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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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城下を歩こう

「スカートって……、なんか、スースーするよね?」

「オレに同意を求めるなよ。穿()いたことがあるように見えるか?」

「それもそうだ」


 ノリノリでスカートについて熱く語られても確かに困る。


 でも、雄也先輩ならいろんな角度からの検証をしてくれそうな気はした。


「制服とかで慣れてんじゃねえの?」

「これ、制服よりかなり軽いし、ふわふわしてる」


 ……というより、正直重さを感じない。

 少し歩くだけで布地が浮いているような気がする。


 文字通り羽のように軽いというやつだった。


 それでも身に纏っている感触はあるので、裸とも違う。

 でも、足元はスースーしている。

 それが、いろいろと不思議なのだ。


 九十九も、いつの間にかこの国の格好と思われる服装になっていた。


 茶色い長めのベストにボタンがいっぱいあって……、ベルトから下はスカートみたい広がっている。


 その下に穿いている長いズボンは黒めのピッチリしたものだ。


 わたしは見慣れないので少しだけ落ち着かないけれど、本人はそれについてあまり違和感がないようだった。

  

 会話をしながら歩いているうちに、賑やかな通りに出た。


「あれ? 何? バザーか何か?」


 城から歩いてきた時は通らなかった道だ。


「いや、日常。通常営業の店。あの通りは商店街のようなもんだな」

「なんか、呼び込みしてるよ?」


 人間界では考えられない賑やかさだった。


 学校の体育大会にて本部席に使われるテントのような物の下で、様々な品が並べられている辺り、お祭りの屋台に似ていると言えば似てなくもない。


 そして、歩いていてもあちこちから声が飛んでくる。


「今日は新鮮なゴマプリが入ってるよ! 買ってかないかい?」


 新鮮な胡麻プリン?

 できたてホヤホヤってこと?


「そこの彼氏! 彼女にアクセサリーなんてどうだい? 今日は良い魔石があるよ!」

「サンザン、トレイカ、クータレ、ザワント、どれでもお買い得価格だよ~」

「ジャイス、カレウ、コータをセットで買うとカラシエをオマケするぜ!!」


 言葉の意味は半分以上分からない。

 多分、売り物の名前?


 それが野菜なのか果物なのか、肉なのか魚なのかもサッパリ状態。


「え~っと?」

「確かに賑やかだ。日本は大人しい地域が多いもんな」


 強いて言えば大阪ならこんな感じなのかもしれない。


 声を気にせず、九十九はどんどん歩いていくのでそれに従って後をついて行く。

 正直、どちらが連れなのか分からない。


 てっきり、何かを買うのかと思ったけど、そうでもないようだ。


 周囲は賑やかだけど、肩を叩いたり腕を引くなどの強引な客引きはなかった。

 皆、声を掛けるだけ。


 それでも、通る人皆に声を掛けるって大変だと思う。


「これが……魔界……」


 活気に溢れているというか……。

 賑やかというか。


「いや、セントポーリアの城下。兄貴の話ではどこもこんな感じじゃないらしい」

「ここは……、大阪?」

「オバチャンは確かに強いな」


 九十九が苦笑した。


「セントポーリアは女が強いイメージがあるのは確かだな。()()の影響かも知れんが……」

「聖女?」


 何か唐突にファンタジー小説っぽい単語を聞いた気がする。


「オレは良く知らんが、すっげ~昔、魔界の危機を救った女がいたそうだ。それがこの国の王族だったとかで……。だから、この国は今の王妃殿下を筆頭に、女が力を持ちやすいって話なんだとさ」


