嫌じゃないのか
彼を護りたい。
その気持ちに嘘偽りは全くない。
力が足りないのは分かっているけど、彼が困っているなら、助けたいと思うのは自然ではないか?
だから……。
「お前を護るのはオレだ」
いつものようにそう言ってくれた彼の言葉に対して……。
「その気持ちは分かっているし、素直に嬉しいよ。でも、たまには、わたしにあなたを護らせて?」
そう言ったのだ。
それ以外の他意はない。
本当に他意は一切、なかったのに……。
『さっきから、どうも話を聞いてくれないと思ったら、そういうことだな。それなら、冷静になれないのはよく分かった』
目の前の女性はあっけらかんとした声でそう言った。
「えっと? なんの話でしょうか?」
いきなりの変貌に話が見えない。
それに、話を聞かないのは、そちらのほうではなかったっけ?
だけど、さらに続けられた言葉に、わたしの思考は吹っ飛ぶことになる。
『お前たち、『番い』なんだな。隠していても、アタシには分かるぞ』
よりによって、わたしが九十九の「番い」と間違われた!?
どこをどう見ればそんな結論になったの!?
いや、確かにこの場だけ見たら、九十九に一番近い女性って、わたしに見えるかもしれないけど、それは彼女の言う「番い」、パートナーとかそんな感情ではない。
「い、いや、どこをどう見たら、そう見えるんですか!?」
わたしにとって「パートナー」は「横に並ぶ人間」だ。
九十九は、わたしを後ろにおいて、「護りたい人間」と認識しているはずだ。
だから、全然、違う!!
『いやいや、隠すな。隠すな。アタシにはちゃんと分かっている』
その時点で嫌な予感しかしない。
人の話を聞かない種類の人の「分かってる」という言葉は、結局のところ、話の本質を「理解していない」なのだ。
『これは、アレだろ? 人類の言葉で「嫉妬」ってやつだな?』
「違います!!」
しかも、とんでもない言葉を使われた。
嫉妬……、焼餅?
この状況、この会話で、何故、そんな明後日な方向への結論になるの!?
『大丈夫だ。アタシはお前たちを引き離したりしない。「番い」は生涯ただ一人。そして、いつも一緒にいたいものらしいからな』
ああ、その結論は同意したい。
他人の恋人に横恋慕は良くないし、人生の伴侶はただ一人でありたい。
だけど、わたしは九十九の伴侶ではないのだ。
「九十九、どうしよう?」
「何が?」
わたしの言葉に対して、何故か不思議そうに聞き返す九十九。
「この人、話を聞いてくれないよ?」
このままでは誤解されたままになってしまう。
それは、彼にとって嬉しくないことだろう。
「そう思わせておいた方が良いんじゃねえか?」
「へ?」
だが、意外にも九十九はそんなことを言った。
「さっきまでの状態よりも、オレはこっちの方が面倒くさくないし、この女の村にいる男の情報も引き出しやすくなる気がするぞ」
ああ、そう言えば、九十九はわたしを護るために「彼氏(仮)」になっても平気な人だった。
「でも……」
だけど今度は、「番い」。
それは、「彼氏」や「恋人」よりも、もっと重いものだと思う。
それなのに。そんなに簡単に流しても良いものだろうか?
何より、九十九は嫌じゃないのだろうか?
「これは騙すのではなく、相手が勝手に勘違いしただけだ」
それは確かにそうなのだけど……。
「それでも、九十九は嫌じゃない?」
そんなわたしの問いかけに……。
「別に」
あっさりと、短い言葉をわたしに告げた。
―――― 嫌じゃないのか。
そんなわたしの思いを他所に彼はさらにこう続ける。
「生涯、ただ一人……は誤っていないから、大丈夫だ」
「ふぬ?」
いつも以上に珍妙な声が口から吹き出た。
この言葉はどう受け取れば良いの?
いや、それ以上にどんな顔をすれば良いの?
