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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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「聖女」として連れ去りたいなら

 うわあああああっ!?

 今、九十九からなんかすごいこと言われた!? !?


 え?

 何? お芝居? お芝居だよね?


 九十九の腕の中に収まりながら、なんとか思考を纏めようとする。


 駄目だ!?

 九十九の心臓の音が気になって、却って緊張が強くなった。


 いや、だって、「オレの女に手を出すな」だよ?


 どこの少女漫画だ!?

 いや、少年漫画にもありそうだ!!


 もう神官とか、どうでも良い。


 とりあえず、顔を赤くなっていることがバレないように……。

 ああ、頬がかなり火照っていることが自分でも分かってしまう。


 解熱したい、解熱。

 えっと、『平常心』、『平常心』?


 そう心の中で唱えるだけで、少しだけ落ち着いた気がする。


「まだ何かありますか?」


 九十九の低い声が、思いっきり身体に響くうううぅっ!?


 ちょっと待って。

 これ、平常心、無理!!


「う、『歌姫』のお言葉を……」


 なんで、わたし!?

 この状況で!?


 無理、無理、無理ぃ!!


「貴族に囲われ、涙を呑む女性も多いです。貴方がそれをしていない保証はないでしょう? 事実、今、『歌姫』は震えている!!」


 ()めて!


 今のわたしの状態を口にしないで!!

 羞恥プレイ過ぎる!!


 今のわたしは恐ろしさで震えているんじゃなくて、九十九の行動と、その声に対して、軽く興奮状態にあるだけなんだから。


 そんな状態を公開しろとか本当に勘弁して!!


「大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと、あなたの魅力にくらくらしていただけだから」


 九十九のいつもの気遣いに、思わず、我ながら、阿呆な言葉がうっかり零れ落ちた。


「あ?」


 九十九から短く問い返される。


 まあ、良い。

 嘘は吐いていない。


 それならば、このまま、勢いで言っちゃえ。


「あなたに何度、抱かれても、どうしても慣れなくてごめんなさい。今の状態はドキドキが止まらなくて震えているだけですので、安心してください」


 ああ、恥ずかしい。

 思わず、九十九の胸元に顔を(うず)める。


「……だそうですが?」


 そんなわたしの状態に、九十九は慣れた様子で、平然と、例の神官に対して言葉を投げかけた。


 あの「ゆめの郷(トラオメルベ)」で、何度もわたしと引っ付いたせいか、そこに動揺はない。


「仮に、彼女が『聖女』の資質を秘めていたとしても、自分は、それを望みません。どうしても、『聖女』として連れ去りたいのなら、神官最高位である大神官猊下に懇願されることですね」


 慇懃無礼かつ挑発的な物言い。


 しかも、彼の口からは「大神官」という言葉が出された。


 相手が息を呑んだ気配が伝わる。

 分かっている。


 普通の「正神官」では、神位(かんい)最高位にある大神官になかなか会うことなどできないと思いこむことは……。


 望めば、今代の大神官は割と簡単に会ってくれるだろう。

 どんなに忙しい時でも、頼ってくる人、縋ってくる人を無視はしない人だから。


 実際、こんな聖堂でもない場所まで来てくれるような人なのだ。


 だけど、歴代の大神官はそうではなかった。

 面会の予約だけでも一か月待ちなんて普通にあったらしい。


 恭哉兄ちゃんは、「本来は、大神官も普通の神官と扱いが変わるわけでもないのですが」と言っているぐらいだ。


 だが、問題は、今代の大神官は歴代に比べ、若い上にかなりの美形だという点にあるだろう。


 信者だけではなく、同じ神官の中でも信望者が多く、おいそれと近寄れない存在として扱われている。


 さらに神官たちによる独自の親衛隊もいるのだ。


 そんな人に予約なしで突入できるような心臓の太い勇者など、王族ぐらいだろう。


「いずれにしても、『聖女認定』には聖堂が管理する国と大神官の許可がいるはず。それを思えば、大神官猊下に連絡されるのは当然のことでしょう?」


 わたしを抱き締めた状態でも、変わらぬ九十九の声。


 しかも、顔が見えないせいか、少しだけ雄也さんと重なる。

 もともと、彼らの声は兄弟だけあって、似ているのだ。


 そして、相手の神官は黙っていた。


 この「聖人認定」の正しい手続き方法については、一般的には知られていない。

 知っているのは聖堂に常駐できる「正神官」以上の神位にある神官。


 それと、王族に近しい貴族ぐらいだろう。


 例外として、「聖人認定」される可能性がある人間の身内、保護者的な人間たちには、その手続き上、伝えられている。


 認定を辞退するにしても、途中で気が変わらないとも言えない。


 そのために、ちゃんと手続きに必要な説明の義務はあるのだから。


「ああ、尤も、神事について一般的な娘が何も知らないのを良いことに、手に入れた後、自身の()()()()()()()を任せるおつもりだった……とか? 『聖女』認定のためと偽れば、ほとんどの娘は騙されるでしょうね」


 なんだと?

