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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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「聖女」の護衛が楽器を弾くために

「これは凄い」


 栞は思わず、感心したようにそう呟いた。


 いや、この状況を見て、その言い方はどうなのか?


「人間界の物よりも頑丈な材質でできているのですが……」


 大神官が破片を拾い集めながらそう言う。

 一つ一つ欠片を見ている辺り、何かに気付いているのかもしれない。


「これで満足か?」


 手に残った部分を栞に渡す。


 これで彼女が諦めてくれると楽なんだが……。


「九十九がリコーダーを吹くと、体内魔気の流れが一気に変わるんだね」


 栞がそのリコーダーを見ながら、ふとそんなことを言った。


「変わってるのか」


 やはり、体内魔気の操作が未熟ってことなのか?


 だが、操作した覚えすらないのをどうやって押さえ込めば良い?


「恭哉兄ちゃん、わたしにもリコーダーを一つ、もらえる?」

「はい、どうぞ。九十九さんも」

「ありがとうございます」


 大神官から二本目のリコーダーを手渡される。


 人間界と違って、この世界では数少ない楽器。


 それも、大神官が所持している物だ。

 それをうっかり壊してしまった。


 若宮の怒った顔がなんとなく思い浮かんで、身震いする。


「えへへ」


 栞は大事そうにリコーダーを握って笑っていた。


「嬉しそうだな」

「嬉しい。まさか、この世界でリコーダーを吹けるなんて思ってなかったから」


 時々、栞は人間界でやっていたことをこの世界で再現できると本当に嬉しそうな顔をする。


 それは、あの世界との微かな繋がりを消したくないと言うことだろう。


 そして、そんな姿を見るたびに、オレは複雑な気持ちになるのだ。


 あの時、栞をこの世界へ連れてくることを選択したのは、彼女にとって本当によかったのだろうか? と。


 その桜色の唇が軽くリコーダーに触れる。

 それだけで、胸がかなり落ち着かない気分になるのは何故だろうか?