それが分からなくて、そんな奇妙な返答になってしまったのだと思う。
「オレの唯一の主人だからな、栞は。そこに間違いはない」
だけど、混乱しているわたしを全く気にする風でもなく、九十九は分かりやすい言葉に言い直してくれた。
「え? あ……?」
九十九は、あの「ゆめの郷」で、わたしを「全てを捧げてわたしを護る」と誓ってくれた。
彼は、そのことを言っているようだ。
「ああ、そう言う……?」
確かに彼は「自分の主人はただ一人」と言ってくれた。
それも、雇い主であるセントポーリア国王陛下ではなく、彼に護られるだけのわたしに対して。
それを思えば、間違いでもないと思えてくる。
そもそも、「番い」という言葉には、古語として「固い約束」という意味もあったはずだ。
つまり、脳にある自動翻訳が勝手にそう翻訳している可能性もある。
「納得したか?」
「したような? してないような?」
「どっちだよ?」
わたしの珍妙な回答に、九十九は何故か笑った。
「話はついたか?」
トルクスタン王子がなんとも言えない表情をしたまま、わたしたちに声を掛ける。
「ああ、こちらは納得した」
九十九はそう答える。
『協力は得られないことは分かった。それなら、仕方ないな。』
人影は、明るい声でそう言った。
未だにこの女性の顔がはっきりと見えない。
肌や髪の毛が暗めの色と言うこともあるだろうけど、結構、近距離にいる気がするのに、見えないのは、周りがそれだけ暗いということなのかな?
でも、九十九やトルクスタン王子の姿は、わたしの目が慣れてきたせいか、割とよく見えている。
これって、どういうことなんだろう?
「それなんだが、『長耳族』は一目で、自分の『番い』を見抜くと聞いている。だが、貴女は『狭間族』だから、自分の『番い』が分からないと言うことか?」
トルクスタン王子はそう尋ねた。
『村にあの男が来たと同時期に、アタシも「適齢期」に入ったことは間違いないけど、アタシも初めての経験だからな。近くに「番い」がいるかもしれないのに、「藍の王族」が言うように分からないんだ』
「適齢期」に入ったばかり?
なんとなく、思い当たることがある。
でも、それを口にするのは少し憚られた。
それは、わたしが決めることじゃない気がするのだ。
『それに、確かにあの男は強いけど、アタシは嫌なんだ』
何故か、そんな言葉を漏らした。
雄也さんは何をやったのだろうか?
「なるほど。それでは、もし、村にいる男以外に『番い』と分かるヤツがいたら、そちらに決めるか?」
『そいつがあの男より強ければ、全く問題がなくなる』
この人の基準はどこまでも「強さ」だった。
それなら、九十九や雄也さんが候補に挙がるのはよく分かる。
彼らはすっごく強いから。
「『番い』は強さが基準なのか?」
今度は九十九が尋ねた。
『強くもない男に魅力を感じると思うか? 少なくとも、アタシが気に入るのはいつだって強い男だった。だから、アタシの選ぶ『番い』が弱いはずなどない』
胸を張って言い切る人影。
ああ、確かにこの人、胸は大きそうだ。
先ほどよりも距離が近くなったせいか、それは分かった。
だけど、不思議なことに、着ている服……その、九十九が言っていたビキニアーマー? とか言うものかどうかは何故か分からない。
「もう一つ。求める強さは一種類か?」
さらに九十九は重ねて尋ねる。
『? 言っている意味が分からない』
分かりやすく人影は首を傾げた。
「強さにもいろいろな種類のものがあるだろう? 単純な腕力から、武器を使った物理的な強さ、身体の頑強さ、持続できる体力、忍耐力などの精神的な強さ、自分の考えを曲げない意思の強さ。他には……」
『人類は小難しいことを考えるんだな』
九十九の言葉を制止させ、人影は軽い口調でそう言った。
難しく考えることは苦手らしい。
九十九の言った言葉は、そんなに難しい話でもないと思うけど、この人にとっては難しいと感じたようだ。
『アタシは強さについて、そんなに難しく考えたことなんかない。強さは強さだ』
そう言って、その人影は一呼吸置き……。
『だって、強い男の子供の方が、この先の未来で生き残る可能性が高いだろう?』
そんな不思議なことを言ったのだった。
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