何故、統一をしない?
シオリとツクモを背後に、俺が先導する。
これまでと違って、手足が伸びたせいか、少しだけだが、自分の歩みが早くなったような気がする。
だが、この島自体が手入れされていないために、足元に気をつけないと転びそうになる。
それでも、シオリとツクモはこんな場所にも慣れているためか、慎重な足運びではあるが、転ぶ様子はない。
ツクモはシオリを気遣いすぎだと思う。
シオリはそんなに弱い人間ではないことを知っているのに、それでも、構いたくて仕方がないらしい。
兄のユーヤが言うには、「これまで無理に押さえつけていた感情が解放されたばかりでまだ落ち着かないだけだ」とのことだが、元々の性格だろうという心の声も重なって聞こえている。
そして、周囲の人間たちは揃って「気にするだけアホを見るだけだ」と考えている辺り、ツクモの扱いがよく分かるだろう。
だから、振りむかず、俺は奥から聞こえてくる心の声を頼りに、真っすぐ、先ほど通った道を歩く。
ミオとトルクスタンがいる場所へ近付くにつれて、その声が大きくなっていくので、こんな方向感覚が狂いそうな場所でも迷うことはないだろう。
先ほど浜へシオリとツクモのいる場所へ向かう時も、迷わなかったのはそのためだ。
シオリの周囲にいる人間たちは総じて、心の声が大きい。
いや、シオリに関わろうとする人間たちは、善人も悪人も、心の声が強い者が多いのだ。
その中でもやはり、シオリが一番、心の声が大きいのだが……。
今、聞こえているのはミオの声だ。
その傍にいるはずのトルクスタンの声は、ほとんど聞こえない。
混ざるのは激しく悔やむ声。
だが、後悔するぐらいなら、何故、突発的、いや、反射的な行動に出てしまうのだろうか?
本当に人間と言うものは本当によく分からない。
感情が瞬間的に変わっていく。
まるで瞬時に入れ替わっているようだ。
ようやく目的地に着くと、不自然に離れた距離の2人の姿があった。
ミオはチラチラと少し離れた場所で倒れているトルクスタンの様子を窺っていたようだが、こちらの気配に気付いて、顔を上げた。
「ああ、やっぱりさっきの探索魔法は九十九だったか」
「遅くなってすみません」
ツクモが近づきながらそう謝罪を口にすると……ミオは首を振る。
「いいや、九十九は高田を護ることが仕事なのだから、それは当然の行動だ」
そこには、俺も含めて複雑な思いが交ざり合う。
あの時、ミオの行動がなければ、結果はどうなっていただろう?
「ところで、水尾さん。トルク……はなんでそんな状態になっているんですか?」
ツクモがトルクスタンの状態に気付いて、呆れたような声で問いかける。
「出血している時は、心臓よりも上の高さにするんだろ?」
「そうですけど! そんなゴツゴツした石を枕にしなくても他に方法があるでしょう!?」
ツクモが叫ぶのも無理はない。
トルクスタンは、石を枕に微妙な角度で寝かされていた。
枕代わりの石に、ミオが着ていた服の一部が敷かれているのは温情だろうか?
ミオの思考を読んだ限り、俺が背を向けたあの時に、いろいろあったことは分かる。
確か、「男女のいざこざ」と言うのだったか?
「こいつが悪いんだよ。状況も考えずにアホなことするから」
それは同意だが、ミオも同じようなものだと思う。
「アホなこと、ですか?」
ツクモが首を捻った。
こんな状況で行えるような「アホなこと」に心当たりがないらしい。
だが、ミオは言葉に詰まった。
いろいろと思いが駆け巡っていることは分かる。
『膝枕だ』
人間は、異性間で自分の身体に触れることを許す時と、許さない時がある。
同じ行動、相手でも、何故か状況とその時の気分で違うらしい。
心を読めるわけでもないのに、何故、統一しないのだろうか?
