音と光
「どうして成長したかは分からない……か」
オレは、目の前にいる褐色肌の青年に向かってそう言った。
『トルクスタンは、「適齢期」に入ったんだろうと言っていた』
トルクスタン王子も一緒だったらしい。
そして、この様子から、無事なのだろう。
その「適齢期」……、兄貴の話では、精霊族の成人期間だと聞いている。
つまり、目の前にいる褐色肌の長耳族は、いつの間にか、大人になったということらしい。
知識として知ってはいたが、ほんの数時間離れている間に、栞よりも身長が低かった少年が、一気に、オレより少し低いぐらいになったという事実に驚きを隠せない。
身長は多分、人間界の感覚で172センチぐらい。
水尾さんたちよりやや高いが、兄貴よりは少しだけ低いと思う。
体型は「未成熟期」と同じように細身のままであるため、体重は多分、おれよりも軽いだろう。
背だけではなく、髪もかなり伸びているせいか、その肌の色は違うが、長耳族の長に雰囲気が似ている。
尤も、あの迷いの森の長耳族は、皆、似たような顔をしていたが……。
「トルク……、他の皆は?」
『他の連れはミオだけだ。マオとユーヤがいない。トルクスタンは捜しに行きたいようだが、今は動けない』
そう言って、褐色肌の青年は目を伏せた。
兄貴はともかく、真央さんがいないところは気になる。
だが、それ以上に……。
「動けない?」
その部分が一番、気になった。
トルクスタン王子は、あの双子の王女たちに対して、やや気にかけすぎな部分がある。
オレは仕方ない。
栞の護衛だ。
だが、トルクスタン王子にとって、あの王女たちは幼馴染ではあっても、護衛ではないのだ。
まあ、一応、庇護者……、のようなものではあるのか?
『ミオを庇って怪我をしたんだ。死ぬほどではないらしいが……』
「つまり、水尾さんも動けない……か」
水尾さんは、口は悪いが、人は良い。
だから、自分を庇って怪我をしたような人間を放って置いて、あちこち歩けるような人ではない。
『それも、俺のせいだ。ミオは俺を抱えていた。その時に、船の破片が……』
「状況は分かった」
そんなことを言い出したら、オレは船が大渦に飲み込まれる時、近くにいたリヒトと水尾さんより、少し離れた栞に向かって手を伸ばしているんだ。
何も言えるはずがない。
「栞、聞こえてたな」
オレは、近くで隠れている栞に向かって、声を投げかける。
「う、うん!」
「移動するぞ。治癒魔法を使えるのは、オレとお前しかいない」
「分かった」
そう言って、栞が立ち上がって、姿を見せるが、その手の甲に糸のような紅い傷があった。
先ほど、移動魔法を使った時に、草木でひっかいたらしい。
よく見ると、この辺りは針葉ばかりだった。
オレの飛ばした先が少し悪かったようだ。
「大丈夫か?」
「うん」
そう言って、治癒魔法を使おうとするが、フッと効果が消えた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「い、いや……、これは……」
何度か試すが、何故か、治癒魔法が効果を発揮する前に消えてしまうのだ。
集中できないわけでも、魔法が使えないわけでもない。
ただ、その効果が途中でなくなってしまうのだ。
まるで、見えない何かに阻まれているかのように……。
「ふむ……」
栞がふと考える。
『光れ』
一言だけ呟くと、栞の両手の平に小さな明かりが浮かぶ。
「九十九は、明かり魔法は使える?」
「照明魔法」
栞に促されるまま、詠唱をした。
だが、全く光らない。
いつもは浮かび上がる照明……、光球が現れないのだ。
しかも、今度は、魔法が発動する気配すらなかった。
「因みに、それは古代魔法? 現代魔法?」
「現代魔法だな」
栞から確認されて、無詠唱で「照明魔法」を使うと、今度は魔法の発動気配はあったけれど、形にならなかった。
そうなると、この付近に、何らかの作用が働いているということだろう。
現代魔法と古代魔法でその状態が変化しているのがその証だ。
オレが魔法を使えなくなっているわけではなかったことに、少しだけ安堵する。
だが……。
「何故だ?」
栞は変わらず魔法が使えるのだ。
対して、オレの魔法は発動前に消えてしまう。
その違いが分からない。
これは、単純に栞とオレの魔力の差か?
