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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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「聖女」のお願い

「恭哉兄ちゃんはお仕事、終わり?」


 目の前で、栞がどこか呑気なことを尋ねる。


「そうですね。ここに来た目的は大体、終わりました。もう少し、事後処理がありますが、そこは新たに配属される予定の神官に任せようと思います」


 なんだろう、この違和感。


 栞と大神官が、酒場で朝食を摂っている。

 そのことが本当に不思議でならない。


 意外にも、この2人が共に食事をするのは珍しいのだ。


 尤も、栞も大神官もいつもの姿ではない。


 栞は、赤く短い髪に紫の瞳。

 大神官は焦げ茶色の髪に、黒い瞳。


 だから、今だけ彼女も「恭哉兄ちゃん」と呼んでいる。


「それで、この港町で悪いことをしていたという神官はどうなったの?」

「あの方は、既に大聖堂にある『贖罪の間』と呼ばれる場所に送られましたよ」


 現役神官が犯した罪は、王族であっても裁くことは容易ではない。

 それが見習神官でも、だ。


 但し、個人的な恨みを、私人としてこっそり晴らす分にはある程度、見逃される。


 大聖堂にある「贖罪の間」に入れば、神位(かんい)が下げられることは間違いないらしい。


 だから、あの正神官だった男は下神官以下になるため、聖堂で仕事、神務はできなくなるだろう。


 そのための神官交代だ。


 あの()正神官は、自分より下位の神位にあった神女や神官を唆して、自分の欲望の糧としていたらしいが、攫ったり、殺したりはしていなかったようだ。


 神女は分かるが、そこに何故、神官も入っているのかは疑問に思ってはいけない。

 そういう世界だと納得するしかないのだ。


 勿論、栞にはもっと言葉を濁している。


 ―――― この港町にいた正神官は、神に対して罪を犯した


 それしか告げていない。


 だが、変なところで勘の良い女だ。

 気付いたとしても驚かない。


 そして、攫ったり殺したりしていない以上、今回の事件は大神官が気にかけていた神女たちの失踪とは全く関係ないということになる。


「次にここに来る正神官は、もっと良い人だと良いね」

「そうですね。ですが、近年、神官たちの良識がやや低下傾向にあるようで、なかなか難しいところがあります」


 まあ、総本山であるストレリチアに、大神官の親衛隊ができるぐらいだもんな。

 アイドルかよ。


「良識の低下か~」


 そう言いながら、栞は溜息を吐いた。


 神官たちの「良識の低下」。

 それについての心当たりはある。


 人為的に法力使いを算出する国。

 そこは、オレたちとは道徳や倫理感が全く異なる国だった。


 それを大神官には伝えたが、この方は勿論、そのことを知っていたようだ。


 様々な理由から、「見習神官」になる際に、出身国を誤魔化そうとする人間は少なくないらしい。


 だが、「正神官」に上がる時、出身大陸については、誤魔化しきれなくなる。


 正神官任命の際に、主神の選定と、大陸神の加護の判定があるためだ。

 かの国の大陸神は、六大陸出身者と異なる結果が出るそうだ。

 それがどんな結果なのかは、残念ながら教えてもらえなかったが。


 そして、ここにいたあの元正神官はその国出身ではなかったらしいが、その前にこの港町で正神官をしていたヤツは、その大陸出身だったようだ。


 そして、オレの知っているヤツが、「下神官」で還俗したのも、もしかしたら、出身大陸がバレないようにするためだった可能性がある気がした。


 そもそも、神官に出自は関係ない。


 どんな国で生まれ、どんな身分であっても良いのだ。

 極端な話、身内どころか、当人自身が罪人であっても受け入れる。


 必要なのはただ、神に仕える心だけなのだから。

 ある種、凄い度量だ。


 そして、それらの情報は、高神官以上の神官たちによって、完全に秘される。

 万一、下位の神官たちに露見しても、そのことを触れ回る方が大きな罪となる。


 だから、神官たちは黙して語らない。

 すぐ横で犯罪に手を染めた人間たちが笑っていることを知っていても。


 それすら神の試練とする。

 オレには理解できん特殊で特異な世界だ。


 それでも、疚しいことがあれば、人間は誤魔化そうとする生き物である。

 だから、出身国の偽りは後を絶たないらしい。


「その頂点はこんなに立派な神官なのにね」


 栞はそう言って笑う。


 だが、栞。

 それについては、言ってやりたいことがある。


 お前の目の前にいる方は、確かに良識派ではあるだろう。


 だが、つい数(時間)前に、例の元正神官の心を完全に折って帰って来たような人だからな。


 オレでも、あの男の心を完全には折ることができなかったのだが、どんな手を使ったんだ?


「私はそんなに立派な神官ではありませんよ」


 大神官は苦笑する。


「そう? 恭哉兄ちゃんは十分、立派な神官だと思うよ。少なくとも、神官の法に触れない範囲で動いているでしょう?」


 栞は困ったように眉を下げてそんなことを言った。


 ちょっと待て。

 この女、もしかして気付いているのか?