「膝枕って、それぐらいで……」
『ツクモは、膝枕をしてくれた相手の足を触るのは、許容か?』
「…………」
俺の言葉を聞いて、一気にツクモの中で様々な思考が流れた。
男として気持ちは分かるが、それはダメだろうという声と、触られたのがシオリだったら報復としては生温いという感情が大半を占めている。
ただ、どちらもこの場で口に出すことはできないようだ。
だから、黙るしかない。
「足、足か~。それはアウトかな」
シオリは完全にダメらしい。
そして、その代償が石の枕だけなら、報復としてはかなり優しい方だろうとも思っているようだ。
「そのままトドメを刺さなかっただけ、マシだろ?」
ミオはどこかホッとしたような声でそう言った。
シオリから同意を得られたからだろう。
「そうですね。冷静な判断だと思います」
『だが、俺が見た時は腕と頬だけで、額から血は出てなかったぞ?』
ミオを庇った時にできた傷は、腕と頬だったはずだ。
額の傷は、確実にミオの仕業と言うことだろう。
「み、水尾さん?」
流石にツクモの額から汗が流れ落ちた。
「いや、いきなり太股を擦られたから、思わず、その石でゴツッと……」
ミオが気まずそうに指差した石は、片手で持てるサイズではあるけど、重量はあるだろう。
そして、そのままトルクスタンが倒れたので、ミオ自身が焦ったこともよく分かった。
「わたしたちはもっと凄惨な現場を目撃するところだった……?」
「笑えん!!」
蒼褪めるシオリの言葉にツクモが叫んだ。
「い、いや、手加減はしたぞ?」
「当たり前です!! けれど、状況を考えてないのは水尾さんも一緒じゃないですか!!」
俺もそう思う。
ミオは癒しの魔法を使えないと聞いている。
もし、俺がツクモたちと合流できなければ、トルクスタンはどうなっていただろうか?
当人に意識があれば、多少、肌が荒れても血止めの薬草を使う選択肢はあるだろうが、この場にあったのは、ミオが知っている種類の薬草ではなかったようだ。
だから、衣服を濡らして傷口に当てることしかできていない。
「九十九も、トルクから、いきなり太股を擦られてみれば、同じ気分になるはずだ」
「冗談でも、そんな気色悪いことを言わないでください!!」
どうやら、ツクモ自身も膝枕中に足を撫でられることは好まないらしい。
だが、そんな2人の会話を聞きながら、不思議な方向に思考している者がいた。
男同士の膝枕から、何故、自分がツクモに膝枕された時の感想になっているのかが不思議で仕方ない。
『シオリ、思考がズレている』
「はうあっ!!」
だが、俺がそう口にすると、シオリは顔を真っ赤にした。
『すまん』
隠したい心の内を読まれて嬉しい人間などいないことは分かっているが、言わずにはいられなかった。
「い、いや、リヒトは悪くない。これはわたしが悪い」
「何を考えていたんだ? お前……」
「殿方の膝枕についての考察?」
方向性は間違ってはいない。
だが、着地点はちょっと違ったはずだが、そこはシオリにとって言えない部分なのだろう。
「それは、その思考を読まされたリヒトの方が被害者だな」
そのツクモの言葉で俺に謝罪の言葉を向けるシオリ。
だが、シオリは何も悪くない。
勝手に、相手の心を読んでしまう俺が悪いのだから。
「そんなことより、水尾さんに確認なんですけど、トルクのこの状態から、水尾さんも、今、魔法が使えない状態ってことで間違いないですか?」
トルクスタンの枕を石から、草に取り替えながら九十九は先ほどから見え隠れしている不安を口にする。
「まさか、九十九も、そうなのか?」
その可能性に思い至っていなかったのか、ミオが目を見開いた。
「ふへ?」
シオリが不思議そうに声を出す。
『ツクモではトルクを癒せないと言うことになるな』
「それって大ピンチじゃないの?」
その言葉でシオリも状況を正しく理解する。
「そうか。まさか、九十九まで魔法を使えない状態とは思わなかった」
『探索魔法の気配はあったからな』
あのツクモから発した「音」が、恐らく、魔法の気配だったのだろう。
「とりあえず、オレたちがいた浜まで行きましょうか」
そんなツクモの提案によって、俺たちはまたあの場所へ戻ることとなった。
―――― またあの海を見ることになるのか。
そう考えると、俺は、陰鬱な気分になるのだった。
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