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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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「聖女」になる利益

 兄貴から、連絡を受けたのがつい先ほどのこと。


「ですから、あの少女の保護を是非!」

「あの娘こそ、本物の聖女です!!」


 その分かりやすい要求に思わず、眩暈がする。


 本物の神力を持った「聖女」は簡単に見つからない。


 だが、その「聖女」を見つけることは、神官にとって誉れであり、「聖女」とともに、神官の歴史に名前が刻まれるほどの偉業とされるらしい。


 それならば、それを隠す大神官は、世間一般では阿呆な男だと言われそうだが、あの方は既に、自分自身で神官の歴史に名前を刻んでいる。


 今更、肩書きが一つ増えたり減ったりした所で気にもしないことだろう。


 しかし、大神官の存在に気付くことなく、分かりやすい力を見せつけた栞の方にしか注意が行かない辺り、この男たちの能力は大したことはないと判断するべきだろう。


 恐らく、今、こいつらが脅している後輩、酒場の主人の方が眼は良い。


 その人は、栞に近付いた時に、左手首から微かに漏れた大神官の法珠の気配に反応したらしいからな。


 想像でしかないが、還俗していなければ、こんなヤツらが頭を下げるほどの立場になっていたのではないだろうか?


「どうする? 今なら、まだ引き返せるぞ?」


 正直、相手にしたくないと言うのが、オレの素直な感想である。


「それが駄目なのは、九十九だって、よく分かっているでしょう?」


 確かに、野放しにして、あちこちであることないこと触れ回られるよりは、ここで止めておいた方が良いだろう。


 だが、ここで、あまり栞をこいつらに見せたくもない。


 腰よりも長い髪の栞は、化粧をしていることもあるが、大人しくしていれば、かなり良い所のお嬢様に見えなくもない。


 髪型一つで見事に化ける。

 女は本当に怖い。


 そんな彼女を三流の神官の目に触れさせるのも惜しいぐらいなのだ。


 だが、目の前で、酒場の主人が困っている様を見て、大人しくしていられないのが、この女だ。


 それが、分かっているから、オレは背中を少しずらして、彼女が前に出やすいようにした。


「あの……」


 栞は、恐る恐る正神官と思われる方に声をかける。


「なんだ、女。見ての通り、今は、我らは忙しいのだ!! 商売なら、他を当たれ」


 声をかけた方ではない男が反応した。


 その叫びは聞き捨てならない。

 見る目がないのは承知だったが、今、この女を「ゆめ」扱いしたな?


「いえ、あなた方の方が、商売の邪魔をされているようなので思わず声をかけてしまいました。わたくしの歌は、そんなにお気に召さなかったようで、申し訳ございません」


 さりげなく、「お前ら、人に迷惑かけるな」と言っている。


 確かに、その場には客がいなかった。

 先ほどまで、あれほど客で賑わっていたのに。


 店のカウンターにグラスを磨いている兄貴がいるぐらいだ。

 ……って、そこにいるなら、兄貴が止めろよ、こんなヤツらぐらい。


「歌? あ……」


 彼女が「歌」と口にしたことでで、正神官の方もようやく、栞を向く。


「もしや、あなたが!! 先ほどの『歌姫』であらせられるか!?」


 そう言って、いきなり跪く。


 慌てて、先ほど、栞に暴言を吐いた男も同じように跪いた。


 遅い!!

 その頭を踏ん付けてやれ!!


「私は、この港町にある聖堂を建立せし者。どうか、お見知りおきを……」


 あ……。

 この男、分かりやすく嘘の光に染まったな。


 大体、今の言葉は「聖女の卵(しおり)」に対して、舐めすぎた発言だ。


 普通の女はどうか知らんが、栞は、大神官から直々に、神位(かんい)について、指導を受けている。


 必然的に、護衛であるオレも受けさせられたが……。


 そんな栞が、各地で聖堂を預かるだけの「正神官」と、各地に聖堂建立が許されるほどの「上神官」の違いが分からないはずがない。


「嘘つきめ」


 思わず、声が漏れる。


『何も考えていないだけだ』


 オレの声に反応して、リヒトも小さく漏らした。


 これでは、神官の将来も先がない。

 いずれ、どこかの国に乗っ取られるかもしれない。


 かの国が、法力の才を持つ人間を人為的に造り出すということは、それなりに向上心を植え付けられているはずだ。


 ヤツらは目的のために手段を選ばない。

 いずれは、下剋上される可能性は、ゼロではないだろう。


「えっと? 事情が分からないのですが……?」


 栞が不思議そうな声を出す。


 オレから見れば、背中、いや、背中を覆う長い髪とそこから伸びているように見えるドレスしか見えない。


「貴女様の、心揺さぶる聖なる歌声は、『聖女』の名に相応しい」


 また「聖女」かよ。

 思わずそう舌打ちしたくなる。


 どこまで、その言葉が追いかけてくるんだ?


