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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 狭間の島編 ~

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「勇者」の称号を与えたい

「あ~、酷い目にあった」


 そんな茶髪の男の言葉に……。


「自業自得だ!!」


 黒髪の女性が叫んだ。


 できれば、誰がいるとも分からないような場所であまり騒ぎを起こして欲しくはないのだが、ある意味、仕方がないだろう。


「人が膝枕してやれば、いきなり足を撫でまわしやがって……」

「撫でまわす?」


 黒髪の女性……、水尾さんの言葉に、一瞬、茶色い髪を揺らしながら首を捻ったトルクスタン王子。


「ああ、少しぐらいは触ったかもしれんが、気力回復ぐらいさせろよ」

「ふざけんな!!」


 どこか呑気な幼馴染の言葉に水尾さんはさらに怒りを募らせる。


「太股を触るって、気力回復になるの?」

「オレに聞くなよ」


 そんなことを聞かれても答えられるはずがない。


 気持ちは分かると言えば、変態でしかないし、だからと言って、分からないと答えるのは気持ちを偽る行為となる。


『男限定のようだな。トルクの声を聞く限り、生きる希望が湧くらしい』

「お前もわざわざ心を読んでまで答えてやるなよ」


 オレとしては助かるが、なんとなく何も知らない精霊族を穢しているような気がして、申し訳ないと思ってしまう。


 適齢期に入ったとはいっても、リヒトは何十年も長い時間、こういったことは何も知らないに等しい状態だったのだ。


『人間はいろいろ難しいな』

「相手が嫌がることをしないというのは、人間に限らず、信頼構築のための最低限の決まりだと思うよ」


 栞がそんなことを言う。


 それは、当然の話だと言うのに、少し、自分の胸が痛むのは何故だろう?


『なるほど。つまり、相手が嫌がらなければ問題ないのか?』


 リヒトが顔を上げる。


 相手の行いに対して怒っているからと言って、それが「嫌だ」という意思表示ではないことはたまにある。


「そうなるね」

『それなら……』

「リヒト」


 今、余計なことを言おうとしただろう?

 そう思ったから、つい口を挟む。


 全てを話すのが良いわけではないのだ。

 それが、誰にとって「余計なこと」だったのかは、オレにも分からないのだけど。


『……理解した』


 何かを察してくれたらしい。


『人間とはいろいろ難しいものだな』


 先ほどと同じような言葉をリヒトはもう一度、口にする。


 難しい……?

 ある意味、単純だと思っている。


 自分にとって、嫌なことが相手にとって本当に嫌なことかは分からないが、結局、自分を基準として推し量ることしかできないのだ。


 全てを得ようとしなければ良いのだ。

 誰にとっても、都合が良い世界など、あり得ないのだから。


「綺麗な足が見えたら思わず触りたくなるのは普通の感性だろ?」

「それはお前だけの感覚だ。このド変態!!」


 確かに水尾さんの足のラインは綺麗だとはオレも思っているが、それを当人に向かって口にする勇気などない。


 ある意味、トルクスタン王子は「勇者」と呼ばれる種類の人間なのかもしれない。

 まあ、「勇気」と「無謀」は紙一重という気もするが……。


「なあ、ツクモ? お前もそう思うだろ?」

「こちらにそんな話題を振らないでください」


 こちらに振られるのは本気で困る。


 しかも栞の前だ。


 惚れている女という以前に、異性の主人の前でそんな露骨な話題はできない。


「お前だって、シオリに膝枕されたら触るよな?」

「触りませんよ」


 触りたくても必死に、断腸の思いで我慢することだろう。


 その後に起こる地獄絵図を想像したら、思考を放棄させ、一時の快楽や欲望に身を委ねてしまうことは最悪の行いでしかない。


 それは、もう、本当に、この身をもって知った事実だ。


「ほら、見ろ。お前だけだ。この変態」


 水尾さんはトルクスタン王子に対して容赦なく言葉を叩き込んでいく。


「ミオ、膝を貸せ」


 この流れで、さらに業を深めようと言うのか?

 本当に「勇者」だな。


「お前の顎にめり込ませれば良いんだな?」


 だからと言って、その返しもどうかと思います、水尾さん。


「違う。ツクモに膝枕しろ」

「「あ?」」


 水尾さんとオレの声が重なった。


 いきなり何、言ってんだ? この王子殿下。


「口ではなんとでも言える。ミオの足の誘惑に抗えたら俺の非を認めてやろう」

「なんでそうなるんですか?」


 頼むから、そんな痴話喧嘩にオレを巻き込まないで欲しい。


「口ではなんとでも言えるからだ。このままでは、俺が『ド変態』の烙印を押されたままとなってしまう」


 オレとしては、「勇者」の称号を与えたいぐらいだ。


 男の露骨な欲望を素直に口にしているだけで、トルクスタン王子の言葉自体は「変態」とはあまり思わない。


 まあ、幼馴染の気安さとかもあるのだろうけど。

 それでも、栞の前で言うのは()めていただきたいとも思う。


 男に対しての苦手意識が広がる気が、いや、オレにとっては好都合……、なのか?


「どこに出しても恥ずかしい立派な変態じゃないか」


 水尾さんの言葉に、栞が微かに少し頷きかけたのが見えた。


 女性からすれば、「変態」。

 野郎からすれば、「勇者」。


 確かに、人間は難しいかもしれない。


「お前は自分の足の魅力を分かってないからそう言えるんだ。アレに男が抗えると思うなよ?」


 そこまでの魅力的な足と言うのも凄いな。


 トルクスタン王子は、調査という名目で、スカルウォーク大陸にある「ゆめの郷(いろざと)」に通い慣れていた人間だ。


 そんな人間が抗いがたいほどの魅力って、ある意味、相当なものだろう。


「なんで、高田じゃなくて私なんだよ?」


 さらに被害を広げないで欲しい。


「足だけならお前の方が、魅惑的だからだ」


 いろいろ複雑な気持ちになる。


 大体、水尾さんの方が、足「だけ」ってことはないだろう。


 水尾さんが魔法国家の王女としてだけではなく、異性としても、十分、魅力があることは三年ほどの付き合いで、オレも知っている。


 まあ、栞が少しばかり女性的な部分が欠けていると言うのもあるのだが。


 大量の「ゲトゲト(黒光りする虫)」を召喚した時に、悲鳴を上げる水尾さんと、冷静に液体洗剤で封じ込めた上、さらにその塊を容赦なくオレにぶつけようとした栞。


 男目線で可愛げがあるように見えるのは水尾さんの方だと思う。


 それなのに、オレ、なんであの女が好きなのだろう? と疑問が湧かなくもないが、感情というモノは、理屈ではないのだ。


「お前という男は……」


 額を押さえながら、水尾さんが震えている。


 分かりやすく嫌な予感がした。


 水尾さんは、感情の制御ができなくはないが、魔力を暴走させるぐらいなら、迷いもなく、自分の言動を暴走させる方を選ぶ人だ。


 王族として、その判断は間違っていない。


 間違っていないのだが……。


「九十九! 頭を貸せ!!」


 勢いよく座りながら、水尾さんはオレを名指しした。


「なんで、オレが巻き込まれるんですかね?」


 思わず、首を振る。


「九十九が巻き込まれ体質だからじゃないかな?」

「お前に言われたくはねえ」


 栞の言葉に思わず力なく反論した。


 自分が巻き込まれ体質だと分かっていても、それ以上に巻き込まれる女にだけは本当に言われたくない。


 行く先々でトラブルに巻き込まれるなんて、どんな才能だ?


「それで、どうするの?」


 栞は事も無げにオレに問いかける。


「どうするって……」

「水尾先輩は九十九の頭をご所望のようですよ?」

「嬉しくねえな」


 栞は、その結果について何も思わないらしい。


 まあ、当然だ。

 オレはただの護衛だから。


「高田、護衛の(つら)を借りるぞ」

「どうぞ」


 だから、水尾さんの言葉に迷いもなく返答する。


「お前も躊躇なく、オレを売るな!!」

「いや、これらをとっとと終わらせて、真央先輩や雄也さんを捜しに行きたいんだよ」


 そんなどこかめんどくさそうな言葉にも、確かな感情が籠っている。


 栞は、兄貴たちの気配が分からなくて、心配しているのだ。

 オレが先ほど広げた、探索魔法に兄貴たちの気配はかからなかった。


 だが、水尾さんたちの気配もかからなかったのだ。

 それでも、水尾さんたちはオレが魔法を使ったことを知っていた。


 だから、オレたちが無事なことは向こうにも伝わっていると思う。


 だが、すぐにこちらに来なかったと言うことは、兄貴も真央さんも身動きできない状態にはあるのだろう。


「兄貴たちなら大丈夫だ」

「それは分かっているけど……」


 姿が見えないのが不安なのだろう。

 視線が所在なさげに動いている。


「分かってるよ。姿が見えないと安心できないもんな」

「ふえ?」


 オレだってそうだ。


 目の前にいる黒髪の主人は気配が分かっていても、この目で状態を確かめなければ、心穏やかではいられない。


 こうして頭を撫でられる距離でなければ安心できないなんて、既にただの護衛の感情ではないよな。


 だが、それを分かっていても、この気持ちだけは、もうどうにもならない。


 そんなことを考えているオレの側で、長耳族の男がどこか呆れたように溜息を吐くのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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