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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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急激な成長

 リヒトと話していると、栞の影が見えた。

 だが、一緒に風呂に入ったはずの水尾さんの姿はなかった。


「水尾さんは?」

「先に少し休むって」

「ああ、それが良い」


 たまには見張りを気にせず休んで欲しい。


 彼女は、確かに実戦慣れもしているため、心強い戦力ではあるけれど、女なのだ。


 あの綺麗な肌を保つためにもあまり夜更かしはして欲しくなかった。


「お前も休め」

「流石にまだ眠い時間帯ではないよ」


 確かにいつも栞が寝る時間にはまだ早いが、今日は本当にいろいろあったから疲れているはずだ。

 できれば、休んで欲しいのだが……。


「妙に目が冴えちゃって」


 そう言ってはにかんで頬を染めて笑われてしまったら、オレもこれ以上何も言えなくなる。


 幸い、この場所は今のところ、危険をあまり感じない。


 害意を持つ獰猛な大型魔獣の気配も、「生産期」のために陸上へ上がっている海獣の気配もなかった。


 ただ、変な視線を時折、感じるだけ。

 何かあれば、対応はできるだろう。


『俺も少し休んで良いか? 妙に眠いのだ』


 リヒトが俺に確認する。


「……ああ」

「コンテナハウスの使い方は分かる?」

『眠るだけなら大丈夫だ。ありがとう、シオリ』


 微かに笑って、リヒトはコンテナハウスの方へと向かった。


 もしかして、気を遣われたか?

 大きくなったその背中を見て、なんとなくそう思った。


「は~、リヒトがすっかり大きくなっちゃったね」


 リヒトの姿がコンテナハウスの中へと消えると、栞が溜息を吐いた。


「まあ、『適齢期』に入ったみたいだからな」

「『適齢期』?」

「精霊族の『思春期』みたいなものだ」


 厳密に言えば、少し違うのだが、余計なことを言う気はない。


「ああ、第二次性徴のことだね」


 妙に納得したように栞は頷く。


 精霊族の「適齢期」は、人間でいう「成人」のようなものだ。

 そして、正しくは、「繁殖適齢期」と言う。


 魔獣や海獣なら、「性差発達期」と言われ、角や牙、爪、皮膚などの外見的な特徴が著しく変化する性的二形(にけい)の現象が表面化し、それぞれの「求愛期」の時期に求愛行動が見られるようになる。


 精霊族である長耳族の場合は、大人になったと言うことで、種族維持のために、「(つが)い」となる相手を見つけ、子を()すことが求められる。


 そして、そのために身体も繁殖のために成長すると聞いていた。


 ただ、数十年もの間、少年のまま成長することもなかったあの男が、何故、ここにきて「適齢期」となったのかが分からない。


 長耳族は、近くに同族がいれば、数十年ほどで「適齢期」となるらしい。


 だが、同族がいなければ、数百年経たなければ、その「適齢期」に至らないとも聞いていたのだ。


 同じ長耳族の集落内にいた頃なら分かる。

 その頃は、リヒトを取り巻く環境はともかく、周囲に同族しかいなかったはずだから。


 だが、あの男は、長耳族の集落内にいながらも、その「適齢期」には入らなかった。


「背、高くなったよね」

「ああ、兄貴よりは少し低いかな」

「良いな~。一日でにょきにょき伸びて」


 栞は、自分の背を気にしている。

 オレとしてはその小ささも可愛くて好きなのだが、当人はあまり好きではないらしい。


「馬鹿言うな。今頃、痛みにのたうち回っているはずだ」

「痛み?」

「人間にもあるだろう? 成長痛ってものが」


 急激な成長は、肉体に痛みを生じさせる。

 人間とは違う身体の造りである長耳族ではあるが、リヒトは恐らく、半分、人間だ。


 オレと会話している間も、時折、その整った顔を歪ませ、関節を含めたあちこちを(さす)っていた。


 もしかしたら、休むのもそのためかもしれない。


「ああ、九十九が自慢してたやつね」

「自慢したか?」


 そんな覚えはない。


「してたよ。ストレリチア城に滞在していた時に、『毎晩、身体の節々が痛い』って笑いながら言ってた時期がある」


 それだけ聞くと、我ながら年寄りくさい言葉を口にしていたものだと思うが、栞にとっては自慢に聞こえたらしい。


 そんな当人ですら覚えていないようなことを、彼女が覚えていてくれたのは素直に嬉しいと思ってしまうオレもどうかと思うが。


「因みにわたしにはそんな時期がなかった」


 栞は大きく息を吐いた。どうもかなり気にしているらしい。


 彼女の母親である千歳さんも小柄ではあるが、栞ほど小さくはない。

 父親もオレよりは低いが、今のリヒトぐらいはあるだろう。


 そんな彼女に対して、なんと声をかけたら良いのだろうか?


