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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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「愛」は難しい

 ――――視線を感じる。


 海獣たちの群れに巻き込まれた後、栞を抱えたままこの浜に移動した時、最初に思ったのは、そんなことだった。


 その視線に敵意は感じなかった。


 どちらかと言えばそれは好奇の種類。


 そして、その視線に魔法を使っている気配はなかったので、恐らくはどこからかオレたちは観察されていたのだろう。


 だが、見られているのが分かっている状態は、酷く落ち着かなかった。

 それでも、栞に余計な不安を覚えさせたくもなかった。


 だから、気付いていないふりをしていつもと変わらぬように行動をしていた。

 視線を送ってくる相手にも、警戒させないように。


 コンテナハウスを出した時など、その好奇の視線が強まったことだけはよく分かった。


 これは勘のようなものだ。

 感覚的な話だから、それが本当にあっているのかは分からない。


 それでも、そんな気がしたのだから、仕方ないだろう。


 近寄ってくる気配はないため、人間とは別の種族……、魔獣や精霊の類ではないかと推測した。


 だが、その視線は、長耳族の青年が現れた時にさらに変化する。


 好奇だけの視線に、何故か別の色が混ざった気がした。


 身近にいる長耳族の青年は、一見、その特徴的な長い耳を幻覚魔法で隠している。

 だから、遠目で判断することはできないはずだ。


 実際に、ヤツの正体に関して、これまで人間の眼で見破ったヤツは、これまでに出会った王族を含めていなかった。


 半分、人間の血が混ざっていることもあるかもしれない。


 それでも、近付かずに、褐色肌の青年を普通の人間ではないと判断できるなら、同種の生命体である可能性が高い。


 そのために長耳族……、精霊族と同じような種族だろうなとオレは当たりを付ける。


 そうなると、この中央の結界内に集落がある……と考えるべきだろう。


 この島にある結界は大きく、そして、魔法国家の王女である水尾さんでもその種類が分からないという。


 結界の判別に強いトルクスタン王子は、ここにある結界についてもなんとなく分かっているようだが、確信が持てないらしい。


 だから、まあ、口にできない事情みたいなものがあるのだろう。

 ああ見えても王族だからな。


 だが、この島は恐らくウォルダンテ大陸に近い。

 スカルウォーク大陸の王族であるトルクスタン王子が何を知っているのだろうか?


