「聖女」の護衛は壊滅的
「どうしてこうなった?」
「九十九がそう言うの、珍しいね」
どこか呆然と呟く九十九にわたしはそう答える。
「声が出るようになって良かったね」
「……」
おや、また声が出なくなった。
なんでも、九十九は雄也さんからお仕置きをされたらしい。
雄也さん曰く「罪状に対して処置が生温かった」とのこと。
何の罪状とその処置かは分からないけれど、暫くの間、雄也さんの「沈黙魔法」により、言葉を発することができなかったのだ。
何でも、魔法や法力において、詠唱に頼る人対策の魔法らしい。
だけど、無詠唱で魔法が使える水尾先輩や九十九にとってはそこまで魔法封じとしての意味はない。
だが、詠唱をしないことにより、魔法の威力がやや落ちるため、全ての人間に対して意味のある魔法らしい。
ちゃんと効果があれば。
「何が嫌なの?」
「オレに楽器ができると思うか?」
「思う」
少なくとも、あれだけ器用にグラスハープを演奏したのだ。
あれで楽器ができないとは思えない。
そして、九十九自身は歌も上手い。
それについては、人間界にいた頃、ワカや高瀬も認めたぐらいだ。
それらのことから、音痴とかそう言ったものではないと思う。
「兄貴に、楽器の扱いについては、『壊滅的』だと言われた男だぞ?」
「でも、小学校では普通に、鍵盤ハーモニカやソプラノリコーダーを吹いていたでしょう?」
壊滅的だったら、目立つよね?
でも、六年間同じクラスだったが、話題になった覚えはない。
「当時、リコーダーや鍵盤ハーモニカは、兄貴の手によって、特殊強化された物を使っていた」
「……はい?」
なんか、今、変なことを聞いたような気がする。
「普通のリコーダーは3本、駄目にしている。鍵盤ハーモニカに至っては、吹き口が3個、本体が4つ、演奏用ホースに至っては12本、壊した」
「壊滅的って、そう言う意味なの!?」
まさかの破壊系だったとは……。
そして、それらの総額はいくら?
リコーダーとか鍵盤ハーモニカって、そんなに簡単に壊れる物だっけ?
「力加減が難しいんだよ。だから、地球の楽器は得意じゃない」
それは、確かに避けたくなるのは分かる気がする。
「カスタネットやトライアングルみたいなのは叩くだけだからマシみたいなんだ。だけど、オレは、弾くことと、吹くことの相性が悪いらしい」
「それなら、弦楽器は?」
「弦楽器も『弾く』……だな。兄貴のアコギに触った時は、弦は切れるし、ペグやら、いろいろ弾け飛ばしている」
「おおう」
それって、何が原因なんだろう?
「だから、オレは楽器に手を出したくねえのに……」
恭哉兄ちゃんは、今、聖堂の方へ行っている。
楽器の指南については、九十九に施された「沈黙魔法」の効果が切れてから、という話になっていたのだけど……。
「理由は分かってるの?」
「単純に力加減の問題だ」
「力の入れすぎってこと?」
「そうなるな」
でも、鍵盤ハーモニカの本体はともかく、少し力を入れたぐらいで吹き口とかが壊れる物かな?
雄也さんや真央先輩、恭哉兄ちゃんは楽器をちゃんと扱えるのだ。
そして、わたしもこれまでに鍵盤ハーモニカやリコーダー、電子ピアノを破壊したことはない。
そんなことをすれば、流石に母も黙ってはいなかっただろう。
つまり、魔界人が楽器を使えないというわけではないはずだ。
もっと何か根本的な部分に問題がある気がする。
「この世界の楽器は?」
「触ってもいない」
心の傷は深いようだ。
「カルセオラリア製ならいけるかと思ったのだけど……」
「原因は魔法ではないからな」
九十九は溜息を吐いた。
「まあ、その辺りを含めて、恭哉兄ちゃんに相談してみようか」
「それでも駄目ならどうする気だ?」
九十九が顔を顰めた。
「この世界では数少ないであろう楽器を破壊するわけにはいかないから、ごめんなさいってことで」
「軽いな」
「事情があれば、恭哉兄ちゃんは無理強いするタイプじゃないからね」
わたしはそう言って笑った。
****
「なるほど。九十九さんは、楽器を壊してしまう人なのですね」
大神官が涼やかな声で、栞の言葉に応える。
「それで、何かいい方法を知らないかなと思って……」
そんなものが簡単にあるはずもない。
リコーダーや鍵盤ハーモニカのような単純な楽器すら、かなり強化しなければ、オレは壊してしまうのだ。
別にそれで困ったことはない。
人間界ならともかく、この世界は、楽器と呼ばれるものが少ないのだから。
「この世界で楽器などが発展しない理由に、この世界の方々が楽器の演奏が苦手というものがあります」
「ほへ?」
「勿論、全ての方に見られる症状ではありません。ただ、少なくない数はいると思われます」
「そうなの!?」
それは、知らなかった。
「大聖堂にある『大型木管風琴』も、選ばれた神官しか扱うことができません。そのための選定試験もあります」
「ああ、そう言えば、大体、同じ人たちが交替で弾いていた気がするね」
「症状としては、肺活量が強すぎる方。物を強く握り込む方。動きが速くなるとつい力を入れてしまう方など……ですね」
症状って、まるで、楽器破壊は病気の一種のような扱いだな。
「その理由は?」
「もともとの基礎体力が高いことと体内魔気による身体強化の結果でしょうね。この世界で生まれたほとんどの方が、人間界の人間よりかなり身体能力が高く、物を壊しやすい傾向にあります」
「楽器を壊す人間と、そうでない人の違いって?」
「楽器に対して気を使えるかどうか、ですね」
「ああ、なるほど」
栞は、オレをチラリと見て頷いた。
おいこら。
そこで、納得するな!!
