その在り方が幼くて
ちょっと説明回です
自分の中にある何かが逆立った気がした。
「黒髪の男を捕らえたのも、連れの女を質としただろう?」
琥珀色の瞳を持つ青年が、目の前にいる人影に向かってそう問いかける。
「それ以外で、あの男が黙ったままでいるとは思えん」
さらに続く言葉に対し……。
「は?」
小さくて短い言葉が自分の口から零れ出る。
「それって、真央先輩を人質として、雄也さんを言うがままにした……と?」
黒髪の青年を思い起こす。
そして、その場に一緒にいると思われる黒髪の女性も。
「マオは普通の魔法を使えず、力もないため、抵抗らしい抵抗はほとんどできない。その上、シオリにとって友人だ。魔法が使えない場所でもそれなりに立ち回れるユーヤへの抑えとしては十分だろうな」
「なるほど、理解しました」
分かりやすいトルクスタン王子の纏めに、その言葉の意味が分かって、自分の中でかなり大きなものが渦巻いた。
これが良くないことだと分かっている。
だが、無視できない言葉に、抑えが効かなかった。
いや、抑える必要を感じない。
自分の、決して大きくはない胸元に手をやると、激しく脈打っていることがよく分かる。
『まさか、橙の……王族……?』
呆然と呟く人影。
先ほどこの人は、トルクスタン王子のことを「藍の王族」と言った。
わたしは「愛」と聞き間違えたけれど、今の言葉で理解する。
それぞれの大陸の「象徴色」のことだ。
加護を受ける大陸神の御羽の色でもある。
『何故、このような所に……』
そんなことを言われても、縁としか言いようがない。
それに、カルセオラリアのあるスカルウォーク大陸と、セントポーリアのあるシルヴァーレン大陸は、確かに離れているが、地図で見た限り、どちらの大陸もウォルダンテ大陸とそこまで離れてはいないのだ。
西から行くか、東から行くかの違いだが、どちらも隣の大陸と言えなくもない。
単純に、スカルウォーク大陸が大きすぎる気もする。
形こそ違うが、スカルウォーク大陸が人間界で言うユーラシア大陸。
ウォルダンテ大陸はアフリカ大陸。
そして、シルヴァーレン大陸は南アメリカ大陸を考えてもらうと位置図としては理解しやすいだろう。
因みにフレイミアム大陸は北アメリカ大陸。
グランフィルト大陸はオーストラリア大陸。
ライファス大陸はグリーランドの位置にある。
その時点で、地球とは違う。
グリーンランドは大陸ではなく、島だったはずだ。
そして、勿論、それぞれ形も大きさも全然違うことだろう。
グランフィルト大陸はライファス大陸よりかなり小さいし、それぞれの大陸は完全に離れている。
パナマ運河、スエズ運河に似た位置にあるのはもっと広い海峡だ。
それらを埋め立てて運河することはできないだろう。
逆にベーリング海峡に当たる部分はもう少し距離が近い気がするけど……。
そう考えると、幻のダーミタージュ大陸は、南極大陸にあったのだろうか?
でも、その位置に点在する小さな島はあるけど、大陸と呼べるほどのものは見当たらないらしい。
そして、北極も似たようなものだ。
さらに氷に閉ざされた世界でもないと聞いている。
尤も、これらの知識は、この世界の地図を見た限りのものだし、人間界にしても、中学三年生で止まった世界地図知識だ。
実際に並べてみるともっと違うかもしれない。
うん。
思考が思いっきり逸れている。
「余計なことを付け加えるならば、お前たちが質とした女は『赤の王族』だ。この『音を聞く島』は、人類に喧嘩を売るつもりと捉えられても仕方ない話だな」
どうやらこの島は「音に聞く島」と言うらしい。
そして、トルクスタン王子はここの知識があるようだ。
それなら話は早く進むだろうし、分からないことがあったとしても、後で詳細を尋ねることも可能だろう。
『い、いや、待て!! 「赤の王族」を「質」とか、人類に喧嘩を売るとか、何の話だ!? アタシたちはそんなことをしていない!!』
目の前の女性は慌てて否定する。
『それに、仮にあの女が「赤の王族」だったとしても、「赤の王族」は、既に火の神「ライアフ」より見放された血族だ!!』
さらに、そんな余計なことを口にした。
「それならば、どう扱っても構わない、と?」
わたしが与えられた情報を処理するよりも早く、トルクスタン王子がその語気を強めた。
意外とトルクスタン王子は言葉に対する反応は早い。
『そうも言ってない!! だが、その加護は、徐々に薄れ、赤の大陸が荒れ果てたと聞いているのは事実だ』
「なるほど、『青の大陸』を治める『青の王族』にはそのように伝えよう。『音に聞く島』に棲む『狭間族』たちは、加護が薄れた人類に対してそのように主張している、と」
ぬ?
さらに新たな言葉がでてきましたよ?
「きょうかんぞく」とはなんぞや?
「共感」?
「教官」?
それっぽい漢字が出てこない。
そして、こんな交渉ができる辺り、やはりトルクスタン王子は王族であることは間違いない。
相応の教養があるということだ。
さらに言えば、本人が言うように上に、立つ人間の資質が全くないとはわたしに思えなかった。
難を言うなら、感情が先走りやすい部分だろうか?
「まあ、あの女を見て、本当に『ライアフ』神から見放されていると考えてしまう程度に幼い者には何を言っても無駄だろうけどな」
『なっ!? アタシは幼くなどない!!』
「『適齢期』が来て浮かれたか? ようやく、成人と認められると。その精神の在り方が幼いと言っている。それに、早く番いを探したいのは分かるが、少々、焦り過ぎだ」
トルクスタン王子の言葉に、人影が息を呑んだ気配がした。
でも、「適齢期」?
それって、少し前に聞いた覚えがある気がする。
確か、精霊族の、成人状態とかなんとか?
「九十九……。トルクの言っている意味は分かる?」
わたしは、すぐ近くの護衛に声をかける。
「まあ、なんとなく……」
なんとなくでも分かるだけ凄い。
わたしにはさっぱりだ。
「要は、『混血児』の『番い』探しだと思う」
「へ?」
首を捻りながら答えた九十九の耳慣れない奇妙な言葉に思わず聞き返す。
「あ~、精霊族は異種族婚姻によって、どちらの特性も併せ持つ『狭間族』と呼ばれる『混血児』が生まれることがあるらしい」
「えっと、人間界で言う半々ってことかな?」
漫画とかでたまに見る設定だったはずだ。
「『二分の一』だけじゃなく、『四分の一』、『八分の一』、『十六分の一』などの『混血児』も、混ざって二種族以上の特性が現れれば、『狭間族』と呼ばれるようになる」
「な、何、その謎単語?」
九十九が口にした「クォーター」までは聞き覚えがあるけど、以降はさっぱり聞いたこともない。
「謎……って……、『混血児』の日本語的表現だと記憶しているが……」
「そんなものは知らぬ!」
「おい、そこの武士」
たとえ護衛に「武士」などと呼ばれようと、知らないものは知らない。
「えっと、異種族婚姻の結果、生まれた子供が、『番い』、この場合、パートナー探しをしているってことでおっけ~?」
「それで問題はない」
九十九は何か言いたそうな顔を一瞬、わたしに向けたが、ふいっとトルクスタン王子たちの方に向き直る。
「トルクの話では、そこの女がその混血児、『狭間族』と呼ばれる存在で、現在、お前が言う『パートナー』を捜しているってことも理解したか?」
「うん」
要は、お婿さんを探しているってことだろう。
つまり……。
「九十九が選ばれたってこと?」
「そこまでは知らん」
どこか不機嫌そうに答える九十九。
でも、そんな状況にある異性が声をかけるってそう言うことじゃないのかな?
『アタシが「番い」を探しているのは事実だ』
姿がぼんやりとしている女性はそう言った。
『だが、アタシは「番い」なら、より強い男が良い』
「はあ……?」
強さが基準とはよく分からない。
『人類の身で、我が村の男どもを薙ぎ倒したあの男と、この島に流れ着いて以来、面妖な術を使いこなす男。どちらがアタシのモノになっても問題はないのだ。だが、今はそんな話ではなく……』
「はい?」
何かを言いかけた女性に対して、思わず、わたしは断ち切った。
ちょっと待って?
それって……。
「どうも、この『狭間族』は、ユーヤとツクモを勝負させたいらしいな」
トルクスタン王子は興味深そうにそう言った。
だけど、こんな状況で、わたしが心の底から強く思うことはただ一つ。
「ふざけるな」
そんな言葉だった。
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