許容できない行動
リヒトの案内で、わたしたちがいた砂浜から、少し草木の生い茂った場所を歩く。
この辺りの草や木の葉は少し、松の葉のように尖っているものが多く、注意しなければ、刺さりそうな感じだった。
10分ほど歩いた頃、木々が途切れ、少しだけ開けた所に出た。
その、近くにはチョロチョロと小川と言えなくはないような水が流れている。
そして、そこには一組の男女の姿があった。
いや、正しくは、茶色の髪の男性の方は寝ていて、黒髪の女性はその近くで座っていたのだけど……。
「ああ、やっぱりさっきの探索魔法は九十九だったか」
わたしたちの気配に気付いて、黒髪の女性、水尾先輩が顔を上げる。
「遅くなってすみません」
九十九がそう言うと、水尾先輩は首を振る。
「いいや、九十九は高田を護ることが仕事なのだから、それは当然の行動だ」
それはそうかもしれないけれど、九十九自身は、簡単に割り切ることができないのだろう。
わたしが、自分の身を自分で護れないから九十九が余計にいろいろ悩んでしまうのだ。
そう考えると、わたしは本当にどこまで足手纏いなのだろうか?
「ところで、水尾さん。トルク……は、なんでそんな状態になっているんですか?」
九十九が近くで目を閉じている男性に顔を向ける。
わたしも同じようにそちらを見て……、思わず、彼がそう言いたくなってしまった気持ちも分かる気がした。
「出血している時は、心臓よりも上の高さにするんだろ?」
水尾先輩はけろりとそう言った。
そのトルクスタン王子の身体は、その場に直接、寝かされていた。
枕代わりの物には布が敷かれており、そこに頭を載せる形となっている。
その頬と額には布が当てられ、それらはいずれも少し紅く染まっていた。
顔に当てられているそれらの布も、枕カバーのような役目をしている布も……、多分、水尾先輩の衣服の一部だろう。
彼女の服の袖が肩口から千切られていたから。
「そうですけど! そんなゴツゴツした石を枕にしなくても他に方法があるでしょう!?」
九十九は思わず叫ぶ。
トルクスタン王子は、平たいとは言いにくいような石を枕替わりにして、そこに頭を載せられていたのだ。
心なしか、その顔色は悪い。
一応、布が敷かれてはいるのだけど、あれでは寝にくいと思う。
確かに、出血している顔を心臓より高い位置に置くためとは言え、扱いとしては酷いのではないだろうか。
「こいつが悪いんだよ。状況も考えずにアホなことするから」
水尾先輩は不機嫌さを隠さずにそう言い放った。
「アホなこと……、ですか?」
九十九が首を捻る。
なんだろう?
こんな状態でトルクスタン王子は、何をやらかした?
水尾先輩が座っている位置も、やや微妙だ。
互いが見える位置ではあるけれど、少し、離れている。
『膝枕だ』
どこか言いにくそうにしていた水尾先輩の代わりに、リヒトが答える。
膝枕……?
わたしは、九十九相手ならできるし、実際、やったこともある。
雄也さんやリヒトに対してでも多分、大丈夫。
でも、なんとなく、トルクスタン王子相手にはちょっと難しい気はした。
「膝枕って、それぐらいで……」
でも、それぐらいって簡単に九十九は言うけど、結構、恥ずかしいし、ある程度気を許していない相手には難しいと思う。
でも、水尾先輩ってトルクスタン王子の幼馴染だよね?
それでも、抵抗があるってことだろうか?
『ツクモは、膝枕をしてくれた相手の足を触るのは、許容か?』
「…………」
さらに続いたリヒトの言葉に、九十九が閉口した。
「足、足か~。それはアウトかな」
思わずそう呟いてしまった。
膝枕をして、その結果、自分の足に触られる。
触る位置にもよるけど、それはちょっと嫌かな。
当たった時は仕方ない。
それは事故だ。
でも、明確な意思を持って触れるのは、やっぱりダメだと思う。
せめて何か言って欲しいかな。
「そのままトドメを刺さなかっただけ、マシだろ?」
「そうですね。冷静な判断だと思います」
そんなことをされたら、わたしも報復措置をしてしまうかもしれない。
『だが、俺が見た時は腕と頬だけで、額から血は出てなかったぞ?』
「み、水尾さん?」
「いや、いきなり太股を擦られたから、思わず、その石でゴツッと……」
水尾先輩が気まずそうに目を逸らす。
指差された石は片手で持てるサイズではあるけど、それなりに大きかった。
そう言えば、「トドメは刺さなかった」とは言ったが、一度も攻撃をしなかったとは言っていなかった気がする。
つまり……。
「わたしたちは、もっと凄惨な現場を目撃するところだった……?」
その場にあった石で殴ったってことだよね?
