何故、かっこつける?
「そろそろ日が暮れそうだな」
トルクスタン王子が水平線を見ながらポツリと呟いた。
この場所に来てから、定期的に水尾先輩と九十九が、それぞれ別の探索魔法を使っていると言うのに、雄也さんと真央先輩はまだ見つかる様子がない。
「流されたか?」
冗談ともつかないような声色で、トルクスタン王子はさらにそう言った。
目の前にあるのは、日が沈む色を見せている広大なる魔界の海。
どれくらいの広さなのかは、はっきりと分からないけれど、地球の海と変わらないように見える。
仮に、沖へ向かって流されたとしたら、奇跡でもない限り、二度と巡り会える気はしない程度に。
「兄貴が付いていたのでしょう? それならば、少なくとも、真央さんは無事だと思いますよ」
九十九は夕食の支度を整えながら、そう言った。
トルクスタン王子の話では、乗っていた船が渦に呑まれるあの時、雄也さんが真央先輩の腕を掴む姿を見たらしい。
だからこそ、トルクスタン王子は迷いもなく水尾先輩の方に向かう選択をした。
雄也さんが助けると判断したなら、真央先輩は大丈夫だと信じて。
そして、水尾先輩を庇って怪我をすることとなる。
だが、その行動をわたしたちは一部始終を見ていたリヒトから聞いて知っていたのだけど、そのことについては、何故か水尾先輩には内緒にしていたいらしい。
なんでも、「カッコ悪いから」だそうだ。
本当ならわたしたちにも知られたくなかったこととも言っていた。
でも、わたしなら、自分を庇った怪我ならちゃんと伝えて欲しいと思う。
隠されて、後から知らされる方が嫌だ。
なんとなく、九十九を見る。
先ほどから彼は魔法を使いっぱなしだった。
彼の魔法は応用が利くらしい、
そして、こんな状況でも疲れを見せようとはしない。
彼も、ある意味、トルクスタン王子と似たようなものだと思う。
殿方と言うのはかっこ付けなければ生きていけない生き物なのだろうか?
でも、同じ立場なら、わたしもやはり隠してしまう気もする。
トルクスタン王子のように格好を付けたいとかではなく、精神的に余計な負担を掛けたくもないという意味にはなるのだが……。
でも、本当に格好を付けたいのなら、最後まで頑張って欲しかった。
怪我を心配して、膝枕までしてくれた相手に対して、いくら魅惑的とはいえ、その太股を撫で回してしまったら、いろいろ台無しの感は拭えない。
寧ろ、かなりかっこ悪い。
水尾先輩が、トルクスタン王子から助けられたことを知ったとしても、帳消しになった上にマイナスになる気がした。
うん、セクハラは良くない。
「普通に考えれば、この先の結界内だろう。また変なのに絡まれていなければ良いのだけど」
そう言って、水尾先輩は先ほど自分たちがいた方向を指差した。
九十九と水尾先輩の探索魔法の結果、ここはそこまで大きくはない島であることは分かっている。
魔法が使えるのは、恐らく、わたしたちが辿り着いたこの浜だけ。
中央に向かうほど、この奥にあると思われる結界に阻まれて、感知能力も探索魔法も効果が無くなる。
この辺り、わたしは本当に役に立てない。
目に見えないものを捜せる気がしないのだ。
因みにトルクスタン王子はでは、結界の感知とその種類の特定は得意だが、探索魔法はそこまで得意ではないらしい。
わたしと違って、「探索魔法」自体はできるけど、その範囲は水尾先輩や九十九と比べて広くはないそうな。
尤も、水尾先輩の探索魔法の範囲は当然ながら、九十九が探索できる範囲も、一般に比べて相当なものだと言うから、トルクスタン王子が悪いわけではないのだろう。
単にこの2人が規格外なだけだ。
水尾先輩は魔法国家の王女だし、九十九は、そういった能力を磨いてきたのだから。
『シオリ』
ふと呼びかけられて、顔を上げると、わたしより背が高くなったリヒトがいた。
やはり、いきなり成長してしまった彼のその姿は見慣れなくて、何度見ても、不思議な感じがしてしまう。
その姿も、その声も間違いなく、リヒトのままなのに、全然、別の人を見ているような気がするのだ。
そして、伸びた身長は素直に羨ましい。
もうわたしは、望み薄なのだ……。
『シオリは、シオリにしかできないことがある。だから、同じことをできる必要など全くない』
わたしの心の声が聞こえていたようで、リヒトはそんなことを言ってくれた。
そのことは素直に嬉しい。
確かに魔法国家の王女と比べること自体がおかしな話だし、人間界に行ってからもずっと自分の技術を磨き続けていた九十九の横に並び立とうとすることだって、普通に考えれば烏滸がましいと言わざるをえない考え方だ。
何よりわたしはまだ魔法をまともに使えるようになって日が浅い。
それならば、ないものをねだるよりも、今あるものを大事にしよう。
わたしは拳を握り締めた。
でも、わたしにしかできないことってなんだろうね?
「メシだぞ」
「あ、うん」
九十九から声を掛けられて、そちらを向くと、既に水尾先輩はお行儀よく座り、トルクスタン王子は興味深そうに九十九の料理をあちこちの角度から見ていた。
「ごめんなさい」
わたしは素直に待たせていたことを謝って、リヒトとともにそこに座る。
今回の料理は、保存食でないようだ。
水尾先輩とわたしは、手を合わせて「いただきます」と言う。
トルクスタン王子は何も言わずに既に食べ始めていた。
カルセオラリアでは、食前の祈りも挨拶も、何もないらしい。
だけど、王子という立場にありながら、毒見もなく食べ始める彼は、九十九を信用しすぎだとも思う。
いや、九十九がトルクスタン王子に何かを盛るとは全然、思ってもいないのだけど。
「ツクモ……。今回の料理には何が入っているんだ?」
トルクスタン王子は毎回、九十九が料理を作った時にそんな質問をする。
九十九はかなりの確率で薬草を入れるので、それが気になるらしい。
わたしには青椒肉絲に見えるけど……ちょっと違うんだろうな。
この世界にピーマンなどないはずだし。この細切りの野菜は何だろう?
「『緑の苦味』と『赤の辛味』が入っています。それらを茹でた上で、『直進する魔獣』を刻んだものを混ぜました」
茹で……?
炒め物ですらなかったらしい。
そして、単語のほとんどが分からない。
「ん? だが、この『ウォトナン』も『レペップ』は、かなりの苦味と辛味の強い香辛料だったと記憶しているが……?」
トルクスタン王子がそう言って、赤と緑の野菜をスプーンで掬う。
えっと、その赤と緑のピーマンのような野菜のことかな?
どちらかと言えば、唐辛子……「ししとう」と考えるべき?
確か同じ種類の野菜だったはずだ。
「半刻ほど熱湯で茹でると辛さがなくなります。茹で時間が長いと催涙性の気体が発生するので注意が必要ですが……」
催涙……、ピーマンのような見た目で、生玉ねぎを切った時のような特性を持つとは、相変わらずこの世界の食材は摩訶不思議である。
「『シャクブレイラ』はどこで倒したのだ? アレは、スカルウォーク大陸の魔獣だったと記憶しているが……」
倒……?
「いや、これは、オレが倒したのではなく、食材として『港町』で見かけたので、購入してみました」
この肉は魔獣らしい。
良かった。
魔蟲などの虫っぽい生き物ではなくて……。
ふと横を見る。
長耳族のリヒトが食べているモノは、この肉が入っていないもののようだ。
彼は肉が入っているものが苦手なため、九十九はちゃんと分けてくれている。
それも凄いよね。
「今回の料理の効果は?」
トルクスタン王子が尋ねる。これも毎回のことだ。
「恐らくは、疲労回復と魔法力回復効果が高いと思われます」
「水尾は分かるか?」
「美味いことだけはよく分かる」
そう言って水尾先輩は満足そうに笑う。
今持っているお皿は、5皿目だった。
その皿も、既に残り三分の一ほどである。
その量と速さに、トルクスタン王子も少し、呆れ気味だった。
「冗談だよ。魔法力の回復効果は、今回、私は魔法をあまり使ってないからはっきりと分からないな。疲労回復効果は、もともと九十九の料理によく入っているものだから、いつもと同じ気がする」
水尾先輩はそう言いながら、6皿目に突入する。
……6皿目?
いつもよりも多い。
確かにこの青椒肉絲によく似た料理は、どこか懐かしくて、美味しいけど……。
『俺には回復効果とかはよく分からないが、ミオがいつもより食べていることは分かる』
リヒトがポツリと言った。
どうも、気のせいではないらしい。
『それと、音がかなり放出されている』
さらにそう続けると……。
「それは、ちょっと見逃せ」
水尾先輩はリヒトから視線を逸らしながら、そう言った。
何か、心当たりがあるらしい。
『いや、そっちの、心の声の方ではない』
「違うのか?」
水尾先輩は不思議そうな顔をした。
『俺には、ミオの全身から、音が、いや、お前たちで言う「体内魔気」というものが、いつもよりも大量に放出されているような気がするのだ』
わたしたちとは違う感覚の持ち主である長耳族の青年は、そんなことを口にしたのだった。
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