抗えるはずがない
わたしたちが最初にいた浜に戻ると、やはり、九十九も水尾先輩も魔法が使えるようになったらしい。
結界の範囲外ってことなのだろうか?
但し、いつものようにではなく、水尾先輩が言うには、やや、体内魔気の巡りが悪くなっているように感じるそうだ。
九十九は納得していたけど、その辺りの感覚はわたしには分からなかった。
「あ~、酷い目にあった」
「自業自得だ!!」
九十九の治癒魔法によって、身体の傷は癒され、意識を取り戻したトルクスタン王子のどこか呑気な言葉に対して、水尾先輩が叫んだ。
それも無理はない。
「人が膝枕してやれば、いきなり足を撫でまわしやがって……」
どうやら、少し触れたぐらいではなかったらしい。
それは怒っても仕方ない。
でも、石で殴りつけてしまうのは流石にやりすぎだとも思う。
「撫でまわす? ああ、少しぐらいは触ったかもしれんが、気力回復ぐらいさせろよ」
「ふざけんな!!」
悪びれもなくそんなことを言うトルクスタン王子に対して、水尾先輩はさらに叫ぶ。
どうやら、トルクスタン王子に反省の色はないらしい。
「太股を触るって、気力回復になるの?」
魔界人の性質?
「オレに聞くなよ」
でも、この場合、九十九以外に確認できないのだから仕方ない。
『男限定のようだな。トルクの声を聞く限り、生きる希望が湧くらしい』
「お前もわざわざ心を読んでまで答えてやるなよ」
九十九が脱力しながらそう言った。
でも、生きる希望とまで言われたら、一概に責めることもできないような気もする。
こんな状況だからこそ、気力を回復したいのは分かるし。
けれど、相手の了承をとるべきではないだろうか?
合意のない接触は、ただの痴漢行為と変わらない。
『人間はいろいろ難しいな』
「相手が嫌がることをしないというのは、人間に限らず、信頼構築のための最低限の決まりだと思うよ」
『なるほど。つまり、相手が嫌がらなければ問題ないのか?』
「そうなるね」
相手の合意があって、しかも本当に嫌がっていないのなら、トルクスタン王子の行動は親愛を深めるスキンシップということになるだろう。
『それなら……』
「リヒト」
リヒトが何かを言いかけた時、九十九が彼の名を呼んだ。
暫く、リヒトは考え込み……。
『理解した』
何かを納得したらしい。
多分、九十九が何かを心の中で言ったのだろう。
『人間とはいろいろ難しいものだな』
先ほどと同じような言葉をリヒトはもう一度、口にする。
彼の場合、人間の心まで読めてしまうために、もっと難しく感じてしまう部分はあるかもしれない。
人間は本音と建前がある。
口にすること全てが本当のことでもないのだ。
だけど、自分の思考する全てが本心かと言えば……、それもちょっと違う気がする。
思考と心は似て非なるものなのだ。
なるほど……。
確かに難しい。
「綺麗な足が見えたら思わず触りたくなるのは普通の感性だろ?」
「それはお前だけの感覚だ。このド変態!!」
確かに水尾先輩と真央先輩の足のラインは綺麗だとは女のわたしでも思うけど……、その発想はどうかと思う。
なんとなく、セクハラ親父くさい。
「綺麗」と褒めれば何をしても良いわけではないのだ。
「なあ、ツクモ? お前もそう思うだろ?」
「こちらにそんな話題を振らないでください」
「お前だって、シオリに膝枕されたら触るよな?」
何故にわたし?
「触りませんよ」
九十九は心底、嫌そうな顔をしながらそう答える。
確かに膝枕はしたことあるけど、そのついでに足を触られたことはないね。
だけど、そんな顔をしなくても良くない?
「ほら、見ろ。お前だけだ。この変態」
水尾先輩が勝ち誇ったような顔を見せる。
「ミオ、膝を貸せ」
「お前の顎にめり込ませれば良いんだな?」
凄い返答が聞こえたのは気のせいか?
「違う。ツクモに膝枕しろ」
「「あ?」」
トルクスタン王子のよく分からない申し出に、九十九と水尾先輩が同時に怪訝な顔をした。
「口ではなんとでも言える。ミオの足の誘惑に抗えたら俺の非を認めてやろう」
「なんでそうなるんですか?」
九十九は頭を押さえる。
「口ではなんとでも言えるからだ。このままでは、俺が『ド変態』の烙印を押されたままとなってしまう」
「どこに出しても恥ずかしい立派な変態じゃないか」
何気に酷い水尾先輩の言葉。
だが、少し頷きたくなってしまう。
先ほどからのトルクスタン王子の発言は、ちょっと一国の王子殿下のお言葉としては、品性を疑うレベルのモノではないだろうか?
