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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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夜明け前だなあ

 栞の寝返りが増えてきた。

 もう少しで起きるかもしれない。


 先ほどから、微かだが寝言も聞こえているから、何かの夢を見ているのだと思う。


 時折、何かを探すような仕草も見られるようになった。

 いつものように絵を描きたいのかもしれない。


 本当にずっと見ていても、退屈しない女だと思う。

 寝ている時にもころころとその表情は面白いように変わっていく。


 それは、目を開いていないことが不思議に思えてしまうほどだった。


 周囲に神経を張り巡らせつつも、少しでも長く、この可愛い寝顔を見ていたくて、ずっと彼女の傍から離れなかった。


 今のオレはどちらの顔をしているだろうか?


 ちゃんと護衛の顔ができているか?

 それとも、恋に狂った締まりのない男の顔をしているのか?


 それを見ている人間はいない。

 だが、不意に、聞き逃せない単語を聞いた気がした。


「ら……いと……」


 ああ、今の単語を耳にしただけで、無様な男の顔になったことだろう。


 夢の中とはいえ、栞が他の男の名前を呼んだのだ。

 だが、オレの中で暴れようとしている何かをなんとか抑え込む。


 たかが夢の登場人物の名前を彼女が口にしたくらいで、いちいち目くじらを立てているようでは、この先、どうなる?


 さらに、栞の口から奇妙な言葉が聞こえる。


「かみ……しる……べ?」


 なんだ?


 紙か?

 神か?

 それとも髪か?


 しかも「しるべ」?


 「ソルベ」じゃねえよな?

 「(しるべ)」か?

 「知る辺」か?


 ああ、今すぐ、この女を叩き起こしてどんな夢を見ているのか問い詰めたい。


 だが、こんなに落ち着いて寝ている女を無理矢理、起こせるほどオレは無神経な男に成り切れない。


 それにしても、よくこんな場所で熟睡できるな。本当に感心する。


 慣れない場所。

 慣れない寝具。


 常に聞こえてくる波の音は心地良いものがあるが、潮風がずっと頬を撫でているような屋外だ。


 しかも、夜はそれなりに肌寒いというに、呆れるほどしっかりと眠っている。


 護衛としてはありがたいが、男としては毎度、心配になってしまう。


 いや、髪を撫でる以上のことは本当にする気はない。

 こんなことでも、自分としては幸せだからな。


 このまま、時が止まってくれたら、もっと幸せになれる気がするが、彼女が目を覚まさないのは、オレにとって不幸でもある。


「メモ!!」


 栞がいきなり飛び起きたので、髪を撫でていた手を引っ込め、その手に紙と筆記具を召喚する。


「ほら」


 急に忙しく働き出した心臓を落ち着かせつつも、彼女に持っていた紙と筆記具をそのまま渡す。


「ありがとう」


 礼を言って受け取り、栞はその紙に向かったが、何故か手が止まった。


 何かを書こうとしたんだと思う。

 だけど、手が動かない。


 そんな感じだった。


 筆記具を握ったまま、額に右手をやる。

 筆記具の形状的に刺さることはないと思うが、その白い額が汚れそうで心配だった。


「どうした?」

「思い出せない……」


 力なく零れ落ちる言葉。


 どうやら、見た夢の内容を書きつけたかったらしい。

 いや、視た夢か?


「夢ってのはそんなもんだ」

「でも!」


 相当、大事なことを夢に視たらしい。


 確か(シオリ)は「過去視」だったはずだ。


 他人の重要な秘密を知ったか?

 いや、この女はそんなものを書きつけるようなことはしない気がする。


 そうなると、自分が忘れていた何かを思い出すような話。

 こっちの方が可能性としてはありそうだ。


 だが、ふとその慌ただしい動きを止めて、栞は周囲を見る。


「あれ? ここは……?」


 先ほどまでの様子が嘘のように、きょとんとした顔をしていた。


 もしかして、さっきまで寝惚けていたのか?


