去った後の話
わたしはまだ過去の夢を視ている。
それは本来、知るはずがなかった、自分が引き起こしたことの結果の一部。
『長!! 大変なことが!!』
『「穢れ」がいなくなっております!!』
長耳族の長が集落へ戻ると、静かだったはずの集落が、大変な騒ぎとなっていた。
思い出してみれば、あの時、リヒトに向かって酷いことをしていた長耳族は、ブチ切れたわたしによって、残らず吹っ飛ばされていたのだ。
幸いにして、死人どころか怪我人もいなかったようだが、だからこそ騒ぎが大きくなっている。
『あのグールどもめ!!』
『こちらが情けをかけてやれば!!』
長耳族からすれば、森で怪我を負っていた人間を助けたはずなのに、いきなり仲間が吹っ飛ばされ、意識を失った状態で発見されていたのだ。
憤りを覚えるのは当然のことだろう。
一人が大声を出せば、その騒ぎはどんどん広がっていく。
そして、その怒りは当然ながら、この場からいなくなった人間たちに向けられている。
わたしは知らなかった。
リヒトがあの集落から連れ出した後に、あの場所でこんな騒ぎが起きていたことなんて。
『黙れ』
だが、その騒ぎを長が一喝した。
たった一言だけ。
それも、周囲の長耳族たちのように声を張り上げたわけでもなかったのに、その声はその場に響く。
『「穢れ」は「神の導」によって、祓われた』
さらに響く言葉。
それによって、今度は別の種類の喧騒が齎される。
『「神の導」!?』
『それは『大いなる災い』を封じた者のことでは!?』
『ですが、人類は、我らほど長くは生きられないはず!!』
『まさか、そんな……』
そこにあるのは戸惑いを含めた混乱。
よく分からないけれど、話の内容から、その「神の導」とやらは、人間たちで言うところの「聖人」のことだろうか?
『「災い」の封印は既に解かれている』
その言葉に、わたしは夢の中だと言うのに、自分の背筋が凍りついた気がした。
『あのグールの中の一人に、『災い』が収まっていた。しかも、既にその兆候が見られている。幸いにして、ここで芽吹くことはなかったが、あの様子だともって数年だろうな』
その言葉で、それは「シンショク」されているライトのことだと気付く。
あの時には既に、彼の身体は「シンショク」されていたはずだ。
それをこの長は見抜いたということなのだろうか?
『そんな!!』
『それならば、何故!?』
『つまり、あの「黒き災い」を器として、「破壊の神」がこの世界に現れる可能性は全くなくなったのだ』
その長の言葉に周囲がシンとなった。
つまり、リヒトに「大いなる災い」とやらが現れる可能性があったから、ここでずっと虐げていたってこと?
『グールとシーフの間に生まれた者には、神から分かたれた魂が宿りやすい。少なくとも、六千年前はそうだった。だが、今度は神の血を引き、神の加護を受けたグールの身に宿るとは、因果なものだ』
長耳族の長は皮肉気な笑みを浮かべる。
『神の血!?』
『あのグールたちの中に!?』
長の言葉に他の長耳族も驚きを隠せなかった。
いや、それを視ているわたしだって、初めて知る事実の数々に、脳がこれ以上考えることを放棄したがっている。
『六千年もの平和の間、我らシーフの力も随分と落ちたものだな。あの者たちは5人ほど神の血を色濃く引いている者がいた。『赤羽の神』、『橙羽の神』、『黄羽の神』、そして、『紫羽の神』の血族だ』
だが、今は思考放棄している場合ではない。
長耳族の話はまだ続いているのだ。
覚えていられなくても、できる限り聞いておく必要がある。
夢に視たことは、自分の中のどこかには絶対に残っているはずなのだから。
えっと、この長が言っているのは大陸神の話……、かな?