 オレは背の低い栞を可愛いとは思っているが、それはオレの感想でしかない。


 気にしている当人からすれば、そんな個人の感想よりも身長を伸ばしたいという切実な望みがあるのだ。


「魔界人なら、25歳ぐらいまでは伸びるらしいぞ」


 そんな気休めぐらいしか言えない。


 実際、魔界人の成長期は15歳から25歳までと言われている。

 だが、半分、人間の栞にそれが適用されるかは分からないのだ。


「本当に!?」


 それでも驚きの反応を見せてくれる栞。


 期待に溢れるその表情を見て、少しだけ胸が痛んだ。


「疑うなら兄貴に確認しろよ。魔界人の成長期は15歳から25歳ぐらいだと言われているのは間違いない」

「ああ、そう言えばそんなことを聞いた覚えが……。でも、あれって魔力や魔法力に関してだけじゃないの?」

「身体もそうらしいぞ。25歳過ぎたら、魔力、魔法力とともに、肉体的な成長が、緩やかになると聞いている」


 要は、老化がゆっくりになるらしい。


 それでも、病気に掛かれば、命を落としてしまうことも多いために、若くして死ぬ人間も多いのだが。


「そっか。じゃあ、まだ望みは捨てないでおこう」


 気合を入れて、両拳を握る栞を微笑ましく思う。


「分かったら早く寝ろ」

「ん~。でも、まだ眠くないから、このまま眠くなるまでここにいても良い?」


 好きな女から、そんな可愛いことを言われては、断る理由はない。


 実際、目の届く場所にいてくれた方が、オレも気が楽なのだ。


「勝手にしろ」

「分かった」


 あまり感情を込めなかったオレの返答にも嬉しそうに笑いながら、栞はオレの目の前に座った。


 基本的に野宿では、火を使うことはしない。


 周囲を明るくして、遠くからでも分かるような居場所の伝え方を行うのは、ただの愚行でしかないだろう。


 火に興味を示す魔獣もいるからな。


 コンテナハウスの近くにいれば、それが放っている微かな光を感じることができるが、少し離れるだけで光が見えないようになっている。


 だから、この周囲はコンテナハウスの光があっても、それなりに暗いのだ


「こんなに暗くて、よく眠くならないね」

「慣れだな」


 ある程度、オレ自身、夜目が利くのもある。


 すぐ近くのコンテナハウスの光がなくても、オレの瞳は目の前の栞を映すことができるだろう。


 真っ暗で明かりのない部屋の布団の中ですら、彼女の可愛らしい表情はよく見えたのだから。


 それにこの場所は波の音がよく聞こえる。

 一定のようで、実は意外と変化があるその音を聞いていると、飽きることもない。


「やることも多いから、退屈もしない」

「やること?」

「薬草の選別や薬品の調合だな。どうせ、奥に行くんだ。魔法が使えなければ、薬草や薬品に頼るしかない」


 幸い、スカルウォーク大陸で薬草は購入しているし、カルセオラリアでの生活で、薬品調合の知識も上がっている。


 急ぎの仕事もないのだから、少しぐらい趣味に費やしても問題はないだろう。


「わたしの治癒魔法が安定すれば良いのに……」

「お前の場合、あの魔法が使えるなら、『解毒』や『解熱』がいける。悪いが、頼りにさせてもらうからな」

「ふお?」


 特殊な魔法が使える主人が目を丸くした。


 気付いていないらしい。


「オレだけじゃなく水尾さんも魔法が使えない状況でも、魔法が使えそうなお前は十分、戦力だよ」

「戦力?」


 自分を指差しながら、言葉を返す。


「お前の好きなゲームだって、状態異常回復は必要な魔法だろ?」


 栞は、治癒魔法だと風属性の勢いが強すぎるのか、その対象者を吹っ飛ばしてしまうが、それ以外の魔法なら、そんなことはほとんどないのだ。


 敵性生物を倒すだけなら、武器を持つだけで良いが、状態異常の回復はやはり魔法があった方が心強い。


「そっかあ」


 栞はそう言いながら、頬を緩ませて、へにゃりと笑った。


 なんだ?

 この可愛い生き物。


 戦力と言われるのがそんなに嬉しいものなのか?


「だから、前線には出さないからな。大人しく後ろで護られておけ」


 個人的には戦力としたくはないんだ。


 彼女は手を出すことなく、その手を汚すことなく、誰の目も届かないように後ろで隠れるように護られていて欲しい。


 だが、いつだって、この願いは叶わないのだ。

 彼女が「高田栞」である限り。


「分かってるよ。まだ実戦ではさっぱりなのは、自分でもよく分かっているし」


 そして、全く分かっていない。


 確かに実戦慣れをしていないだけで、彼女は既に、魔法だけならこの世界でも上位に入れるような人間になってしまったことだろう。


 そういった意味では、栞も急激に成長したといえるだろう。


 それに実戦で慣れていないと言っても、魔法に関してだけなら、駆け引きも十分すぎるほどに学んでいる。


 何より、呪文詠唱だけでも魔力に任せて一般的な貴族が契約詠唱をする魔法にも劣らないほど高威力の魔法を放つことができるのだから。


 単に、彼女の周囲の人間が、水尾さんを筆頭に規格外なだけだ。


 尤も、それは魔法に関してだけで、それ以外の道具を使ったものや、身体強化をした相手からの体術にもあまり勝てるとは思えない。


 それでも、王族が無意識に纏っている「魔気のまもり(魔法耐性と物理防御)」は、それだけで、あり得ないほどの固さを誇っているのだが。


「雄也さんと真央先輩は、本当にこの奥にいると思う?」

「兄貴宛に通信珠が作動しないからな。この結界の中にいることは間違いないだろう」


 恐らくは、この少し奥に進むと魔法が使えなくなることと関係しているのだろう。

 何らかの妨害が働いていると考えるべきだ。


「そっか。じゃあ、頑張らないとね!」


 いつも頑張っている主人は、この暗闇すら照らしそうなほど眩しい笑顔で気合を入れるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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