自分探し」とやらをやる人だっている。


 確か……「自己啓発」って言うんだっけ?


『そうなのか?』

「うん。何のために生まれて、何のために生きるのか? って言うのはわたしが育った世界でも時々議論されていた気がするよ」


 人、それを「哲学」という。


 でも、わたしの場合、人間界にいた時は「自分」について、あまり深く考えていなかった気がする。


 自分は自分以外の何者でもないと思っていたから。


 だけど、この世界を知って、この世界に来て、自分が何者かが分からなくなったことも多々ある。


 どこに行っても、自分自身が選んだわけでもなく、背負った覚えもないような肩書きが、次々とついてくるのだ。


 でも、結局、結論は同じ。


 わたしはわたし以外の何者でもない。


 自分が別の世界で生まれたことを知っても、過去のことを綺麗さっぱり忘れていても、どこかの王さまの血を引いていても、王子さまに世界中に手配書をばらまかれても、魔法を使えるようになっても、「聖女の卵」と呼ばれても、中身がいきなり変わるわけではなかった。


 確かに自分の身の上が普通ではない自覚はある。

 だからと言って、周囲の思惑通りにその期待に応えることができるはずがなかった。


 自分に付いて来る肩書きの種類が多少増えたところで、自分の中にある何かが突然、変わるはずもない。


 わたしはどこまで行っても「高田栞」以外にはなれないのだ。


 勿論、自分が納得した範囲のものなら、自分の身を護る意味でも、ある程度、努力することは必要になってくる。


 周りの好意や厚意に甘えてばかりでは、わたし自身が別の意味で、何者にもなれなくなってしまうから。


『シオリの考えは本当に不思議だ』


 リヒトが微かに笑いながら言う。


 本当に感情豊かになったものだ。


「そう?」


 割と自分の思考は単純だと思っている。


 知識としては、受け売りが多く、人や書物から得たものが圧倒的多数を占めている気がしなくもない。


『他から得たものを自分の中で丁寧に整理した上で、自分のものとしている』

「そうかな? 言葉の整理整頓って苦手なんだけど」


 思考が暴走するとよく言われるのはその辺だと気付いている。


 自分の言語処理能力はそこまで悪くはないと思っているし、言語表現もそこまで悪いものではないと信じている。


 ただ、それが相手に誤解なく伝わるかは全く別の話。

 自分が持っている言葉の引き出しを探りつつ、考えながら話すって、難しいよね。


『どちらにしても、ユーヤとマオに会うためには、行かないといけない場所だろう?』

「そうなんだけど……」


 ここで待っているという選択肢だってあるのだ。


 水尾先輩かトルクスタン王子に護って貰えれば良い。

 いや、水尾先輩もトルクスタン王子も真央先輩のことを気にしている。


 そうなると、留守番は嫌がるかもしれないかな。


 でも、誰一人として、雄也さんのことを心配していない気がするのは何故だろうか?

 弟である九十九ですら、大丈夫だと思い込んでいる。


 でも、わたしは知っている。

 雄也さんだって万能ではないことを。


 あのカルセオラリア城の地下で、それを思い知ったし、その後の大聖堂での様々な出来事でさらに深く知ることとなった。


 あの人だって油断はするし、迷いもする。

 不安で、誰かにいて欲しい気持ちだって抱えていたのだ。


 だから、せめて、わたしだけは無事であることを祈っておこう。


『シオリは、ある意味、ツクモ以上の理解者だな』

「ふへ?」


 リヒトの言っていることが分からない。


『ユーヤは隠し方が巧すぎる。特にツクモに対しては、万全に注意を払っているからな』

「それは、身内で歳が近い同性だからこそ、曝け出せない感情もあるってことじゃないかな?」


 特に男性はその傾向が強い気がする。

 自分で抱え込んで、自分で何とかしようとしてしまうのだ。


 同性じゃないけど九十九だって、いろいろとわたしに隠して一人でなんとかしようとするところがあるし。


 なんだろう?

 一種のかっこつけ?


 他人に弱音を吐くってそんなに悪いことかな?