「目が覚めたか?」

「目は覚めた……はずだけど、改めて、ここ、どこだっけ?」


 いつもと違いすぎる場所のためか。

 ここがどこか分からないらしい。


 まあ、外で寝るってほとんどないもんな。


 大陸内を移動する時だって、必ずコンテナハウスを使っている。

 今回は、栞が外で意識を飛ばした上、オレも運ぶことができなかった。


 栞の身体を移動させることも考えたが、オレの物体移動はまだ精度が甘く、安全の保障ができない。


 この場所から栞が使用する部屋にその身体を移動させることはできると思うが、万一、他の部屋に飛ばしたりしても面倒だ。


 誰も使っていない部屋や水尾さんの部屋なら何も問題ないが、トルクスタン王子や、身体が成長したリヒトの部屋にうっかり移動させてしまうのは大きな問題しかない。


 「適齢期」に入ったってことは、いつでも、次世代を作ることができるってことだからな。

 そして、リヒトにその危険がないとはもう言いきれなくなったということだ。


 栞の部屋に移動させたとしても、上手く寝台の上に運べるかも分からない。

 物体移動魔法、物質転送系の魔法は本当に難しいのだ。


「大気魔気からウォルダンテ大陸近くであることは間違いないな。トルクは『音を聞く島』と言っていた気がする」

「『音を聞く島』……?」


 栞はさらに不思議そうに首を傾げた。


 周囲から漂ってくる大気魔気は水属性が主だ。

 だから、水の大陸神が守護するウォルダンテ大陸に近いことは疑いようもないだろう。


「九十九はずっと起きていたの?」

「ああ、栞がここで寝てるのに、オレも一緒に寝るわけにはいかないだろ?」


 それは護衛としても男としても、問題行動でしかない。


「え……? もしかして、わたしのせいで眠れなかった?」

「違う」


 それは言い切れる。


 本当なら、運んでやりたかったんだ。


「オレが交代する時にも、まだ起きないなら、お前を抱えて行くつもりだった。単純にトルクがまだ起きてきやがらねえんだよ」


 その分、近くで栞の寝顔を見ることができたし、折を見て、その黒い髪を撫でることもできたのだから、腹立ちは全くないのだが。


「夜明け前だよね?」

「夜明け前だなあ」


 栞にしては早い時間に起きたものだ。


 流石に、毛布ぐらいでは熟睡できなかったかもしれない。


 トルクスタン王子が起きてこないと分かっていたなら、ちゃんと寝台を召喚して寝かせるべきだったか?


「それで、どんな夢を見たんだ?」


 寝心地が良くなかったから、眠りが浅かったかもしれない。


 それに、起きてすぐメモを残したくなるような夢だったことは分かっている。

 しかも、意味深な寝言まで言っていた。


 それをオレが気にしないはずがない。


「うぬぅ。それが、ちょっと思い出せなくて……」


 紙を握り締めたまま、栞は溜息を吐く。


 やはり、思い出せなくてメモを残せなかったのか。


「折角、筆記具と紙を準備してくれたのに、ごめんね」

「いや、別に」


 何も悪いことはしていないのに、栞は謝った。


「寝ている時に『メモが欲しい』って言っていたから、起きたら必要かなとは思っていた」


 正しくは「メモ!」と叫ばれたのだ。


 だから、慌てることなくすぐに召喚できたわけだが。


「へ? め、めも?」

「ああ。メモ」


 どことなく、変な発音だった気もするが、気にせず話を続ける。


「ほ、他には何か言ってなかった?」

「他? ああ、確か、『なんて勝手な』とか……。『考えが間違ってなければ』とか、なんかいろいろ言っていた気がするけど。悪い。そんなに重要なことだとは思っていなかったから、オレもメモってねえ」


 栞が寝言であの紅い髪の男の名前を呼んでいたとか。


 上手く聞き取ることができなかったけれど、「かみのしるべ」? とかいう言葉を口にしたとか。


 そんなことだけは覚えているけど、それ以上のことは覚えていない。


「いや、大丈夫」


 栞はそう言いながら、困ったように笑った。


 だけど、何かに気付いたかのように一時停止をした後、何故か顔をあちこち撫でまわし始めた。


「変な顔をしてなかった?」

「変な顔?」

「いや、寝てたから……その……」


 そう言いながらも、自分の両頬を撫でる……というより強く擦っている。


 そのせいか、顔が紅くなっていた。


「オレを寝具にする女が何を今更」


 本当に今更な話だ。


「大体、見張りしているオレが、必要以上にお前の寝顔を観察していると思うか?」


 かなり長い時間、寝顔を見て頬を緩ませていた自覚はある。


 傍から見なくても危ない男だ。


 だが、それはオレにとって、精神的な部分においてのエネルギーを補給する意味があるから、決して無駄な時間ではない。


 寧ろ、必要不可欠な時間だ。


「確かに」


 だが、オレの言葉を全く疑いもせず、きっぱりと言い切られてしまうといろいろ複雑な気分になる。


 この女は、実はオレがずっと可愛い寝顔を見ていたとか、時々その柔らかな髪を撫でていたことを知ったらどう思うのだろうか?


 まあ、そんなことを勿論、口にする気などないのだが。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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