表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1225/2799

互いの執着心

 目の前で黒髪の青年……ツクモは悩んでいた。

 この島について……のようだ。


『ツクモは俺に確認しないのだな』


 明らかに何かを隠しているカルセオラリアの王子に対して思うところがあるのだろう。


 だが、それでもその真意を本人にも、そして、心を読める俺に尋ねることもしない。


「それはなんか違うだろ?」


 俺の言いたいことに気付いたのか、ツクモは笑う。


『ユーヤは迷わずに確認するからな』

「その方が判断の誤りが減るかもな」


 ツクモの中にあるのはカルセオラリア城だった。


 あの時、誰かの心の声を知っていたら、状況は変わっていてかもしれない、とツクモは悔やんでいた。


『そんなことはない』


 主人を目の前で奪われ、それを助けに行った兄は瀕死の重傷を負う。


 それらの全てを、ツクモ自身の咎とは言いきれないのだが、それでも油断をしていた自身を許せないらしい。


『ユーヤは知っていても、食い止めることはできなかった』


 あれは複数の人間たちの思いが、複雑に絡み合った結果だった。


 俺だって知っていたのだ。


 その上で、シオリにも忠告をした。

 カルセオラリアの王族が良からぬことを考えていると。


 あの頃聞こえていた心の声は、その言葉の意味は分からなくても、いっそ怨嗟の籠った呪いだと思いきった方が楽なぐらいの強さを秘めていた。


 だから、俺は耐えきれなくて、ユーヤにも吐き出していたのだ。


「でも、良いんだ」


 ツクモはそう言った。


 俺の心を読むことはできないはずなのに、俺の心を読んだかのように。


「お前だって、好きで心の声を聞いているわけじゃない。それに、話した方が良いことはちゃんと口にしてくれている。オレはそれだけで良いんだ」


 ツクモはそう言ったが、そんなに簡単に割り切れるものなのだろうか?

 人間は本当によく分からない。


「ところで、トルク……、は、なんで、水尾さんからいきなり『昏倒魔法』を使われたんだ?」


 先ほど、トルクスタンはミオの手によって、「昏倒魔法」という魔法を使われていた。


 それは、完全なる不意打ちで、「魔気の護り」という防御が働く暇がなかったようだ。


 いや、仮に働いていたとしても、ミオの魔力は強すぎるため、トルクスタンの「魔気の護り」という防御も容易く貫く気がする。


『今、ミオはシオリと湯浴み中だからだろう』

「……ああ」

『念のため……、だな。まあ、トルクも女の裸体を見ることに、興味があるわけではないらしい』

「それはそれでどうかと思うが……」


 ツクモは気まずそうに俺から顔を逸らす。


 尤も、ミオだって、本気で心配しているわけではないらしい。


 ただ、今の彼女は冷静ではないのか、かなり感情が激しく入り乱れている。


 俺としては、異性の裸体を見ることに何の意味があるのかよく分からないのだが、人間にとっては羞恥心を刺激されるものだとは知識として知っている。


『見慣れているらしいからな』


 だから、改めて見る必要はないとトルクスタンは言っているし、そう思ってもいるらしい。


 その気になればいくらでも見ることができるものならば、わざわざ危険を冒す必要もないのだ。


 それに関してはユーヤも同様で、自分から好んで見たいものではないと認識しているようだった。


「それはそれでどうかと思うが!!」


 だが、目の前の黒髪の男は違う。


 それを見慣れていないこともあるだろうが、「見ることができるなら見たい」という気持ちを抑え込んでいる。


 だが、相手の羞恥心を刺激する行動に何の意味があるのだろうか?