「お前は自分の足の魅力を分かってないからそう言えるんだ。アレに男が抗えると思うなよ?」
なんだろう?
この嬉しくはない褒められ方。
流石に、水尾先輩も少し、引き気味のようだ。
「なんで、高田じゃなくて私なんだよ?」
「足だけならお前の方が、魅惑的だからだ」
まあ、確かに。
水尾先輩の方がすらりと伸びて、見事な脚線美だと思う。
惜しむらくは、日頃から今のように隠されているところだろうか。
基本的に、水尾先輩も真央先輩も、そしてわたしも、長ズボン派なのだ。
必要に駆られない限りはスカートの着用をしない。
わたしはストレリチアにいた時は、神子装束でスカートを何度か着ているが、ストレリチアは生足を隠す文化。
大神官である恭哉兄ちゃんのススメもあって、ちゃんとその下にタイツ、レギンス等の着用はしていた。
「お前という男は……」
トルクスタン王子のあんまりな言いように、額を押さえながら水尾先輩が震えている。
ああ、なんとなく嫌な予感がする。
そして、人間の勘と言うのは、悪いものほど何故かよく当たってしまうのだ。
「九十九! 頭を貸せ!!」
どかっと座りながら、水尾先輩は九十九を呼んだ。
「なんで、オレが巻き込まれるんですかね?」
そんな水尾先輩の言葉で何かを察したらしい九十九は、肩を落としながらも頭を振る。
この場合の「頭を貸せ」は、巷でよく使われる「知恵を貸せ」という意味ではなく、物理的な話だとわたしも思う。
水尾先輩は「売り言葉に買い言葉」なところがある。
先日19歳になったと言うのに、まだその部分は収まらないらしい。
「九十九が巻き込まれ体質だからじゃないかな?」
「お前に言われたくはねえ」
わたしの言葉に、恨めしそうな視線を向ける九十九。
でも、彼も十分、巻き込まれた異質だと思うのですよ?
「それで……、どうするの?」
「どうするって……」
「水尾先輩は九十九の頭をご所望のようですよ?」
「嬉しくねえな」
九十九が苦笑する。
そうかな?
綺麗な足と綺麗な顔を持つ女性の膝枕だよ?
「高田、護衛の面を借りるぞ」
水尾先輩がわたしにそんなことを言うので……。
「どうぞ」
迷いもなく返答する。
「お前も躊躇なく、オレを売るな!!」
「いや、これらをとっとと終わらせて、真央先輩や雄也さんを捜しに行きたいんだよ」
水尾先輩やトルクスタン王子はこの場所に姿のない2人の無事を信じているのか、どこか緊迫感がない。
だけど、わたしは胸の奥にザワリとしたものがあるのだ。
今は大丈夫でも、遅くなると取り返しがつかなくなる。
そんなどこか不吉、いや、不安な予感があった。
「兄貴たちなら大丈夫だ」
「それは分かっているけど……」
姿が見えないと言うのが不安を煽る要因になっている気がする。
「分かってるよ。姿が見えないと安心できないもんな」
「ふえ?」
何故か頭を撫でられた。
これは、子供扱いされてる?
「話がついたら、とっとと来い!!」
「はいはい、お手柔らかにお願いします」
九十九はわたしに背を向けて、水尾先輩の方に向かった。
彼としては、人前で異性から膝枕をされることに抵抗はないらしい。
「良し! 来い!!」
何故か両膝を叩く水尾先輩。
「なんとも色気のない誘い方だな……」
水尾先輩の言葉にトルクスタン王子が呆れたように呟いた。
確かにある種、男らしいと思う。
でも……。
「色気のある誘い……とは?」
わたしがトルクスタン王子に尋ねると、何故か、トルクスタン王子は上を向いて、片手で自分の目を覆う。
「あ~、これをミオがすると違和感しかないだろうな」
『まずその装いをミオがするとは思えん』
トルクスタン王子の想像が伝わったのか、リヒトが顔を顰めながらも、そんなことを言った。
いや、それってどんな装いですかね?
そんな風に意識を散らしていた時だった。
「うわっ!?」
九十九が驚きの声を上げた。
「「へ?」」
わたしとトルクスタン王子の声が重なり、その方向を向くと……。
「いきなり何をするんですか!?」
「悪い! つい……」
何故か、顔を真っ赤にしている九十九と、手を合わせて謝罪する水尾先輩の姿がある。
「えっと?」
ほんの少し、わたしが二人から目を逸らしている間に、何があった?
『膝枕と言うのは罪深いものなのだな……』
長耳族の青年は、どこか遠い目をしながらそんなことを言うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました




