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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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音で溢れる世界

 ―――― この世界は様々な音で満ちている。


 俺がそのことに気付いたのは、この島に辿り着いた時のこと。


 海獣たちの群れに巻き込まれ、船が傾いた時、俺はすぐ近くにいたシオリに手を伸ばしかけ、その手をミオに取られた。


 そのまま、抱き抱えられ、船外へ飛ぶ。


 船外と言っても、船は大渦に呑まれている最中、残念ながら、決して安全な場所ではなかった。


 その渦に呑まれても、ミオは俺を離さない。

 細い腕がしっかりと俺に絡みついていた。


 だが、近くにあった船の破片がミオに向かっているのが見え、思わず目を閉じた時、衝突音と「トルク!? 」と、叫び声が聞こえた。


 そこに重なったのは、ミオを心配する聞いたこともないような心の叫び。


 それを最後に俺の意識は白くなった。


 ―――― ダイジョウブ?


 ―――― ダイジョウブ?


 ―――― ヤット、見ツケタ


 ―――― 見ツカッタネ


 ―――― サア、知ラセヨウ


 次々に聞こえてくる音のような声。

 そして、全身の至る所に走る激痛。


『ぐっ!?』


 殴られたり蹴られたりするモノとは違う種類の痛みに、思わず声が漏れた。


 痛みに声を上げるなど、随分、久しぶりな気がする。


 だが、それ以上に、自分から出た「音」が、いつもよりも数段、低いことに気付いて、目を開けた。


 最初に視界に入ったのは、いくつもの光。

 そして、微かに聞こえる様々な音。


 ゆっくりと身体を起こすと、ここが、草木に囲まれた人間の手が入っていないような場所だと分かる。


 なんとなく、あの森を思い出した。

 長耳族(シーフ)の集落ではなく、昔、母と過ごしたあの森。


 生えている草木の種類は違うのに、その雰囲気がどこか似ているような気がしたのだ。


「気付いたか」


 聞き覚えのある男の声がした。


 真っすぐで素直な低い声でもなく、よく聞く理知的な低い声でもない、不器用で複雑な思考を羅列する声。


『と、トルク……?』


 未だ纏まらない思考で、なんとか返答をする。


「一応、確認する。リヒト……だよな?」


 その声に「姿が違うけど」と言う別の音が重なる。


『姿……?』


 思わず、聞こえた音に反応した。


「ああ、リヒトだ」


 俺が心の声に反応したことよりも、それをもって確認できたことを男は素直に喜んだ。


 その最中にも、様々な言葉が並び、自分にこの現状をどう伝えれば良いのかを思案したり、状況を把握しようと忙しい。


 だが、その思考の波よりも、俺は男の状態の方が気になった。


『トルク……、顔……』


 人間の中では整ったと称される顔の右頬に、大きな鉤爪のような鋭い傷があった。


「腕も凄いぞ」


 そう言って腕を見せると、着衣ごと切り裂かれた跡がある。

 その腕の傷の程度は緑色のものによってよく分からない。


「血止めの薬草が生えていて良かった。ここ、魔法が使えないみたいだからな」

『顔にはしないのか?』

「血は止まるけど、ちゃんと処理しないと肌荒れを起こす薬草なんだ。腕はともかく顔は避けたい」


 そんな尤もらしい理由の中にも、「ミオが気にする」と言う心の声が重なる。


 だが、その状態を放置している方が、ミオは気にする気がするのは俺だけだろうか?


 この男が気にしている女は、すぐ近くで倒れていた。

 心の声は落ち着いているから、眠っているだけのようだ。


「だから、お前が何を見ていたとしても、何が聞こえたとしても、ミオには何も言わないでくれ。怪我した理由はちょっとカッコ悪いからな」


 そう言うが、やはり、「ミオが気にするといけない」、「口調の割に気にする女だから」と、別の大きな理由が見え隠れする。


『分かっている。ミオを庇って負傷したことは言わない』

「頼む」


 あの時、聞こえた衝突音は、ミオを庇った音だったのだ。


 その傷跡から、彼女を抱え込んだことは分かる。


「ツクモとシオリがいないのが痛いな」


 その言葉の中に「マオはユーヤが付いているはずだから大丈夫」、「治癒魔法も使えないかもしれない」などと様々な言葉が高速で流れていく。


 ユーヤも高速思考だが、このトルクスタンはもっと速く流れている。

 しかも、ユーヤより纏まりがなく、自身の思考の主題がころころと変わる。


 ツクモやシオリは思考がどんどん外れていくタイプだが、トルクスタンの場合は、数秒単位で切り替わっていくタイプだ。


『ここはどこだ?』

「ウォルダンテ大陸に近い島だろう。話に聞いたことがある。流石に来るのは初めてだけどな」


 そう言った中にも、「幸いにして敵性生物はいないが、アレがいるはずだ」「結構厄介な状況だな」「リヒトはやはり『適齢期』を迎えたのか」「どうやって大陸に渡るか?」などの言葉が流れていく。


 それらの中に聞き捨てならない情報があり、それを問い質す前に……。


 ―――― ココハドコダ!?