 リコーダーの穴を押さえるために下を見る伏し目がちな表情と相まって、妙な色気を感じてしまう。


 そして、そのどこかいつもと違う雰囲気の栞は、いつもと同じように、見事なまでに安定した雰囲気ブレイカーだった。


「いや、なんで、チャルメラなんだよ」

「基本かなと思って」


 確かに小学生男子の基本だよ。

 リコーダーで吹くヤツが、クラスの中に、一人ぐらいはいるからな。


 そして、同時にラーメンが食いたくなる曲だ。

 今度、作るか。


「それが不満ならこれならどう?」


 そう言いながら、別の曲を吹き始めた。


 今度は綺麗な旋律の曲だった。

 始めからそっちを吹いてくれ。


「聴いたことがある気がする」


 暫く聴いていたが、途中で気付く。


「ああ、これ、小学校も中学校でも卒業式に流れた曲だ」


 何度も繰り返される高音のメロディーに覚えがあった。

 卒業式に流れたのは、小学校はピアノ音源で、中学校はオルゴールだったはずだ。


「有名な曲だからね」


 彼女は手と口を止めて、そう笑った。


「いや、止めるなよ」


 もっと聴いていたいのに。


「これ、一人で吹くのって、かなり疲れるんだよ」


 確かに速いし、大変そうな曲だった。


 オレとしては、譜面を覚えているだけでも凄いことなんだが。


「お前は、破裂しないんだな」


 そして、そのこともどこか意外に思える。


 魔力の封印を解放された後も、魔法を使うことができなかった栞は、オレと同族ではなかったらしい。


「それだけ聞くと、わたし自身が破裂しそうな感じがするね。でも、リコーダーって本来、破裂するもんじゃないと思うのですよ?」

「オレは破裂するんだよ」


 何の加工もしていないリコーダーで壊れなかったことがないのだ。


 いや、この様子だと、人間界にいた時よりも、重症化……、いや、もっと酷くなっている気がする。


 流石に、ガキの頃に合成樹脂でできたリコーダーを破裂させるほどの力はなかったってことか。


「一番、良いのは人間界と同じようにリコーダー自体を強化か」


 栞がそう呟く。


 一生懸命考えてくれているのは嬉しいけど、それは根本的な解決になっていない。


「別に吹けなくても、問題はねえよ」


 オレは真央さんのように、そこまで楽器に対する情熱はない。


 ただ、それでも、栞の期待に応えられないことだけは、少しだけ、いや、かなり嫌ではあるのだが。


「九十九さん、少々、よろしいでしょうか?」


 大神官がオレを手招く。


『その楽器を、貴方にとって、とても大事な女性と思って優しく触れてください』


 耳元で、低く聞き取りやすい声が響く。


 大事な……女性……って……。


 思わず、栞を見てしまった。

 大神官は「誰」とは指定しなかったのに。


 だが、オレの頭にはそれ以上に大事な女なんて今は存在しない。


 イメージする。

 自分にとって、大事な女に触れるように……。


 そして、リコーダーを軽く口に加えて、壊れないように気遣いながら、少しだけ息を吹き込むと、破裂することなく音はちゃんとなった。


「凄い!! 恭哉兄ちゃん!!」


 栞が歓喜のあまり、叫んだ。


 ちょっと待て?


「そっちかよ」


 いや、確かに大神官が助言してくれたおかげだけどさ。


 実際に成功させたのはオレだぞ?

 この流れはちょっと酷くねえか?


「いや、勿論、九十九も凄いよ? でも、恭哉兄ちゃんが何かしたのでしょう?」

「いえ、私は何もしていませんよ。九十九さんが細心の注意を払った結果ですから」


 大神官は静かにそう言った。


 なんか、オレが小さい男みたいだな。


「なんて言われたの?」

「……大事に扱えと」


 嘘は言っていない。


 ただ、正しくは、「大事な女」として扱えと言われただけだ。

 それはオレにとって、酷く分かりやすく的確な言葉だった。


 しかし、大神官もそんなことを言うんだなとも思った。

 なんとなく、イメージが違う気がしたのだ。


 つまり、大神官は楽器を扱う際に、そのように思いながら、弾いたりしているということなのか?


 そう考えると妙に()()ずかしく感じる。

 その感情を向けられている相手が自分にとって顔見知りだからだろう。


 なんとなく、金色の髪と翡翠の瞳を持つ女を思い出す。


 あの女は栞以上に、逞しそうだが、大神官にとっては違うということか。

 しかも、楽器のように壊れぬよう大事に触れて、優しく口付ける?


 想像ができない。


 そんなことを考えていると、大神官と目が合った。

 そして、人差し指を口元に当てて、微かに口角を持ち上げる。


 栞には黙っておけと言うことらしい。

 それは当然だ。


 口にすれば、オレの方も言わされる羽目になりかねない。


 扱う力加減が分かれば、後は楽だった。

 もともと、アコギにだって触れていたし、弦の押さえ方だって、習っていたのだ。


 それも若干、スパルタ方式で。


 自分たちの仕える主人が、娯楽を求めた時、その心を慰めるためとかなんとか言われた覚えがあった。


 まさか、それがこんな形になるなんて、思ってもいなかったが。


 ただ、伴奏向きであるアコギに関しては、オレはコードを理解できていないので、和音ではなく単音を並べることしかできない。


 しかも、楽器を扱うことにまだ慣れていないのでどうしても、ゆっくり進行となってしまう。


 栞はアコギの知識そのものがない。

 彼女は、弦の押さえ方すら知らなかったようだ。


 そして、その他の楽器に関しては、オレは譜面が読めない。


 栞に音階を書いてもらうという方法もあるが、単音だけの伴奏となると、楽器に慣れていない人間にはなかなかに難しい。


「九十九が歌を担当して、わたしが、リコーダーで伴奏する?」

「待て『()姫』?」


 それは、今回の話をその根本から否定することになるだろう。


「今回、店員に歌を教えるだけならば、そこまで伴奏に拘る必要はないのではないでしょうか?」


 行き詰まりを見せていたオレたちに、救いの手を差し伸べる大神官。


「わたしが、九十九の演奏を聞きたいだけなんだよね~」


 なんだと?


「九十九さんが楽器を扱えるようになったのですから、今日だけではなく、いつでも弾いてくださいますよ。そうですよね、九十九さん?」


 さらには追い打ちをかけるように大神官からそこまで言われて、拒否できる選択肢があるはずもない。


 今日から真剣に楽器の練習をしようと、オレは心の底から誓うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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