 九十九の口から出たのは簡潔な言葉。

 そこに重々しさも何もなかった。


 本来ならすっごい伝説の人なのかもしれないけど、興味のない人間の口から語られると、あっさりした軽い扱いとなってしまう。


「雄也先輩から聞けば、ファンタジー好きの心をくすぐられるような壮大な話になったんだろうな」

「悪かったな、兄貴みたいに無駄に重苦しい話に出来なくて」

「良いよ、別に……。わたしには昔のことより、今の勉強をしなくちゃいけないみたいだし。ほら、10年前の特価より今の物価が大事でしょ?」


 なんとなく先ほどの通りを見たせいか、そんな言葉が出てきた。


「そりゃ、同感だ」


 そう言って九十九も笑う。


 そんな話をしているうちに、十字路に出た。

 先ほどの賑やかさからも大分離れている。


「こっちを右に行くと、聖堂……、人間界で言う教会みたいなところに続いている」


 九十九が指差す方向には、ちょっと大きめの細長い建物が伸びている。


 でも、人間界の教会のように、てっぺんや壁に十字架みたいなアクセントは見えないようだ。


「で、左に行くと書物館……、図書館だな」

「ほう、図書館……」


 活字好きの血が騒いだ。


 だが……、まだ文字が読めぬ。


 聖堂と呼ばれた建物と違って、平べったい建物が広がっている。

 随分対照的だと思った。


「で、真っ直ぐ行くと森」

「見りゃ分かるよ」


 わたしたちが立っているところから数メートルと離れていない場所に、薄暗い森がしっかり見えている。


「通称『城下の森』。これを抜けると城に辿り着く。ここから入ると兄貴に案内されてきたとことは別のルートの道を通ることになる」

「お城……、見えないけど?」

「崖の上にあるからな。ここからより、離れた方が見えやすい」

「ふ~ん」


 近過ぎて見えない距離……、というのとはちょっと違うか。


「けど、絶対、一人でこの森には来るなよ」

「迷うんでしょ? 雄也先輩がそんなこと言ってた」


 なんでも、方向感覚を狂わせるような特殊な磁場みたいなものが発生しているらしく、方位磁石のようなものも役に立たないらしい。


 まるでどこぞの樹海のようだ。


「分かっているなら良いんだよ。お前のことだ。知らずにうっかり迷い込んで、そのままってことにもなりかねないからな」

「自分の方向音痴っぷりは十分理解しているよ」


 ましてや、ここは今まで住んでいたとことは違うのだ。


 普通に考えなくても、一人でふらふらと迷い込むなんて……ただの自殺志願者としか思えない。


「やっぱりでっかい建物はそう簡単に形を変えてないな。……いや、先ほどの城下もほとんど変化がなかったか。通りにいる人間が違うくらいか?」


 どうやら、10年前と比べてもそこまで大きく変わっていないようだ。


「九十九は……懐かしい?」

「懐かしい……? まあ、それなりに……、久しぶりな感覚はあるな」

「わたしはやっぱり何も感じないや」

「そうか……」

「昔、来たことがあるんだろうけど、全然そんな実感がない。すごいね、封印効果って。単なるもの忘れとは全然違うみたいだ」


 全てに関する記憶……、感覚的なところまでなくしちゃっている。


「いや? お前は城下までは来たことがなかったはずだが……」

「はい?」


 唐突な九十九の言葉に目が丸くなったのが分かる。


「基本、お前は城から出たことがなかったと思う。城から出る意味もないしな。まあ、あまり人目に触れることができる立場でもなかったというのもあるだろうけど……」

「そ、それじゃ……、何のためにここに……?」

「気分転換だろ?」


 確かにそう言った。


 九十九はそんなことを言って連れ出してくれたのだった。

 でも、九十九だけ感慨深そうにしているから、つい、わたしも錯覚してしまったのだ。


「お前の数少ない外出先といえば……、ああ、目の前だな」

「は?」


 そう言って、九十九は先ほどの薄暗い森を見る。


「城下の森の一部だ。城の直下にあたる場所。そこにこっそりと抜け出して……。まだ時間あるし、行ってみるか?」

「え? うん……。でも大丈夫なの?」


 さっき迷うとか九十九自身が言ってなかったっけ?


「城下の森はオレたち兄弟にとっては庭みたいなもんだったんだよ。実際、昨日歩いてもほとんど変わり映えしていなかったしな」


 そう言えば、雄也先輩も迷いなく歩いていた。


「自然のままなんだね……」

「下手に手を加えると大変だからな、魔界の植物」

「も、もしかして、襲い掛かったりするの?」


 ファンタジーにはそんな魔物もいる。特にゲームには多いね。


「そういうのもあるらしい。まあ、取り扱いに気をつけるものなんてほんの一部なんだけどな」

「うかうかお花を摘むことも草をむしり取ることもできないんだね」

「慣れるまでは相談しろ。幸い、オレは兄貴にその手の知識を叩き込まれている」


 そう言えば、植物に詳しいとか何とか数日前に聞いた気がする。


「だから、あまりオレから離れるなよ。結構、草も深いから見失うと面倒だぞ」

「分かった。案内をよろしく……」


 そういうわけで、九十九の背中を見失わないように付いて行くことにした。


 確かにこの森は歩くのが大変だった。


 でも、九十九はスタスタと前に進んでいく。

 あまり後ろを振り向かない辺り、九十九も早くその場所へ行きたいみたいだ。


 昔のわたしがよく行ったという場所に……。


「ええい、邪魔だな、この草……」


 思わず毟りたくなる。


 でも、我慢して掻き分ける程度にしておこう。

 いきなり巨大化して追いかけられても困るし。


 ファンタジーの世界ってそんなところがあるよね。


「お~い、付いてきてるか?」

「も、もっとゆっくり……、頼みます」


 慣れない道はそれでなくても大変なのだ。


 ましてや足の速さも長さも違う男女。


 もっと気を遣ってくれたっていいとは思うけど、そんな紳士なところを雄也先輩ならともかく、九十九に求めても仕方ないだろう。


「体力ないな」

「悪かったね」


 これでもソフトボール部に入っていたのだ。

 一般的な女子よりは体力があると思う。


 いや、確かに、部活動を引退してからは走りこみも筋トレもほとんどしていなかったことは否定しないけどさ。


 だけど、この道は……、道じゃない! 山にある獣道って気がする。

 人間の通る道じゃないんじゃないか?


「こんなところ……人が通れるの?」


 城下から城に向かう人達ってかなり大変なんじゃないかな?

 それでも、魔界人だからこれぐらいへっちゃらなの?


「あまり通らないんじゃねえのか? 兄貴が通った道が商人たちも利用する通常ルートだと思うが」


 そういえばあの時通った道はもっと歩きやすかった気がする。


「……って、もっと楽な道があるの!?」

「人に会うと面倒だろ。だから、少しばかり歩きにくくても我慢しとけよ」


 一応、理由はあるらしい。

 仕方なく我慢するしかないのか。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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