 あんな部屋にいながら、完全に眠っていたはずなのに?


 しかも、さり気なく「立派な人間(ひと)」とは言わず、「立派な神官」だと言っている。


「できる限りはそうしていますね。昔と違い、今の私の言動は、多少なりとも周囲に影響があることは理解しています。私情のみで動いて、あの方々にご迷惑はかけられません」


 そして、動揺せず、ごく自然に話を続けないでください。


「そうだね。ケル……、いや、ワカたちのことを考えたら、あまり心配させないであげてね」


 オレたちに心配をかけてばかりのお前が言うなと言って良いか?

 ああ、これらの会話はオレにとって、突っ込み所があまりにも多すぎる。


 だが、()()()()()()()()()()()()()


「分かっています。あの方に泣かれるのは、本当に辛いですから」


 その気持ちには心の底から賛同したい。


 確かに、自分のせいで、好きな女に泣かれるのは嫌だな。


「じゃあ、もう帰っちゃうの?」

「いえ、正神官の引継ぎ待ちになりますね。関わった手前、そのまま放置はできませんから」

「それなら、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 大神官相手に、堂々としたヤツだと思う。


「お願い……ですか?」


 不思議そうに小首を傾げる大神官。


 驚いた。


 いつもと風貌が違うせいか。

 その雰囲気まで違って見える。


 中身は変わっていないはずなのに。


「わたしたちも暫く、ここに留まることになったのは、知っているよね?」

「はい」

「だから、当初の予定通り、ここの店員さんに歌を教えることになったのだけど……」

「歌……ですか?」


 チラリとオレの横を見る大神官。


 この酒場の店主がビクリとその身体を震わせた。


 無理もない。

 元下神官だからこそ、この方のことを……知らないはずがないのだ。


 聞いたところによると、この元下神官は、あの元正神官より後に神官の道に入ったが、自分の方が先に下神官へ上がったらしい。


 そのことで、まあ、ちょっとした嫌がらせをされて、還俗し、現在に至ったそうだ。

 その詳細はあまり聞きたくはないので、聞いていない。


 神官の世界は年功序列ではなく、完全実力主義の世界。

 そのことは栞の目の前にいる人が、この上ない形で、証明している。


「今日だけで良いから、伴奏を頼めないかな……と思って」


 世界最高の法力使いである大神官相手に、神事とか関係なくそんなことを願う人間は、この女ぐらいだろう。


 大神官の無駄遣いだ。


「私でよろしければ」


 真横にいる酒場の店主が目を丸くした。

 それだけ驚いたのだろう。


 だが、オレは、断らない気がしていた。


 なんとなく、栞からのお願いを、この人が断る図が思い浮かばなかったのだ。

 そう思った理由は自分でも分からない。


 若宮の我が儘はさらりと躱すような人なのに、栞のお願いになると……、弱みでも握られているんじゃねえかと思うほど、聞き入れる気がしている。


 単純に頻度の違いかもしれないが。

 若宮の要請を聞き入れていたら、キリがないのだ。


「あ、でも、忙しいなら無理しないで」

「今日だけなら、大丈夫ですよ」

「そっか~」


 嬉しそうにする栞。


「ですが、お連れの方々は?」


 大神官はオレを見る。


「兄は忙しく、弟は楽器ができないんだよ」


 今は、()()()()()()()()()()()()()オレの代わりに栞が答えた。


 栞の言う通り、兄貴はこの港町でもいろいろとやることができたらしく、リヒトを連れて動き始めた。


 そして、オレは楽器に関して、「壊滅的」だと兄貴からも太鼓判を押されている。

 譜面もさっぱりだ。


 まあ、楽器については我を忘れる面をお持ちの真央さんの話では、この世界に五線譜やコード表はないらしいが。


「昨夜の『グラスハープ』の演奏は見事でしたが……」

「不思議だよね」


 うるさい。


 その「グラスハープ」については、小学生の頃にやったから分かる。


 音程や、音を鳴らすタイミングについては、一度教えてもらえば、ある程度は記憶できるから問題ないのだ。


 大体、オレは芸術方面を学んでないんだよ。


 そして、なんで、同じ条件だった兄貴は楽器をやってたんだ?


 しかも、ギターはともかく、バイオリンなんて、素人は音を出すことも難しいと聞いているぞ?


「僭越ながら、私が手解き致しましょうか? そうすれば……、明日以降も、伴奏ができるようになりますよね」

「そうだね。その方が、恭哉兄ちゃんも無駄に目立たなくて良いかな」


 何故、お前が返事する?

 今、オレが発言できないからか。


 いや、これは、主人の意思に従えと言うことか?


「九十九も、それで良い?」


 くるりとオレに向き直る栞。


 オレは、黙って頷くことしかできなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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