承知するのは別の話
いろいろと言いたいことはある。
だが、その事情については分からなくもない。
同族同士の「精霊族」の「番い」捜しより、混血児である「狭間族」の「番い」を捜す方が難しいのだ。
同族同士ならば、同じ集落、群れの中で相手を選び、選ばれることは互いに何の抵抗もない。
だが、「狭間族」は種族によって、「混ざり者」、「異端者」と、敬遠どころか忌避される傾向にある。
実際、オレたちと一緒にいる長耳族のリヒトがその状態にあった。
あの男は同族である長耳族から、「黒い災い」と呼ばれ、かなり長い間、虐げられていきたのだ。
それは、あの長耳族の集落には、混血児、「狭間族」の知識がなかったためと思われる。
オレも、大神官から聞くまではそんな知識もなかったのだ。
本人も知らないほど精霊族の血が混ざっている「狭間族」は、神官を志す者の中にも、たまにいるらしい。
だから、あの「迷いの森」から出ることもなかったはずの長耳族たちが、知らなくても不思議ではないだろう。
だから、「適齢期」になると、その身体が変化する「長耳族」の特性を持つ「狭間族」のこの女が、その変化と同時に現れた人類たちを自分の「番い」にと望むのは分からなくはないのだ。
理解はできるけど、承知するのは別の話だ。
だから……。
『アタシが「番い」を探しているのは事実だ』
その女が言い放ったそんな適当な理由で、選ばれることに喜びはなかった。
そして、当然ながら、オレにも、そして、兄貴にも選ぶ権利はある。
自分が惚れた女に選ばれることはないと分かっていても、それでも、オレは誰でも良いとは思えない。
『だが、アタシは「番い」なら、より強い男が良い』
「はあ……?」
栞が分かりやすく眉を下げた。
魔獣や精霊族は「強さ」を含めた能力が基準になることが多いのだが、彼女には理解できないらしい。
実際、ここに流れ着くきっかけとなった「海獣」たちも、雌たちがその強さを見せつけることでその優劣を決めていたのだが。
『人類の身で、我が村の男どもを薙ぎ倒したあの男と、この島に流れ着いて以来、面妖な術を使いこなす男。どちらがアタシのモノになっても問題はないのだ』
面妖な術……。
もしかして、コンテナハウスの召喚のことだろうか?
物質召喚は、魔界人たちにとって珍しいものではないが、島の外に出たことがなければ、驚くかもしれない。
この奥に行けば、結界の効果でオレも兄貴も普通の魔法が使えなくなるのだから。
しかし、この女の村にいたヤツらを薙ぎ倒したんだな、兄貴。
まあ、石や木など、その場凌ぎではあるが、それなりに武器になりそうなものは、あちこちに落ちている。
あるいは、相手から武器を奪えばもっと楽になる。
下手すれば、自分を捕らえるために使われる縄や、身に付けている衣服すら物理的な凶器にすることも可能なのだ。
ちょっと考えただけでもオレがいくらでも思いつくのだから、兄貴なら簡単だろう。
『だが、今はそんな話ではなく……』
さらに続けようとした女だったが……。
「はい?」
明らかに疑問を持った栞がその続きを断ち切った。
「どうも、この『狭間族』は、ユーヤとツクモを勝負させたいらしいな」
トルクスタン王子の状況説明で、さらに栞の空気が変わる。
「ふざけるな」
たった一言だった。
それでも、栞のたったその一言だけで、思いっきり頬を緩ませてしまったオレは本当に阿呆なのだろう。
それは、ただの友人、親愛から生まれただけの言葉。
だが、それはオレのために彼女が怒りを覚えてくれていることに他ならない。
それだけのことが本当に嬉しい。
いつから、オレはここまで単純な男になってしまったのだろうか?
