変身しよう
「う~ん」
改めて見てもどこか違和感は拭えない。
今、鏡に映っているのはどう見たってわたしではなかった。
亜麻色とやらの色で、ふわふわとウェーブがかったゆるやかで背中まである長い髪。
少し横に広がっているため、一つで結んでもうまくまとまらないので、とりあえずは三つ編みにしてみた。
それでいて、この瞳。
薄紫のようなピンクのような微妙な色合いだった。
あの時に見た深い色合いの紫水晶とは少し違うね。
昔見た、クンツァイトって宝石っぽい色?
まあ、異物感はないから、目に入れているレンズについてはあまり気にならないのが幸いである。
そして、肌によく分からない液体をくまなく塗るといつも以上に白くなった。
なんという美白効果だ。
人間界にあればかなり売れそうな化粧だと思う。
そして、唇は少し紅めにしてみた。
元が薄ピンクなので、真逆の方が良いだろうと周囲が言うからやってみたら……。
うん、見事に紅い。
なんか企んでいそうな感じ。
確かに、顔は自分だ。
でも、塗り絵で色を間違えると別人になってしまうように、目立った部分の色が違うと、とても同じ人間だとは思えない。
違和感が激しすぎて眩暈がしてしまうぐらいだ。
「何を唸っているんだ?」
わたしに声をかけるのは、いつもどおりの黒髪、黒い瞳の何も変わらない九十九の姿。
今、心底、彼が羨ましい。
「いや、別人だと思って……」
女は化粧で誤魔化すことができるとは聞いていたが、ここまで来ると詐欺だろう。
訴えられてもおかしくないレベルである。
「同じだと困るだろ?」
「そりゃ、そうなんだけど……」
この気持ちが伝わらないもどかしさ。
自分が自分ではなくなる感覚なんて、そう何度も味わいたいとは思えない。
そして、問題はこの見た目だけではなかった。
やたら軽くて広がるスカートも気になって仕方がない。
なんか、服を着ていないみたいで酷く落ち着かないのだ。
なんとなく、くるりとその場で回転してみる。
すると、まるでバレリーナの衣装のように、ふわりと裾が大きく広がり、近くにいた九十九が慌てて止めることとなった。
いや、まさか、こんなに広がるとは思わなかったのです。
本当にわざとじゃないのですよ?
「この阿呆。慎みを覚えろ!」
「いや、まさか、こんなに軽いとは……」
裾を軽く摘んでみるが、そこまで軽いとは思わない。
それなのに動くと、羽のように軽く感じるのだ。
「まあ、確かに広がるもんだな。どんな仕組みなんだ?」
そう言って、九十九も、軽く摘まむ。
いや、わたしも人のことは言えないけれど、彼のこの行動はどうなのだろう?
傍目にはスカート捲りではないだろうか。
「なんで、そこにも他の服があるのに、わたしが着ているのを摘まむの?」
「おお、悪い」
そんなわたしたち2人のやりとりを見て、今やピンクの髪の毛となった母がくすりと笑う。
また、変なことを考えているのだろう。
「何? 母さん」
わたしはじろりと母を睨む。
「ごめんなさい。やりとりが微笑ましくて、つい……」
謝りながらも、笑うことは止められないらしい。
「そうね。珍しいスカートは思わず摘みあげたくなるわよね」
母は変な所でうん、うん、と納得をしている。
それだけ聞くと、変な人としか思えない。
「九十九……。母に変態さん扱いされてるよ」
「いや、そんな気は全然なかったのだが」
九十九が困ったようにそう言った。
確かに、九十九はそんな下心アリアリには見えない。
だから、わたしも慌てなかったのだしね。
「それにしても、もう少しぐらいは動揺しなさい、我が娘」
「そんなこと言われても困るよ、母。それに、慌てるほど捲られてないから」
「あらあら? そんな反応じゃ、男の子は喜ばないわよ」
「いや、何、言ってんの? 母上」
こんな形で喜ばせてどうするの?
それに少しぐらいわたしの足首や膝、ふくらはぎを見せたところで九十九が喜ぶとは思えない。
鼻で笑われなかっただけマシだろう。
「わたしの膝なんか見たって嬉しくないでしょ?」
「いや、それをオレに聞くなよ」
いや、九十九に聞かなきゃ、誰に聞けと?