 ちょっと、それは聞き捨てなりませんよ?


 神官たちの俗世の「穢れ」を「神女」や「聖女」が祓うって、つまりはえっちをするってことだったはずだから。


「そ、そんなことはない!!」


 流石にその九十九の言い草は心外だったのか。


 その正神官が強く慌てたように反駁する……が……。


「光りやがった」


 それは低く小さな呟き。


 だけど、彼の身体に張り付かされている状態のわたしには響く。

 そして、その声には、少なくない怒気を孕んでいることも。


 これはマズい。

 よく分からないけど、すっごくマズい!?


 思わず、わたしは九十九にしがみ付いた。


「どうした?」


 ああ、わたしに対してはいつものように優しく甘い声。


 ……って、悦んでいる場合ではない!!


「ここから、早く離れたいです!!」


 思わず彼に張り付いたまま、そう叫んだ。


「あ?」

「えっと、その、早く、あなたと2人きりになりたくて!!」


 さらには、九十九の怒気を逸らしたくて、思わず、そんなことを口にしていた。


 だけど、返って来たのは沈黙。


 あれ?

 わたし、今?


 うぎゃああああああっ!!


 なんてことを口走ってんだ!?

 しかも、雄也さんとリヒトの前で!!


 そう思って、ほとんど動かせない顔をなんとか、カウンターの方に向けると、雄也さんとリヒトの姿が目に入った。


 そして、2人とも、目を丸くしている。

 先ほどのわたしが発した台詞に驚いたことは間違いないだろう。


 い、いや、あの、これは!!

 何故か殺気だった九十九を抑えるためについ!!


 わたしがそう考えると、リヒトが大きく溜息を吐き、雄也さんになにやら耳打ちを始めた。

 どうやら、事情を説明してくれているようだ。


 それを見て、ホッとする間もなく……。


「それなら、仕方ないな」


 何故か、九十九に抱き上げられた。


 え?

 どういうこと?


 わたし、自分で歩けるよ?

 しかも、人前だよ?


「主人、『歌姫』を休ませたい。上に部屋はあるか?」


 わたしを抱き抱えたまま、九十九がそんなことを言った。


 あれ?

 わたしたち、別に宿があるのに、どうしてそんなことを聞くの?


 いや、この上には確かに部屋があるとは聞いている。

 恭哉兄ちゃんは今日、そこに泊るらしいし。


「あ、あります!!」

「じゃあ、案内してくれ。金は出す」


 そう言って、酒場の主人の所に小袋を渡す。


「足りるか?」

「多すぎます!!」


 主人は中身を確認したらしく、すぐに答えた。


 だけど、ちょっと、この人は、素直過ぎるね。


「無理を言うのだから、それぐらい受け取れ」


 まるで、大富豪のようなやり取り。


 いつもは生鮮市場で値切るような男とは思えない。


 いや、そうじゃなくて……。


「気が利かない男で悪いな、(さくら)


 ほげ!?

 抱き抱えられているために、至近距離で微笑まれた。


 えっと、この人、誰? 雄也さん!?


 違う。

 間違いなく、弟の方であるはずだ。

 なのに、兄みたいなことを言っている!?


「いずれにせよ、彼女に『聖女』認定をさせる気はありません。それでも、望むなら、やはり、大神官猊下より沙汰を受けましょう」

「ま、待て!!」

「待ちません。自分は貴方を信用できない。それに……」


 ふぎゃあっ!!


 額!

 額にキスした!!


「そろそろこの可愛い『歌姫』の相手をしたいので、これにて失礼いたします」


 微かに、礼をして、その場から九十九はわたしを抱えたまま、主人に案内されて、立ち去る。


 だけど、わたしは、去り際に見たあの正神官のどこかギラついたような瞳が妙に気になったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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