 瞬間的に、聞き覚えのある低い声が走り抜けた。

 この場にいないはずの男の声。


 そして、それに対して、いろいろ小さな音が跳ね返っていく。


「風属性の魔法の気配……?」


 トルクスタンのそんな言葉が聞こえ……。


「九十九!?」


 倒れていたミオが飛び起きた。


「第一声が男のこととは、ミオも成長したものだな」

「トルク……って、その顔!?」

「ああ、ちょっとひっかけた」


 やはり本当のことを言う気はないらしい。


 人間とはよく分からない。


「そのままにしておくなんて、お前はアホか!? 洗浄は!?」

「そこの水でやった」


 トルクスタンはそんなことを言った。


「なんで、洗浄魔法や水魔法を使わないんだよ? その辺の小川なんて、どんな菌が異常繁殖しているのか分からないだろうが!?」

「菌?」

「病気の元だな。カルセオラリア城下でも、九十九が傷口の洗浄をやってから治癒魔法を使っていただろ? 薬草を当てる前にも」


 ミオの知識は「ニンゲンカイ」と言う場所のものらしい。

 ユーヤにも、ツクモにも、シオリにもある不思議な知識。


 その「ニンゲンカイ」は、この世界と違う場所にあるらしいが、その辺り、俺にはよく分からない。


 ただ、俺が大好きなシオリが、とても大事に想っている場所だと言うことはよく分かっている。


「ああ、泥や埃などを洗い流す以外にもいろいろとあると言っていたな」


 覚えているのに、そんなとぼけたことを言うトルクスタン。


 それがあったから、ちゃんと小川を使って洗っているのだ。

 この小川が、飲用にも適していると知っているから。


「魔法が使えないのだから、仕方がないだろう?」

「あ? これは……?」


 トルクスタンの言葉に一瞬だけ、怪訝な顔を見せたが、すぐにミオは状況を理解したようだ。


 魔法を使おうとしたが、呼びかけに何も応じない。


 人間は器用なものだな。

 心の音が、()()()()()()()()のか。


 だが、これまでそれをはっきりと意識したことはなかった。


「魔法が、使えない?」


 それは魔法国家と呼ばれる国で生まれたミオにとってはかなり衝撃的なことだったらしい。


 分かりやすく困惑する声が伝わってくる。


「ミオ」

「なんだよ?」

「お前の動揺はリヒトに伝わる。立て直せ」

「リヒト?」


 そこで、ようやく俺の存在に気付いたらしい。


「成長、してる……?」

「精霊族の成人、『適齢期』に入ったようだな」

「『適齢期』……」


 2人の思考が同時に流れ込んでくる。

 そこにあるのは、その理由の追求。


 だが、結論は出ない。


 そして、この点に関しては、トルクスタンが持っている知識の方が多いようだ。

 なるほど、少し前のツクモが苦しんだ「発情期」のようなものなのか。


 だが、あの頃のツクモほど、そんな気分の高まりも昂りもない。

 俺は、人間とは精神の構造が違うようだ。


 ミオを見ても何も思わないし、シオリのことを考えても、「近くにいなくて寂しい」とは思うけれど、ツクモが抱いたような感情は湧き起こらない。


 ツクモはシオリが近くにいなくても、かなり渇望していたのに。


「とりあえず、寝ろ」

「大胆だな」

「今は、そんなことを言っている場合じゃないって分かってるよな? 膝を貸すから、頭を高くして少し休め。出血でふらふらじゃねえか」


 考えてみれば、トルクスタンは俺が意識を飛ばしている間も動いていた。


 魔法が使えない状況で、水を使って傷口を洗い流し、さらに薬草まで探して使っている。

 もしかしたら、水場のあるこの場所まで俺たちを運んだかもしれないのだ。


「……膝?」

「膝」


 そう言いながら、水尾は膝を曲げて座り込む。


「それは太股と呼ばれる場所だよな?」

「膝枕で本当に膝を使ったら、ゴツゴツして寝られないだろうが」


 トルクスタンがいろいろ思考している。


 健全な男の思考というやつだろう。


「ああ、リヒト。悪いが……」

『分かった』


 俺に、先ほどの魔法の気配を捜して欲しいらしい。


 同時に、「邪魔者は場を外せ」と言う心の声もしっかり聞こえたが……。


 その直後、背後で小さく殴打音と微かな悲鳴が聞こえた気がしたが、俺は振り向かずに歩いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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