もう少し話がしたい
『交渉はうまくいかなかった。強いお前が村まで来てくれなければ、アタシがここまで来た意味もない』
そう言い捨てて、長耳族の混血児と思われる女性は去って行った。
勝手な話だと思う。
突然、現れて、好き放題言って、この場をかき乱した上、用が済めば、そのまま、どこへともなく行ってしまうなんて。
結局、彼女が住んでいる村とやらの情報も教えてはもらえなかった。
まあ、トルクスタン王子がこの島のことをいろいろと知っているようなので、それは別に構わないのだけど。
「そろそろ寝なくて良いのか?」
九十九がわたしに声を掛けた。
いろいろあったためにもうすっかり遅い時間となっている。
いつもなら、もう眠っている時間なのは確かだ。
「こんなにモヤモヤした状態で眠れると思う?」
「お前はどんな状況でも寝るじゃねえか」
苦笑しながらそんなことを言われると、黙るしかない。
彼の言う通り、わたしは九十九の前で何度も、いきなり意識を飛ばすような眠りについている。
しかも、九十九自身を布団や枕にするようなことも珍しくない。
そして、今、彼から膝枕をされてしまえば、あっという間に夢の世界へ招待される気もしているぐらいだ。
いや、なんで膝枕なんだろう?
自分の思考がよく分からない。
ああ、昼間の、水尾先輩のせいか。
先ほどまでここにいたトルクスタン王子は、コンテナハウスへ行った。
流石に、トルクスタン王子は夜の見張りに慣れていないため、慣れている九十九の方が、起きている時間を長くするらしい。
まあ、ああ見えても王子さまなんだから、仕方ないね。
そんなわけで、わたしは再び、九十九と二人きりの状態にある。
「九十九は気にならないの?」
「兄貴も真央さんも無事なのは分かったからな。オレは安心した」
九十九も2人のことを心配してなかったわけではないらしい。
そして、言われてみれば、その通りなのだけど、それ以外の部分が気にかかってしまう。
「でも、あの女性の村にいるって言っていたよ?」
あの女性は、九十九とよく似た男が「村にいる」と言った。
そして、そこから動く様子もないようなのだ。
トルクスタン王子も真央先輩が人質になっているために動けないのではないかと予測していた。
それが、気にならないはずがない。
「栞……」
九十九が鋭い瞳をわたしに向ける。
「他人の言うことを鵜呑みにするな」
そして、そんなことを口にした。
「ふへ?」
「仮にその村ってところで2人が捕えられているように見えたとしても、その実、兄貴も真央さんも、2人して下を向いて笑っている可能性が高い」
「はひ?」
「それは肯定なのか? 問いかけなのか?」
鋭かった瞳が、いつもの瞳へと変わる。
「あの腹黒コンビだぞ? 他者に弱みを簡単に見せると思うか? 逆に油断させるための罠だ。もしくは、あの女に見る目がないだけだ」
どこか面倒くさそうに、でも、なかなか毒のある言葉を口にしている。
「実際、この島のことをオレ以上に知っているトルクが何も言っていない。兄貴はともかく、真央さんに害を与えるような場所ではないと言うことだ」
確かに、トルクスタン王子は真央先輩や水尾先輩に対して、少しばかり気にしすぎな部分はある。
まるで、目の前にいる黒髪の青年のように。
「なんだよ?」
「別に」
わたしの視線に気付いて、九十九は怪訝そうな顔を向ける。
「特に何もないなら、とっとと寝ろ。お前はオレより体力がないんだからな」
素っ気ない言い方で早く寝るように促す。
心配されているのは分かるけど、なんとなく、彼ともう少し話したかった。
「せめて、寝る前に、もう少し状況を整理させて」
わたしがそう言うと、九十九は下げた眉の間に、くっきりとした縦皺を二本ほど刻んだが……。
「仕方ねえな」
そう大きく息を吐いた。
実際、わたしはトルクスタン王子や九十九よりもずっと知識がないのだ。
だから、今のうちに話を聞いておきたい。
「何が気になっている?」
「勿論、無事が分からない雄也さんと真央先輩の状況かな」
一番、気になっているのは二人のことだ。
寧ろ、二人と無事に合流できれば、ここに留まる理由などなかった。
あの人影が、精霊族の混血児とか、本人が言っていた「村」とやらにも、正直、そこまでの興味は湧いてはいない。
寧ろ、あの女性に関わりたくはなかった。