「その歌声であれば、法力国家におわします『導きの聖女』、『神に愛されし聖女』に遜色はないことでしょう」


 ああ、うん。

 片方は本人だからな。


 そして、もう片方は、そこにいる女より歌は確実に上手いぞ。


 あの女は、童謡どころか、カラオケで民謡まで歌いこなせるやつだからな。


「あの、『聖女』って、世界を救った方のことですか?」


 まあ、妥当な受け答えだと思う。


 この世界で「聖女」と言えば、一般的にはその女ぐらいしか知られていない。

 だから、古文書を始めとして「聖女」と記されているぐらいだ。


 大神官の話では、実際、もっといるらしいけどな。


「いいえ、神に認められし、『聖人』のことです」


 認めるのは確か神ではなく、「聖堂」……、つまり、「神官(にんげん)」だったはずだが?


 それも、「聖堂」が庇護した人間を、その国の王城へ連れて行った後、大神官がそこへ赴き、能力を確認した上で、認定するとかなんとか?


「貴女の歌声はまさに天上のもの。神より力を分け与えられしものとしか思えません」


 天上かどうかは分からんが、確かに、栞の声には、妙な力があることは確かだ。


 実際、大神官の補助があったとはいえ、「聖歌」で「導きの女神」を降臨させてしまったのだから。


 そして、今日。

 それだけではないことを証明してしまった。


 感情を込めると、魔法が暴発、いや、勝手に発動する。

 歌だとイメージがしやすくなるのかもしれない。


「えっと、つまり、どう言うことでしょう?」


 だが、当人にしてみれば、その自覚などあるはずもない。


 単に歌っただけという認識なのだから。

 感情に左右する魔法……に近いモノがにじみ出ていたなんて思いもしないだろう。


「貴女様は、『聖女認定』を受けるべきです! このような場所で歌を歌うより、聖堂に庇護され、その生活は永久に保障されます」


 そして、「庇護」という名の籠の鳥にしたいらしい。

 聖堂と言う名の籠に押し込められ、神官たちの前でのみ、囀ることを許される。


 最悪、「穢れの浄化」と言う名目の元。

 ひたすら、神官たちの相手をさせられることにも繋がる。


「そして、恐れながら、この私が後見致しましょう」


 男は堂々と胸を張る。


 断られるなど、微塵も考えていない。

 確かに、一般的には「特別視」されることに優越感を覚える人間は少なくない。


 だが……。


「お断りします」


 興奮する神官の態度とは裏腹に、栞はきっぱりと断った。


「いえ、あの……」


 まさかの一刀両断に、男が動揺を隠せていない。


「お話はこれだけなら、後は、そこの御主人には用はありませんよね?」


 栞はいつものように微笑んでいるのだろう。


「貴女は、『聖女』になりたいとは思わないのですか!? 世界にとって、特別な存在に興味はないのですか?」

「全く」


 残念ながら、この女はそんな女ではなかった。


 世界と言うより、不特定多数の神官たちに囲まれて傅かれる生活などに魅力を感じないのだろう。


 その気になれば、王族や大神官すら傅かせることができる本物の「聖女」となる可能性を秘めているというのに。


 そして、それを望まないからこそ、彼女はここにいるのだ。


「逆にお尋ねします。『聖女』になる利益はわたしにありますか?」

「あります!! 神に近付き、聖霊界というありきたりな場所ではなく、聖神界という選ばれた者たちだけが行ける世界へ……」

「それは、死後、両親や友人と二度と会えないということですよね?」

「そっ……!!」


 栞の言葉に、神官は一瞬怯む。


 そんなこと、考えもしないのだろう。

 結局、どこか他人事なのだ。


 だが、栞は違う。

 ずっと自分のこととして、考え続けている。


 自分が、「聖女」認定されてしまうことのデメリットを。


「か、神に近づけるのですよ!!」

「わたしは人間です。そして、神官でもないので、神さまにそこまでの興味、関心を持ちません」

「大丈夫です! 不肖ながら、私が手解きを……」


 そう言って、栞に手を伸ばそうとしやがったから、オレが間に入った。


 お前たちが簡単に触れられるほど、安い女と思うなよ?


 そこで、ようやく神官たちもオレのことを認識したらしい。


「貴方は……?」

「この女の連れです」

「連れ……?」


 神官が訝し気にオレを見る。


 上から下まで、観察した後、何故か分かりやすく不服そうな顔をした上で、小馬鹿にしたように肩を竦めやがった。


「貴方のような方では、このお嬢さんのお相手は務まらないでしょう」


 だが、その言葉にオレが反論するよりも先に……。


「それは、どういう意味でしょうか?」


 冷たく凍えるような()が、口を開いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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