『人間の趣味は分からんが、そういった方向性に関しては、俺はツクモの方が危険だと思っている』

「奇遇だな。オレもそう思っている」


 そう言って、ツクモは顔を逸らした。


 内心、かなり複雑らしい。


 人間の若い男とはそう言うものだと自分で納得しようとしているみたいだが、ツクモの思考はユーヤやトルクスタンとは随分、違う。


 そもそも見ているだけで満足だと言うのがおかしいと思っているようだ。


 人間の若い男は、異性の裸体を見るだけでは足りないものらしいから。


『それだけの思考を完全に押さえつけていることが不思議だ。ある意味、ユーヤ以上に隠しきっている』

「嬉しくねえな」


 ツクモが自嘲する。


 本当に見事だと思っているのだが、どうしても俺の言葉は上手く伝わらないようだ。


「あ、ありがとう……、リヒト」


 さらに何故か礼を言われた。


『何故、そこで礼?』

「つまり、もっと隠せってことだろ?」

『何故、そんな結論になる?』

「兄貴よりも思考がヤバいってことは、兄貴以上にしっかり外面を貼り付けろってことじゃないのか?」


 別に俺はツクモの思考が良くないとは言っていないのだが……。


 やはり上手く伝わらないようだ。


 ユーヤ以上に、ツクモは十分、自制していると言っているだけなのに……。


『ツクモの思考は、時々、シオリ以上に暴走するな』

「失礼な」


 そう言って、シオリと一緒にするな……という思いが伝わってくる。


『ああ、見えてシオリは論理的だ』


 だが、少し考えて、シオリの言動と、思考を思い起こすと、完全に論理的とは言いにくい部分があることに思い至る。


『その、少しばかり、思考が、他人とは別方向に走り出すだけで……』

「それを暴走って言うんじゃないのか?」


 そうかもしれない。


 だが、はっきりと言いきれないものもある。


『思考の仕方が、ツクモとよく似ている』

「褒められた気がしねえ」


 ツクモがそんなことを言った時に、ふと思いついた。


『愛が暴走しやすい点が特に』


 好きなものを前にした時、シオリの思考は暴走しやすい覚えがあった。


 普段は思慮深い女性なのに、突然、高速思考に変わる。


「愛!?」


 だが、ツクモは驚愕する。


『? ツクモの前ではあまり包み隠していない気がするが……?』

「あ?」

『思う存分、好きな絵を描いているだろう?』

「ああ、そう言う種類のやつか」


 別の種類を考えていたらしい。

 その心にあるのは期待からの落胆だった。


「あの女は人間に対する愛情とかそう言うのを持ち合わせている感じはねえもんな」


 ツクモは、シオリが誰かを強く求める感情(ねつ)を、彼女自身は持っている気がしないと思っている。


 だが、それなら……。


『あるぞ』


 俺ははっきりと否定してやろう。


「あ?」


 ツクモの表情が変化する。


『シオリはツクモを愛している』

「は?」


 さらに、それが分かりやすく驚愕のものへと変わっていく。


『ユーヤのことも、ミオやマオのことも。トルクに対しては苦手意識があるようだな』

「ああ、そう言う……」


 俺の言葉に対して、何故か更に落胆するツクモ。


『勿論、この俺もシオリから愛されている』


 それは胸を張って言える。


 そんな俺に対して、ツクモは何故か恨めしそうな視線を向けた。


 だが、ツクモは分かっていない。

 それがどれだけ凄いことなのか……、ということを。


 ああ見えて、シオリは他人に対してそこまで激しい執着を見せることはない。


 確かに他人に対して心を砕くことは多いが、だからといって、その相手に固執することはほとんどないのだ。


 相手が自分から、離れていくならば、それは仕方ないことだと割り切ることができてしまうところがある。


 実際にあの「ゆめの郷」と呼ばれる場所で、自分を想ってくれた相手で、しかも自分も少なからず想ったような相手であっても、離れることを素直に受け入れた。


 だが、そんなシオリでも、自分の意思で手離したくないと強く思っている人間がいる。


 それでも、その人間は、その「想い(ねつ)」に何故か気付かない。


 互いに強い執着を見せ合っているのに、それが自分の「感情(ねつ)」とは違うものだと思い込んでいる。


 それは仕方のない事情や感情が絡んだ結果でもあるのだけれど、見ていることしかできない立場からすれば腹立たしい限りでもあるのだ。


 自分の想っている相手が、好きでもない相手から触れられることを簡単に許すような人間だと思っているのか?


 本気でそう思っているのならば、いくら何でもシオリを馬鹿にし過ぎだろう。


 シオリは自分に対して、邪な思いを抱く人間にかなりの警戒心を見せる。

 だから、少し前に港町で出会った神官に対して、彼女にしては珍しくそれをあまり隠さなかった。


 そして、そんな理由から、トルクスタンに対しても、少しだけ苦手意識があるようだ。


 あの男は冗談を交えながらも、真面目に、シオリを自分の「妻」にしたいと、今でも考えている部分が伝わるのだろう。


 ツクモやユーヤが彼女の傍にいなければ、本気で自分のモノにすることも考えていたかもしれない。


 それを伝えた時、ユーヤは、カルセオラリアの王族が相手ならば、そこまで悪いものではないと言っていた。


 ただ、その相手がトルクスタンならば、あまり良くはないと内心では思っているようでもあったが。


『人間は難しいな』


 もう何度目か分からない言葉を口にするのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