まるでオレがガサツな人間みたいじゃねえか!!
「ただ、これまでお話を伺った限りでは、九十九さんの場合は少々、意味が違うと推測されます」
「ほ?」
違うのか?
「九十九さんたちは、特例により、早くに人間界へ行ったと伺っております。10歳未満は体内魔気の扱いが未熟な時期。体内魔気を自分の意思ではなく、道具などで抑えていたならば、身体への強化はされているので意識しない限り力加減がさらに難しくなります」
「……らしいよ?」
心当たりがありすぎて困る。
ガキの頃のオレに、体内魔気を抑えて生活することなど簡単にできるはずもなかった。
だから、城で暮らしていた時から、体内魔気を弱く見せる魔法具に頼っていたのだ。
セントポーリアの王子が、魔力コンプレックスを抱えていることを知っていたし。
そして、師であるミヤドリードも、流石に、魔法とは無縁の世界にオレたちが行くことは想定していなかったのだろう。
体内魔気を抑える方法は教えてくれたが、一般よりも高い身体強化を抑える方法は考えてくれなかった。
そもそも、危険の多いこの世界では、目に見えにくい身体強化の方まで押さえつける必要はないのだから。
「そして、初めて楽器を使った時に気を使わず、もともとの身体の能力と、身体強化により破壊してしまったら、楽器とは簡単に壊れる物だと無意識に思い込んでしまう可能性は高いですね。未知なる物ですから」
簡単に壊れる物だと無意識に思い込む?
「ぬ? それって、わたしの魔法と同じ?」
栞がその点に気付いた。
彼女がなかなか魔法を使うことができなかった原因として、「人間界での常識」という考え方が邪魔をしていた可能性があった。
それによく似ている。
まさか、その後、魔界人には考えもつかない方向性の魔法を使うようになるとも思っていなかったが……。
「基本的な考え方としてはそうですね。今の九十九さんは、道具に頼らずとも、体内魔気の扱い方がお上手ですが、それは幼い頃に相当な苦労があったということでしょう」
「どうしたら、その症状は抑えられるの?」
「幼少期の記憶からだとかなり難しいですね。すぐに症状を抑えることについては、諦めた方が良いでしょう」
医者ならぬ、大神官が匙を投げた。
「すぐは無理ってことは、長い目で見れば、改善の余地はあるかな?」
「それについては、九十九さん次第ですね」
「じゃあ、大丈夫だよ。九十九は努力の人だから」
楽器を弾くこと、吹くことについて、そこまでの興味、関心はないのだが、その無条件な信頼は酷く擽ったく、オレは逃げられない気がした。
「そこで、今回はこれを使いましょう」
大神官が、何かを取り出した。
見た所、リコーダーによく似た笛のように見える。
「この世界で作られたソプラノリコーダーです」
「あ、本当にリコーダーなんだ」
「アルトリコーダーもあります」
よく考えれば、仕組みとしてはそう難しいものじゃないからな。
一番、大変なのは音だが、それについては、何度も根気よく確認して調整することによって解決する。
この世界でも作れなくはない物だったのだ。
「どこで作られた物?」
「大聖堂内です」
なにやってんだ? ストレリチア。
「大聖堂ってことはワカじゃないよね?」
「姫ですよ。大神官の御為……の名目で、手の空いている手先の器用な準神官たちを中心に、様々な楽器を造らせています」
もう一度、思う。
何やってんだ、ストレリチア!!
「そのような理由から、多少、数を所持をしております。少しぐらいなら壊しても大丈夫なので、頑張ってみましょうか」
さらりとそう言う大神官の背後に、何やら黒いものを感じたのは気のせいだっただろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