でも、それぞれの名前ではなく、神羽の色で言われると、分かりにくく思えてしまう。
いや、本来は一緒に覚えておくものなのだけど、わたしは神官職ではないのです。
その辺りは大目に見て欲しい。
あの場にいた水尾先輩は、フレイミアム大陸の中心国であるアリッサムの王女だ。
赤い神羽を持つ火の神「ライアフ」さまの血を引き、その加護を持っている。
それをしっかりと証明するかのような体内魔気の強さと多種類に亘る魔法の数々を見て、信じない人間はいないだろう。
わたしは、一応、シルヴァーレン大陸の中心国であるセントポーリア国王陛下の血を引いている。
セントポーリア国王陛下の直系血族でなければ抜けないはずの神剣「ドラオウス」をうっかり抜いてしまった以上、どう足掻いても否定はできなくなってしまった。
だから、橙の神羽を持つ風の神「ドニウ」さまの血を引いていることは間違いないし、その加護は十分すぎるほどある。
九十九と雄也さんは、非公認ながらライファス大陸の中心国イースターカクタスの国王陛下の甥に当たるというのは雄也さん自身から聞いている。
それを裏付けるかのように、イースターカクタスの「王家の紋章」ってやつが、雄也さんの身体にくっきりと浮かび上がってしまったことからも、その身体に流れる王族の血が否定できない。
つまり、黄色の神羽を持つ光の神「ティアル」さまの血を引き、その加護も持っているはずだ。
そして、ライトとミラはミラージュの王族だという。
断言はできないけれど、ミラージュが「魔神の眠る地」と言われている以上、昔あった闇の大陸ダーミタージュ大陸の一部ではあるのだと思う。
話に出てくる「聖女」は、ダーミタージュ大陸に「大いなる災い」を封印したと言われているから。
そして、あのライトの身体には、それを証明するかのような「呪刻」と呼ばれる紋様が刻まれていることを、わたしはこの「迷いの森」で知ったはずだ。
そうなると、わたしの考えが間違っていなければ、闇の神「クラード」さまの血を引き、その加護を……、ってあれ?
そこまで考えて、わたしの思考に今、何かがひっかかった気がした。
何か、おかしい。
それは分かるのだけど、何がおかしいのか分からない。
『「黒き災い」は「災い」ではなくなった』
『そ、それでは、これまで我らがしてきたことは……』
『そんなことが……』
わたしの疑問を他所に、長耳族たちの話が進んでいく。
ああ、そっちの話も気になるし、自分がひっかかってしまった部分をもっと深く考えたい気もする。
『「黒き災い」はあるべき所へ。混ざりモノの地へと向かうだろう』
『それはっ!!』
『それによって、他の混ざりモノたちも救われる。あの「黒き災い」が、あの場に行くことによって、自身たちも「大いなる災い」をその身に宿す恐れがなくなったことを知ることになるからな』
ああ、考えが纏まらないのに、話だけが進んでしまう。
えっと「混ざりモノ」って、多分、「混血児」……、「狭間族」のことだよね!?
情報量が多すぎる!?
メモが欲しい!
メモが切実に!!
なんで、わたしは姿がないの!?
せめて、少しでも覚えて現実に戻らないと……。
だけど、これで分かった。
この長耳族の長は、リヒトをウォルダンテ大陸近くにあるその「島」とやらに行かせたかったんだ。
でも、それならそうと言ってくれれば良かったのに……。
あんな端的な台詞で何を理解しろというのか?
しかも、わたしの意識が「高田栞」ではない時に言われても、覚えていられるはずがないのに。
『話はそれだけだ。後は、あのまだ幼くも未熟な「神の導」が成長し、「大いなる災い」を再び、封印することを祈ろう』
そんな声が聞こえたので、なんとなくそちらを見ると、長耳族の長と、意識だけのわたしの目が合った気がした。
そんなはずはないのに。
これは既に過去に起きた出来事で、しかも今のわたしは自分の姿すら見えない意識だけの存在なのだ。
だが、長耳族の長はわたしの方向を見たまま……。
『「神の導」の強き祈りは、やがてこの世界を救う』
そんな意味深な言葉を残して、その場から立ち去ったのだった。
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