『ツクモは俺に確認しないのだな』


 目の前にいる長耳族の青年はそんなことを言った。


 この男は人間の心を読むことができる。

 いや、違うな。

 心を読むんじゃなくて、相手の心の声が勝手に流れ込んでくるんだった。


 だから、先ほどからのオレの思考も読んでいるのだろう。


「それはなんか違うだろ?」


 誰だって自分の心の声なんか読まれたいものではない。


 それも隠したいものがあれば尚更だ。


『ユーヤは迷わずに確認するからな』

「その方が判断の誤りが減るかもな」


 なんとなく崩れ落ちるカルセオラリア城を思い出す。


 あの時、誰かの心の声を知っていたら、状況は変わっていてかもしれない、と。


『そんなことはない。ユーヤは知っていても、食い止めることはできなかった』


 あれは複数の人間たちの思いが複雑に絡み合った結果だと、後から知った。

 それに、主人である栞が巻き込まれただけだ。


「でも、良いんだ。お前だって、好きで心の声を聞いているわけじゃない。それに、話した方が良いことはちゃんと口にしてくれている。オレはそれだけで良いんだ」


 複数の人間たちが心の中に隠している複雑な思いなど、その全てを考えていたらパンクしてしまうだろう。


 オレにできることなんて多くはないのだ。


「ところで……、トルク、は、なんで、水尾さんからいきなり『昏倒魔法』を使われたんだ?」


 夕食を食べた後のことだった。


 オレが片づけをしている時に、いきなり水尾さんがトルクスタン王子に向かって、「昏倒魔法」を使ったのだ。


 その理由ぐらいは聞いても良いだろう。


『今、ミオはシオリと()()()()だからだろう』

「……ああ」


 よく考えれば、トルクスタン王子が野宿用のコンテナハウスを使うのは初めてだ。


 スカルウォーク大陸内なら、彼は移動魔法を使えてしまう。だから、これまで必要がなかった。


 だが、膝枕をされただけで足を触りたくなるような危険人物に何の対応もなく、放置することはできなかったのだろう。


『念のため……、だな。まあ、トルクも女の裸体を見ることに、興味があるわけではないらしい』

「それはそれでどうかと思うが……」


 その点に関して、オレ自身は、興味がなくはない。

 まともに実物を見たのは、栞ぐらいだ。


 それも、全部ではなかった。

 上半身のみである。


 その部分は少しだけ悔やまれるが、万一、全部見ていたら、正常でも思考(りせい)を吹っ飛ばす自信は今もある。


『トルクは見慣れているらしいからな』

「それはそれでどうかと思うが!!」


 そこで羨ましいと思ってはいけない。


 何より、トルクスタン王子の好みは慎ましやかな女性だと聞いている。

 栞すら育ちすぎというぐらいだ。


 だから、羨ましくはないのだ!!


『人間の趣味は分からんが、そういった方向性に関しては、俺はツクモの方が危険だと思っている』

「奇遇だな。オレもそう思っている」


 心を読める相手に対して、この部分を取り繕っても仕方ない。


 人間の若い男とはそう言うものだと諦めていただくしかないのだ。


 だから、そこで首を捻るな。

 自分の思考がおかしい気がしてくるじゃねえか。


『それだけの思考を完全に押さえつけていることが不思議だ。ある意味、ユーヤ以上に隠しきっている』

「嬉しくねえな」


 本当に自分がおかしい気がしてくる。


 しかも、兄貴以上だと?

 そこまで言われてしまうと、いろいろ、オレがヤバい気がしてくる。


「あ、ありがとう、リヒト」


 思わず礼を言ってしまった。


 自分では気づけない部分だ。

 そんなことに気付かせてくれて。


『何故、そこで礼?』


 心が読める長耳族の青年は何故か不思議そうな顔をする。


「つまり、もっと隠せってことだろ?」

『何故、そんな結論になる?』

「兄貴よりも思考がヤバいってことは、兄貴以上にしっかり外面を貼り付けろってことじゃないのか?」


 そうだとすれば、兄貴以上の努力がいる。


 もっと、しっかりと、水尾さんたちにも「だだ漏れ」と言われないように。


『ツクモの思考は、時々、シオリ以上に暴走するな』

「失礼な」


 あの女の暴走と一緒にするな。


 そして、あの女を越えるなんてあり得ねえ。


『ああ、見えてシオリは論理的だ。その、少しばかり、思考が、他人とは別方向に走り出すだけで……』

「それを暴走って言うんじゃないのか?」


 やはり、栞の思考は別方向へ向かいやすいらしい。


 栞にかなり好意を持っているはずのリヒトでも、上手く庇いきれていないのがその証拠だろう。


 だから、時々、突拍子にしか見えない行動に出るのだ。


『思考の仕方が、ツクモとよく似ている』

「褒められた気がしねえ」

『愛が暴走しやすい点が特に』

「愛!?」


 あの女にそんなものがあったのか!?


 いつ?

 いや、誰に対して!?


『? ツクモの前ではあまり包み隠していない気がするが……?』

「あ?」

『思う存分、好きな絵を描いているだろう?』

「ああ、そう言う種類のやつか」


 確かに彼女が絵を描くのは、そこに愛があるからだ。


 悲しくはない。

 分かっていた。


 だから、悲しくはないのだ。


「あの女は人間に対する愛情とかそう言うのを持ち合わせている感じはねえもんな」


 誰かを強く求める感情(ねつ)を、彼女自身は持っている気がしない。


 オレは、彼女(シオリ)に出会って持つことができた感情(ねつ)なのに。


『あるぞ』


 そんな思考(こころ)を読める長耳族の青年は、さらりとオレの言葉に反論する。


「あ?」


『シオリはツクモを愛している』


「は?」


 思考が、停止するかと思った。


 だが、間違いなく混乱した。


 今、こいつ……、なんと?


 え? 心が読めるんだよな?

 長耳族って……。


 それって、つまり……?


『ユーヤのことも、ミオやマオのことも。トルクに対しては苦手意識があるようだな』

「ああ、そう言う……」


 分かってた。

 分かってたのに!!


 その論でいくなら、彼女が気を許している人間は、全て彼女に愛されているってことになるのだろう。


 分かってた。

 分かってたぞ、オレは!!


『勿論、この俺もシオリから愛されている』


 そう言った長耳族の青年は誇らしげに微笑んでいるのだが、どこか、こう、モヤッとする感情が胸に残る。


 ……「愛」って難しいんだな。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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