 わたしなんか、しょっちゅう、弱音や泣き言を九十九にいっぱいぶつけている気がするのだけど……。


 でも、雄也さんが大怪我の後遺症で精神的にまいっていた時に、うっかり母と間違えられてわたしが抱き締められたりとか、20歳の誕生日に浮かび上がった「王家の紋章」のこととかは、あまり、弟の九十九に知られたくはない行動だと思う。


 特に情報国家の「王家の紋章」が身体に浮かんだことについては、九十九にこそ伝えたくないのだろうなと思っている。


 前もって、九十九には、情報国家に関わらせないで欲しいと頼まれていたぐらいだ。


 まあ、わたしの不注意で、情報国家の頂点に九十九を思いっきり関わらせた上に、さらにその後、雄也さんまで巻き込んでしまうことになってしまったわけだけど。


『そして、ユーヤはいろいろと一人で抱え込みすぎる。全部を背負う必要はないし、ツクモもシオリももう、幼くはないのに』


 わたし以上にいろいろと知っている長耳族の青年は、そう漏らした。


 だけど、その話は、多分、雄也さんにとっては知られたくないことだろう。


「九十九はともかく、わたしが頼りない主人なのは本当だからね」

『違うっ!!』


 リヒトは力強く否定してくれるが……。


「違わないよ。あまり頼られないってのはそういうことだからね」

『シオリは……』

「だから、頼られるようにもっと頑張らないと!」

『……前向きだったな』


 何かを言いかけて、軌道修正されたことぐらいは分かる。


 だけど、その先の言葉はリヒトからではなく、当事者である雄也さんから聞くべきだろう。


 違うな。

 わたしが、あの人の口から聞きたいだけだ。


『そういうことか』


 どうやら、伝わったようだ。


『人間は、本当に難しい』

「だから、頑張るんだよ」


 互いに心が読めないから、体当たりでぶつかって本音を引き出すしかないのだ。


 実際、わたしは知りたいことについてはそうしている。


『……そうか』

「ん?」

『いや、独り言だ。気にするな。いろいろと分かったことがあるだけだ』

「疑問が解けたなら、良いことだね」


 そう言ったなら、恐らくは追求されたくはないのだろう。

 それなら、必要な時に話してくれれば良い。


『ツクモやユーヤがシオリに惹かれた理由が分かる気がしただけだ』

「ほ?」


 それだけ聞くと、うっかり誤解しそうだけど、主人としてってことかな?


『主人として、と言うよりも、人間としてだな。シオリがシオリでなければ、ユーヤはともかく、ツクモは肯定していない』


 言われてみて、考える。


 確かに、ある程度、自身にとって好ましい種類の人間でなければ、九十九は、表向きはともかく、心から従う印象はない。


 あの重たい「宣誓」とやらを頂戴したのは、九十九から認められたということだ。

 それぐらいは分かっている。


 命だけではなく、身体や精神、魂までも護ってくれるということは、そういうことなのだとも思う。


 彼から、主人としては評価されているわけだ。


 異性としては、「揶揄いの対象」になってしまった気がしなくもない。

 まあ、異性扱いされていなかった頃に比べれば、格段の進化ではある。


 雄也さんは、仕えると決めたら是も非もないだろう。


 私情を抑えて、全面的に肯定の意思は見せる。

 でも、芯からの肯定となると、あの人の場合はもっと容易ではなさそうだけど。


『だから、シオリはそのままでいてくれ』

「ぬ?」


 それは、何に対する「だから」でしょうか?


『気付かない方が幸せなこともある』

「む?」


 それは、何に対して「幸せ」なのでしょうか?


『………………世界?』

「思ったより規模が大きかった!?」


 この時のわたしは、これは、本当に冗談だと思っていた。

 だけど、この時点で、聡明な長耳族の青年は何かを予測していたのかもしれない。


 この数年の後。

 わたしは「世界の意思」に翻弄され、様々な思惑に振り回されることとなる。


『ところで、シオリ』

「何?」

『誰にも邪魔されない今、シオリに聞いておきたいことがあるのだが……』


 そう言って、長耳族の青年は少し考えるような素振りを見せた後、わたしに真っすぐその綺麗な顔を向けて、忘れかけていたことを聞いてきたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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