王族について考えよう
「とりあえず王妃殿下が権力、性格上、一筋縄ではいかない方というのは分かったかい?」
『なんとなくは‥‥』
雄也先輩が身も蓋もない言葉で結論付ける。
王妃も、お膝元とも言える城下でこんなことを言われているとは思わないだろう。
今頃、くしゃみをしてなければ良いのだけど。
「でも、俺が一番恐れているのは王妃殿下が……」
そう言いかけて、雄也先輩は慌てて手で口を塞いだ。
どうやら、言うつもりはなかったことらしい。
『何?』
わたしの代わりに母が口にする。
言い掛けて止められるって気になるよね?
「いえ……、私の考えすぎだと思いたいのですが……、今、この国では、王族の未婚女性が2人しかいない点が気になっているのですよ」
王族って……王の血族ってことだよね?
未婚女性が2人という数字は決して多くはないことぐらいはわたしもわかる。
日本でも皇族の男子が問題になっていた覚えがあるし。
『あら、2人に増えたのね。私が知っている方は確か先々代国王の弟の娘で現国王陛下より5年ほど年若の方だけだったんだけど……』
……母が知っている時代はもっと少なかったらしい。
この国の王族は、男ばかりということだろうか?
それならば、ある意味、世継ぎは安泰って感じがするけどそ~ゆ~話でもなさそうだ。
先々代の王ってことは現在の王の祖父?
さらに、その弟の娘ってことは再従兄妹とも違うはずだよね。
そして、現王の5年ほど年若……、5つ下って……仮に王が40歳だとしても35歳。
それって、そこにいるわたしの母とほとんど変わ……うん、これ以上の発言は控えます。
なんとなく、寒気がした。
「はい。そして、その方の弟のもとに昨年、姫君がお生まれになりました。王子殿下の15歳下ということとになります」
『王子の15歳上と王子殿下の15歳下……。それは見事に分かれたわね……。そして、ここにいる娘は王子殿下の1つ下……。ああ、つまりは、そういうこと?』
えっと?
わたしの一つ上ってことは、王子は16歳?
だから、先ほどの方が31歳ぐらい? ……って、王様、結構、若くない?
つまり、母とあまり歳が変わ……、うん、なんだろう。
先ほどからずっと母親の方から鋭い何かが飛んできているような気がする。
なんで、考えていることが伝わるんだろう?
「話が早くて助かります。私が気にしているのは、そういうことです」
『……ってど~ゆ~ことだよ!?』
九十九がもっともなツッコミをする。
わたしは会話の流れからなんとな~く分かってしまったような、分かりたくないようなそんな感じ。
『わたしが……、王子の1つ下だと何か……良くないことがあるんですか?』
「ちょうど良い歳の差なんだよ。王子殿下と栞ちゃんは……」
おおう。
なんということでしょう。
『何がだよ?』
「ここまで露骨なヒントを貰っておいて、まだ明確な答えを欲しがるか?」
雄也先輩が呆れたような目線を九十九がいると思われる方向に向ける。
『王子殿下のお妃候補ね』
母が衝撃な答え合わせをする。
わたしは、「ちょうど良い歳の差」という言葉でなんとなくそんな気がしたけれど……、それでもやっぱり反論はしておきたい。
『で、でも、わたしと王子って、一応、腹違いの兄妹なんでしょ? 結婚とかって……、近親婚になるんじゃないの?』
「この国は血族婚だってさっき説明したよね? 数代前までは兄妹婚もあったんだよ」
『ぎええええええええっ!?』
思わず叫んでしまった。
な、なんてことだ!
まるで、古代エジプトの王朝みたいではないか。
『なんつ~、色気のない悲鳴だ……』
九十九の呆れた声が聞こえたが、今はそれどころじゃない。
「先の15歳上の方は第一候補として今はまだ結婚を許されていないが、王子殿下が快く思っていない。第二候補の御歳一歳の姫君は病気がちだという話だから、周りがあまり良くは思っていないという状況だ」
雄也先輩はさらに言葉を続けていく。
『その点、我が娘はどこに出しても恥ずかしくないほどの健康体。公式的な身分はなくても国王陛下の血を引いている可能性がある以上、王族の血を存続させたいと焦っている王妃殿下が目をつける可能性はないわけじゃないってことね』
さらに、母が余計な言葉を補足してくれた。
『で、でも、王妃はわたしたち親子を憎んでるんじゃなかったの?』
確か、そんな話で……、だから九十九たちが護衛って形で傍にいるわけで……?
『憎まれてる……、恨まれているのは、実質、私だけってことになるのかしらね』
「……というより5年前とは状況が変わったんだよ。仮に今から姫君が生まれたとしても、歳の差はもっと開きすぎてしまう。他の王族に隠し子でもいない限りね。この国の婚儀は、歳の差がありすぎると魔力が薄まる可能性があるとしてあまり喜ばれないんだ」
そう言って、雄也先輩は困ったように笑いながら、言葉を続ける。
「それに、まさか、王妃殿下も王族たちに、ここまで女性が産まれないことなんて想像もしていなかったと思うよ。既婚王族は多いのに、何故か子宝にはあまり恵まれてない夫婦が多いんだ」
それは、気の毒だと思うけど……。
『で、こいつに白羽の矢が当たる可能性ができるわけだ。王族の血を守るってのも面倒な話だな』
九十九が心底、めんどくさそうに言うが、当事者のわたしとしては、あまり他人事とできる話ではない。
この流れでは、わたしの行先が決まっちゃう気がする。
「この国の王族はその血を守ることに意味があるからな。そうでなければ血族婚なんて選びはしないだろう」
『わ、わたし……、魔界人と人間のハーフなのですが?』
あまり意味はないだろうと思いつつも、わたしが王族の相手に相応しくないと思われる理由を口にする。
「片方が国王陛下の血というだけで、他の候補を圧倒するだけの価値はあるんだよ?」
『ぎゃあっ!!』
雄也先輩が無情な現実を突きつけてくれる。
そんな気はしてた。
でも、そんな無茶苦茶な……。
「ま、あくまでも可能性の話だ。栞ちゃんについては、国王陛下も公式に認めていない。だから、王妃殿下が喚いたところでそう簡単にお妃候補に上がることはないとは思っている」
公式に認められていないことがこんな形に繋がるとは……。
「何より、普通の一般市民を候補に上げるのは慣例重視のこの国では、周りを認めさせることが一番、難しいことかもしれないかな」
『そ、そうなんですか……?』
とりあえず、良かった……かな?
「でも、気をつけるにこしたことはない。王妃殿下の目に止まらないのが一番だと思うよ」
『つ、つまり、目立たないことが一番ってことですね?』
「そうだね」
先ほど選んだ髪と瞳ならそこまで目立たないだろう。
もともと、わたし自身は派手な顔をしているわけではない。
同じ年代の娘さんたちと並べば目立つこの体型も、一般市民として溶け込めば……かなり年若く見られることだろう。
ちびっ子バンザイ!
まさか、王子と年の差が一歳ほどのわたしが、3つか4つぐらい年下に見えるとは王妃でも思うまい!
わたしは、生まれて初めて自分の小柄な体型に感謝しよう。
だけど、ほんのちょっぴり涙が滲んでしまうのは何故だろう?
『目立たない? それってお前には、無理じゃないか?』
九十九がなんか不吉なことを言っている。
『失礼な! わたしは大人しく地味で目立たない娘ですよ?』
わたしがそう九十九に反論すると……。
『『「は? 」』』
あ、あれ?
九十九や母はともかく、雄也先輩まで聞き返しましたよ?
『栞が大人しい?』
『高田が地味?』
「栞ちゃんは人目を引いてしまうタイプの娘さんだと思うけど……」
3人共がそれぞれ、わたしの言葉を丁寧に否定する。
ぬ?
おかしいな?
少なくとも、ワカや高瀬、富良野先輩たちに比べたら、わたしは背景に埋もれてしまうタイプだと思っているのだけど?
比べる基準とした人物たちがおかしかったことに気付かなかったことが、わたしにとって最大の敗因だったのだと思う。
そもそも、わたしの周囲には「大人しい」「地味」「目立たない」というような平凡な人間が一人もいなかったことに気付いたのは、残念ながら、既にいろいろと手遅れとなってしまった後だった。