…………自覚がなかっただけで、昔からだ。
だが、今はそんなことを喜んでいる場合ではない。
『ちょ、ちょっと待て。アタシの話を……』
この狭間族の女は、さらに何かを言おうとするが……。
「あなたが、ご自分の『番い』を探していることと、彼らが優れていることは、何の関係もありません」
栞は、いつになく話を続けさせなかった。
まるで、これ以上、話を聞きたくないとばかりにぶった切っていく。
「それなのに、あなたの勝手な思い込みだけで、彼らの今後をどうして決められると思うのでしょうか?」
『強いのは良いことだし、そんな相手を「番い」とできるなら、それがアタシにとっても、一番良いことだ。だが……』
そして、相手も栞の言葉を始めから聞こうとしない。
自分の言葉を続けたがっていることがよく分かる。
それぞれが話を聞かない状態では、話し合いにならないだろう。
「こちらの言い分を聞く気がないのなら、相手の話を聞く必要もないでしょう。九十九、悪いけど、コンテナハウスに行ってくれる?」
「は?」
栞の指示の意味を、脳が理解しなかった。
「この方の目的があなたみたいだから」
「だからって、オレが下がってどうするんだよ?」
少なくとも、護衛に出す指示ではないだろう。
「その方が互いに冷静になれると思うんだよね。わたしの護りは、悪いけどトルクにお願いするから」
「いや、この男が信用できるか!!」
「ツクモ……。お前って、結構、言うよな」
トルクスタン王子が何かを言っているが、オレも栞も無視して続ける。
「これは、信用するとかしないとかの問題じゃないんだよ。今、狙われているのがあなただから、この場にいて欲しくないっていうのは分かる?」
栞の言い分は分かる。
だが……。
「お前を護るのはオレだ」
「その気持ちは分かっているし、素直に嬉しいよ」
分かってない。
本当に分かっているというのなら、何故、そんなことを言うんだ?
「でも、たまには、わたしにあなたを護らせて?」
強い瞳のままだが、身長差があるためにどうしても上目遣いになってしまう。
さらに、オレの身を案じるような可愛らしいお願いとか……。
この女は一体、このオレに、どうしろって言うのか!?
だが、顔には出さず、ぐっと我慢する。
その分、顔がきつくなったかもしれないが、栞に向かっていろいろな感情が駄々洩れるよりはずっとマシだ。
「それでも……」
オレは反論しようとして……。
『な~んだ』
すごく高くて口調の軽い声によって邪魔された。
「「は?」」
栞とオレの声が重なる。
『さっきから、どうも話を聞いてくれないと思ったら、そういうことだな。それなら、冷静になれないのはよく分かった』
暗くて見えにくくはあるけれど、両腕を頭の後ろで組んだ姿勢で、その顔は笑っていた。
だが、問題はそこじゃない。
言った内容だ。
「えっと? なんの話でしょうか?」
栞がご丁寧にも確認する。
『お前たち、『番い』なんだな。隠していても、アタシには分かるぞ』
「はいぃいいいいいいいっ!?」
栞が肯定とも否定とも分からないような返事をした。
そこまで驚くほどのことでもないだろう。
先ほどのやり取りは、確かに見ようによっては人目を気にしない恋人たちのソレにも見える。
現実は……、悲しくなるから止めておこう。
「い、いや、どこをどう見たら、そう見えるんですか!?」
栞が慌てて反論するが、忘れてはいけない。
相手は話を聞かない女だと。
『いやいや、隠すな。隠すな。アタシにはちゃんと分かっている。これは、アレだろ? 人類の言葉で「嫉妬」ってやつだな?』
「違います!!」
そこまで強く否定することはないだろう。
オレが傷付くじゃねえか。
『大丈夫だ。アタシはお前たちを引き離したりしない。「番い」は生涯ただ一人。そして、いつも一緒にいたいものらしいからな』
だが、栞の否定の言葉を相手は気にせずに言いたいことを言う。
ああ、なるほど。
既に一緒になってる組み合わせを引き裂くようなことはしないのか。
強い者が良いと言うから、相手がいても、「戦って奪い取れ」という感覚なのかと勝手に思っていた。
「九十九、どうしよう?」
「何が?」
「この人、話を聞いてくれないよ?」
それは先ほどからずっと思っていたことだ。
今になって言うほどのことでもない。
そして、別に……。
「そう思わせておいた方が良いんじゃねえか?」
「へ?」
激しく否定するほど不快な誤解でもない。
寧ろ、嬉しい誤解だ。
「さっきまでの状態よりも、オレはこっちの方が面倒くさくないし、この女の村にいる男の情報も引き出しやすくなる気がするぞ」
「でも……」
栞は気が進まないようだ。
「これは騙すのではなく、相手が勝手に勘違いしただけだ」
まずは相手に嘘を吐くことの罪悪感を解く。
「それでも、九十九は嫌じゃない?」
「別に」
寧ろ、声を大にしても良い。
だが、そんなことは言えないので、返事が短くなってしまった。
それでも、栞は迷っている。
だから、オレははっきりと言ってやることにする。
「生涯、ただ一人……は誤っていないから、大丈夫だ」
「ふぬ?」
どんな声だよ?
「オレの唯一の主人だからな、栞は。そこに間違いはない」
「え? あ……? ああ、そう言う……?」
一瞬、面食らったような顔をしたけれど、納得もしてくれたようだ。
後は、これからどうするか……だな。
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