「トルクは真央さんを人質にとったと言っていたけど、実際はどうだろうな? 連れを人質にとられるようなヘマを兄貴がするとも思えないからわざとそう仕向けたか、人質無しでも従ったか……かな」
「わたしは、『村の男たちを薙ぎ倒した』の方も気になったのだけど……」
それって、薙ぎ倒さなければならないような状況になったということだろう。
真央先輩を背に、護りながら戦ったとかそんな光景が頭に思い浮かんでしまう。
どれだけの人数かは分からないけれど、魔法が使えなければ、あの雄也さんでも多勢に無勢となってしまう可能性は高いのだ。
しかも、連れがいる状況での戦い。
それは絶望しないまでも、どんな劣勢な心境だったことだろうか。
「言っとくけどな、栞」
「ん?」
「多対一、魔法封じ、武器無し、足手纏い付き。オレたちが、この状況を想定したことがなかったと思うか?」
「ふお?」
九十九の問いかけに考えてみる。
多対一は、状況としてはあり得る。
実際、そんな場面を見てきた。
魔法封じ……。
雄也さん自身がその手段を持っている。
もしかしたら、九十九も持っているかもしれない。
武器無し。
魔法が使えなければ、所持品の召喚は不可能となる。
だから、その対策は考えているとは思う。
足手纏い……って………、もしかしなくても、わたしのことかな?
その結論に達した。
わたしは、魔法が長い間まともに使えなかったのだ。
そして、彼らはそれを背中に置くことが当たり前だった。
それならば、その対応を考えていないとは思えない。
「ああ、うん。あなたたちは普通の護衛以上にいろいろと考えてくれているよね」
本来は考えなくても良いことまで彼らは考えている。
様々な場面を想定して、どんな状況にも対処できるように事前準備や行動をしてくれているのだ。
思わず溜め息が出てしまった。
「考えて動くのがオレたちの仕事だ。だから、お前はいつも通り、のほほんとしとけ」
「のほほん……って」
わたしはそこまで呑気に見えるのだろうか?
これでも、結構、いろいろと考えるようになったつもりなのだけど……。
どうやら、彼らの基準ではまだ足りないらしい。
うぬぅ……。
ハイスペック護衛を持つと、護られる主人としてもある程度のレベルが求められると言うことか。
「つまり、もっと頑張れと言うことだね?」
「待て。なんで、そんな結論になった?」
「へ? まだ主人として不足ってことでしょう?」
「いや、それ以上、お前は頑張るな。寧ろ、もっとじっとしていてくれ。頼むから」
頼まれてしまいましたよ?
なんで?
「これ以上、トラブルを呼び込まれたら困る」
「呼び込んでいるつもりはないのだけど……」
人をなんだと思っているんだ?
「それに、今回のことは、わたしにあまり非はないと思う」
確かに早く先に行きたいとは言ったけれど、眠っている間に海獣が引き起こした大渦に巻き込まれるなんて、予想外過ぎると思うのですよ?
「まあ、今回のことは、なあ……」
そう答える九十九の返事もどこか歯切れが悪い。
「九十九は、この島のことを知っていた?」
トルクスタン王子は「音を聞く島」と言っていた。
「いや、オレはウォルダンテ大陸については勉強しているが、その周辺まではまだ不勉強だ」
そこは仕方がないかもしれない。
まさか、航路を外れて漂着することになるなんて思ってもいなかっただろうからね。
「じゃあ、混血児、『狭間族』については?」
「それはリヒトと出会ってから、多少、知識を入れる機会があった。それについては、大神官猊下に感謝している」
大神官……、恭哉兄ちゃんは、どれだけ物知りなのだろう?
それだけ勉強したからこそ今の地位にいるということは分かっているけれど、やはりあの人は凄いと思う。
そう言えば、リヒトに長耳族の能力封じとしての道具も貰っていた。
あれがあったから、リヒトも一緒に「ゆめの郷」へ行くこともできたのだ。
それが良かったかは分からないけれど、思いの外、長く滞在することとなってしまったのだから、別の場所にリヒトを預けておくのは難しかったことだろう。
「それじゃあ……」
わたしはあの人影の話を聞いてからずっと思っていることがあった。
「先ほどの女性が言っていた『番い』って、リヒトのことだと思う?」
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