仮に、雄也先輩だったら、「嬉しいよ」と微笑まれそうで、……それはそれで反応に困る。
「男の子は大変ねえ。あんなお子さまな娘で本当に申し訳ないわ」
母が頬に手を当てて首を傾げた。
今のわたしがお子さまに見えるのは、人間界での母の教育の賜物というやつではないだろうか?
「それでも、暫くはその姿で生活しなきゃならないんだし、多少の違和感は我慢なさい」
「言われなくても、分かってるよ」
容姿に関しては仕方がない。
今までとは違う姿で生活しろと言われて、すぐに馴染める人間ばかりではないだろう。
そして、スカートに対するこの感覚は、これまで制服くらいしか着ていなかった弊害だと思う。
人間界でのわたしは、基本的にパンツルックだった。
その方が、周囲に気を使わなくていいし、なにより動きやすかったのだ。
でも、これからはそ~ゆ~わけにはいかない。
これぐらい、慣れなきゃ生活できないのだ。
「試しに少し、外でもぶらついてみるか? もしかしたら、気にならなくなるかもしれねえぞ?」
九十九が表へ出るように促す。
もう、魔界に来たのだ。
前ほど出かけるのにもビクビクする必要もない。
「う~ん」
それでも、視界に入るのは自分の肌じゃない色。
いつもと違う亜麻色の三つ編み。
それを摘んでは下ろす。
確かに重みはあるけれど……、なんか違う。
髪の毛が腰まであった時はこんな風に三つ編みをしても、もっと重量があった気がする。
その時よりは短いせいかな?
「そこで唸っていても仕方ないだろ? 外でも行って気分を変えてみろよ」
九十九にしては珍しく妙に強引にすすめてくる。
言葉の端々から伝わる「外に行きたい! 」という気持ちはよく分かった。
「単に九十九が出たいだけじゃないの?」
「……かもしれないな。10年以上も来ていなかった城下がどれだけ変わっているか見てみたいってのは確かにあるよ」
思ったより素直に認めてくれた。
まあ、隠す気もなかったのだろうけど。
「小さい子でも出入りできるものなの?」
そんな小さい子がうろついていても違和感がないのって逆に不思議に思える。
人間界でも初めてのお使いぐらいだろう。
「魔界はいろんな人間がいるからな。4,5歳ぐらいのガキが買い物をしても誰も気にするもんじゃねえよ」
「そ、そんなもんなのか……」
その年代の幼児が自由行動を許されるなんて、ある意味、日本よりずっと平和で、安全な世界なのではないだろうか。
言われてみたら、車とか危険な乗り物も、バイクも自転車のようなものなく、皆、歩いていた気がする。
異世界の基本、馬車も見当たらなかったような?
「で? 行くのか? 行かないのか?」
九十九はわたしの護衛だ。
だから、わたしが行く気にならないと、自由に行くことができないのだろう。
まあ、わたしもこの家に向かった時は、置いていかれまいと雄也先輩の背中しか見ていなかった。
ファンタジーの世界に興味がないわけではないのだけれど、なんかどこかで現実味が湧かないのも事実だ。
今も、まだ長い夢を見ているような気さえする。
自分の姿すら違和感があるままで、このまま生活しても大丈夫なのだろうか?
そう考えると、自分が生活していく場所をしっかりとこの目で見て、現実を認識する必要はあるかもしれない。
結局のところ、以前の生活に戻ることなんてできないのだ。
このしっくりこない気持ちをいつまでも後生大事に抱えていても仕方がないよね?
「……九十九が行きたいなら、少し、行ってみる?」
「いや、お前が行きたくないなら意味がねえんだが?」
九十九が肩を落とす。
どうやら、わたしがちゃんと「行きたい」と口にしなければならないようだ。
護衛って大変だね。
「母さん、ちょっとだけ出掛けてきても良い?」
先ほどから黙って見守っていた母も、含み笑いしながら、許可してくれる。
その表情から、また変なことを考えてるのだなと察した。
ま、好きにしてください。
想像、妄想は人間に許された自由だもんね。
自分の娘をその対象にするのはどうかと思わなくもないけれど。
そんなわけで、城下……とやらに九十九と2人で出かけることにしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