それとも、栞の魔法はやはり、オレたちとは違う理論の魔法なのか?
『違う』
「「は?」」
低い声が、オレの心の声を否定するかのようなタイミングで聞こえた。
『シオリの魔法も、ツクモの「古代魔法」も自身の「体内魔気」を利用して、「大気魔気」への呼びかけているという点に差はない』
「「へ?」」
先ほどから、栞と声が重なっている。
だが、その原因となる言葉を口にしている男は、それを気にするでもなく、さらに言葉を続けていく。
『「現代魔法」の方は呼びかけ方が違うのだな。「古代魔法」は全身からの呼びかけで、「現代魔法」は、手だけなのか』
「ちょっと待て?」
なんだ、それは?
そんなのは聞いたことがねえぞ?
『なるほど、一般的な知識ではないのか』
それはどこか、兄貴のような、いや、情報国家の国王陛下のような言葉だった。
「リヒトは、『大気魔気』が視えるようになったの?」
栞は首を傾げる。
言われてみれば、リヒトはこれまで「大気魔気」、「体内魔気」の流れは視えなかったはずだ。
『「大気魔気」が、視えると言うか……。恐らく、お前たちとは違った形で視えていると思う。だが、上手く言えない』
「いつから?」
穏やかな声ではあるけれど、言葉に被せるように問いかける。
『この場所に……辿り着いてから……だな。気が付けば、身体がこのようになり、視える景色が変わった気がする』
「わたしの魔力の封印が解放された時みたいな感じ……、かな?」
『ああ、それと似ているかもしれないな』
それはオレには分からない感覚だ。
生まれた時から、体内魔気、大気魔気は存在しているものであって、自分の周囲からなくなった経験がない。
人間界に行ったが、調整はしていたけれど、自分の体内魔気は感じられたし、薄かったが、地球にも大気魔気はあったのだ。
自分の周囲から全く、魔気を感じない世界から、感じる世界へ切り替わった時の感覚など、生涯、分かるはずはないのだろう。
「リヒト、大気魔気がオレたちとは違った形で視えるってことだけど、どんな風に視えるんだ?」
『声……、いや……、音?』
リヒトは迷いながらも口にした。
「「音?」」
オレと栞の声が重なる。
『この場所だからか、それ以外の理由があるのか分からないが、小さな……、聞き取りにくいモノが何か聞こえるのだ』
「聞き取りにくいモノ?」
「視えているわけじゃねえのか?」
リヒトの言葉に、オレと栞はそれぞれ反応を返す。
『お前たちのようにしっかり何かが視えているのではないのだと思う。それぞれの光……があって、そこから音が聞こえるようだ』
オレたち魔界人の、体内魔気は、ある程度、形作られて視える。
その魔力が強ければ強いほど明確に。
だが、意識しない限り、そこまでくっきりとは視えない。
真央さんが、青い炎。
水尾さんは紅い炎。
栞は薄い黄緑の竜巻で、トルクスタン王子は青紫色の光に包まれている。
体内魔気に関しては、中心国出身でも、大陸属性とはあまり関係のない色をその身に纏っているのだ。
兄貴は黄金色に近い空気の流れ、そして、オレ自身は、茶色……いや、兄貴が言うには駱駝色……らしい。
鏡で視ても光の加減で変化しているのかよく分からんが、自分の腕とかを見た限りでは、そんな薄い茶色に視えている。
どうせなら、もっと綺麗で分かりやすい色が良かった。
駱駝色ってなんだよ?
『恐らくはお前たちが体内魔気として視えている色も少しだけ違っているのだと思う』
オレの考えを読んだのか、リヒトはそんなことを口にする。
『だけど、最大の違いは、お前たちが纏っているその光から、音のような声が聞こえているのだ』
さらにそんな言葉を続けたのだった。
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