「笑えん!!」
九十九が叫んだ。
「い、いや、手加減はしたぞ?」
「当たり前です!! けれど、状況を考えてないのは水尾さんも一緒じゃないですか!!」
「九十九も、トルクから、いきなり太股を擦られてみれば、同じ気分になるはずだ」
「冗談でも、そんな気色悪いことを言わないでください!!」
九十九がトルクスタン王子に膝枕……。
好きな人は好きな絵面……、になるのかなぁ?
でも、膝枕ってなんとなく女性が男性にするものってイメージがあるんだよね。
あれ?
でも、わたし、九十九から膝枕をしてもらったことがある。
あれは固かったけれど、確かに気持ちが良かった。
うん。
殿方からの膝枕もありかもしれない。
『シオリ、思考がズレている』
「はうあっ!!」
リヒトが気まずそう言うから、思わず叫んでしまった。
た、確かに、自分の心を読まれるって恥ずかしい……かも。
『すまん』
「い、いや、リヒトは悪くない。これはわたしが悪い」
「何を考えていたんだ? お前……」
「殿方の膝枕についての考察?」
方向性は間違ってはいない。
「それは、その思考を読まされたリヒトの方が被害者だな」
九十九が完全に呆れた目をしている。
うん。
自分でもそう思うよ。
ごめんね、リヒト。
「そんなことより、水尾さんに確認なんですけど……」
トルクスタン王子の枕を、石から草に替えながら九十九は水尾先輩に声を掛ける。
ん?
何故、草?
「トルクのこの状態から、水尾さんも、今、魔法が使えない状態ってことで間違いないですか?」
「……まさか、九十九も、そうなのか?」
水尾先輩が目を見開く。
「ふへ?」
あ、あれ?
つまり……。
『ツクモではトルクを癒せないと言うことになるな』
「それって大ピンチじゃないの?」
確かに、先ほどから違和感しかなかったのだ。
トルクスタン王子の状況も……、なのだけど、水尾先輩が魔法で攻撃をせずに、物理攻撃って実はかなり珍しい。
それに布を作るために、衣服を破っているのも変だ。
そして、だから、九十九は草で枕を作っていたのか。
「そうか。まさか、九十九まで魔法を使えない状態とは思わなかった」
『探索魔法の気配はあったからな』
そうだ……。
九十九はここに辿り着いた後、探索魔法を使ったり、コンテナハウスの召喚もしている。
だけど、なんで、いきなり使えなくなったのだろうか?
「とりあえず、オレたちがいた浜まで行きましょうか」
「浜? そんな場所があるのか?」
「オレたちはそこに流れ着いたようなものだったので……。その様子だと、水尾さんたちは、ここに直接移動したってことですか?」
「ああ、あの瞬間、リヒトを抱えて、後ろからトルクにしがみ付かれていたから、そのまま、安全な場所を願って移動魔法を使ったら、ここに移動した。多分、その時にトルクも怪我をしたんだと思う」
リヒトの話と少し違う気がするのは気のせいか?
トルクスタン王子って水尾先輩を庇って、怪我をしたんじゃなかったっけ?
「高田も、使えないのか? あの魔法」
水尾先輩から確認される。
「わたしは使えるみたいなのですが……」
そう言って、片手を出して願う。
『光れ』
試しに、そう呟くと、わたしの手のひらから小さな明かりが出てきた。
「高田は……、使える?」
水尾先輩は食い入るようにわたしが出した照明魔法を見る。
「でも、栞に治癒魔法は使わせない方が良いかもしれません」
「なんでだ?」
「水尾さん、栞の治癒魔法を思い出してください」
「高田の治癒……? ああ」
九十九の言葉で水尾先輩は少し考え、空を仰いだ。
「これだけ木々に囲まれた場所では、最悪、トドメになる可能性があります」
「そうだな。いくらトルクが頑丈でも、限度がある」
な、なんか、わたしの目の前で、割と酷い会話をされている気がするのは気のせいでしょうか?
『懸念は当然だ。今は無理して危険を背負う必要はない』
「り、リヒトまで……」
確かにわたしの治癒魔法って、人を高く舞い上げる。
それも、風属性魔法にかなり耐性が強い九十九すら吹っ飛ばしちゃうけど!
『それ以外のイメージを思い描けないのだろう?』
「う、うん」
一度、根付いたイメージなんて、簡単に塗り替えることはできない。
分かっている。
今のわたしの治癒魔法では、癒すだけでは終われない。
『焦らなくて良い』
「ふへ?」
『たった三年で、魔法国家の王女を驚かせる域まで魔法を使えるようになったのだ。シオリはまだこれからもっと伸びる』
褐色肌の青年はそう言って微笑む。
でも、なんだろう?
そう言ってくれるリヒトも、わたしたちと連れだってほんの一年ほどで、あっという間に成長している。
しかも、わたしよりも低かった身長は見上げるほどになった。
いろいろと複雑な気分である。
「この男は放置で良いか?」
「駄目ですよ」
水尾先輩は余程、怒り心頭なのだろう。
でも、九十九は困ったようにそう言って、トルクスタン王子を背負ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました




