【第68章― 歌の余韻 ―】「聖女」な歌姫?
この話から、第68章です。
よろしくお願いいたします。
「ですから、あの少女の保護を是非!」
「あの娘こそ、本物の聖女です!!」
わたしと九十九が、リヒトを連れて酒場に戻ると、神官と思われる2人が、酒場の店主に詰め寄っているところだった。
雄也さんからの通信によると、この2人は正神官とお付きの下神官らしい。
畏れ多くも大神官が、港町にある場末の酒場でお忍びに来るという話を受けて、やってきたら、その大神官の姿はなく、代わりに清廉な気配を放つ純なる少女がそこに現れ、荒んだ男たちの心を慰め、悪業を悔い改めるような歌を歌ったという。
……誰のことでしょうか?
そして、何のことでしょうか?
因みに、恭哉兄ちゃん曰く「大神官はストレリチアから離れれば、市民に埋没するような存在です」とのこと。
あれだけ背が高く、お顔のよろしい市民が埋没するってどんな世界ですかね?
ああ、美形ぞろいのバンドですね。
いや、そうではなく、単純にこの2人の見る目がないだけではないだろうか。
法力を押さえ、髪や瞳の色を変え、眼鏡をした上で、多少、化粧で顔の雰囲気を変え、市民に溶け込む服を着ただけで、そんなに分からなくなるもの?
でも、ストレリチアから離れている期間が長ければ、記憶も薄れるか。
もしくは、顔を見ずに法力だけで人間の判断をする人たちもいるね。
神官には特に多かった気がする。
法力の優劣で、相手の人格まで決めつける人もいた。
そんな状況なので、下手に大神官は出さずに、引っ込めたそうだ。
当人は自身でその場を収めたかったようだが、雄也さんとしては、問題を大事にしたくなかった。
さらに、大神官とその歌姫が繋がっていることを匂わせるだけでも厄介ごとにしかならないと判断したらしい。
彼らの声を聞く限り、その判断は正しいようだ。
大神官の導きで、既に市井に埋もれていたらしい「聖女の卵」が一人、ストレリチアより発掘されているのだから。
これ以上、大神官の手で「聖女の卵」が生み出されることになれば、大神官もわたしを庇いきれなくなる可能性はある。
そんなわけで、そろそろ場を収めるべく、わたしたちが召喚されたわけだ。
この酒場の店主にとって、詰め寄っている彼らは神官時代の先輩に当たるため、還俗しても尚、強くは出られないらしい。
わたしと水尾先輩の関係みたいなものだろう。
尤も、元々の性格もあるのだろうけど……。
九十九はわたしを彼らの前に出すことをかなり嫌がっていたのだが、「ここで隠せば、却って彼らの心を煽る結果になる」という雄也さんの言葉で素直に従った。
つまり、ここで片を付けておけということだ。
外に吹聴させるのは論外。
漏らさず、そして、場を荒げず。
なかなか難しいことである。
「どうする? 今なら、まだ引き返せるぞ?」
九十九がわたしを背中で隠しながら、そう言った。
彼の背が高すぎるためか、わたしは神官たちの目から見えないようだ。
「それが駄目なのは、九十九だって、よく分かっているでしょう?」
人間、隠されれば、気になる。
自分から遠ざけられれば、追いかけたくなる。
現状は、その典型だろう。
酒場の主人が、「あの女性は、行きずりに自分の店を助けてくださっただけだ」と、懸命に本当のことを言えば言うほど、怪しく思えてしまう。
何故、隠すのか? と。
しかし「行きずり」って……、言葉としては、間違ってないけど、なんか、こう、変な関係を連想してしまうのは、わたしの頭が考えすぎているだけですかね?
「あの……」
わたしは難癖をつけているようにしか見えない神官の一人に声をかける。
先ほどからの言葉で、こちらの方が恐らく、正神官だと判断した。
もう一人は意見を言いながらも、この人に追従しているようにも見えるから。
だけど、下神官と思われる人の方が言い方が激しい。
この酒場の主人は還俗するまで「下神官」までだったと聞いている。
同じ「下神官」であれば、そこまで強く言えないはずなのに、その言い方は少し虎の威を借る狐っぽくて腹が立ってくる。
しかも、この主人は、20年前、下神官だったのだ。
そのまま、頑張っていれば、もしかしたら正神官、さらにその上の上神官に上がっていたかもしれないのに……。
そう考えると、ちょっとしたやっかみもあるのかな?
「なんだ、女。見ての通り、今は、我らは忙しいのだ!! 商売なら、他を当たれ」
下神官と思われる人はわたしに向かってそう叫んだ。
……ほほう?
……って、いやいやいや!
九十九、押さえて、押さえて!!
なんで、言われたわたしよりも先にあなたの怒気が強まっているの!?
外に出してないだけで、内側で凄く体内魔気がふつふつと暴れている。
なんて器用!! って違う!!
押さえて!! お願い!!
「いえ、あなた方の方が、商売の邪魔をされているようなので思わず声をかけてしまいました。わたくしの歌は、そんなにお気に召さなかったようで、申し訳ございません」」
「歌……? あ……」
わたしが「歌」と言ったことで、正神官の方は気付いたらしい。
「もしや、あなたが!! 先ほどの『歌姫』であらせられるか!?」
そう言って、いきなり跪かれた。
いや、一般市民にこの行動。
普通は退きますよ? 神官さま。
「私は、この港町にある聖堂を建立せし者。どうか、お見知りおきを……」
さらにそう言葉を続ける。
ちょっと待て?
聖堂の建立はどの国の神官であっても、「上神官」以上しか許されていないはずだ。
「正神官」はその聖堂の管理を任されるだけ。
建てることそのものは許可されていない。
この人、わたしが何も知らないと思って、平然と嘘を吐いた!?
こう見えても、法力国家でずっと、その辺の知識は叩きこまれているんですけどね?
いや、確かに普通の女性なら知らなくても可笑しくはない。
それを、知っているとしたら同じ道を進む「神女」だ。
これは、もしかして、わたしが「神女」かどうかを確認しようとしている……とか?
そうだとしたら、変に突っ込むこともできない。
「嘘つきめ」
九十九が、わたしの背後で低く呟いた。
『何も考えていないだけだ』
リヒトも、わたしのすぐ横でそう指摘する。
どうやら、いろいろ駄目な人らしい。
恭哉兄ちゃん、これからは、昇段試験だけではなく、降格試験も実施した方が良いと思うよ。
それも、昇段試験以上に頻繁に。
一度、上に乗って下りないと、人は増長してしまう良い例だろう。
「えっと……? 事情が分からないのですが……?」
本当によく分からない。
「貴女様の心揺さぶる聖なる歌声は、『聖女』の名に相応しい」
また「聖女」ですか?
思わずそう言いたくなる。
「その歌声であれば、法力国家におわします『導きの聖女』、『神に愛されし聖女』に遜色はないことでしょう」
片方、本人ですから。
自分に勝るとも劣るはずがない。
「あの、『聖女』って、世界を救った方のことですか?」
この世界で「聖女」と言えば、この人を差す。
いや、この人以外は知られていないというのが正しい。
もっと古の、人類を衰退の危機から救った「救いの神子」たちの存在すら、一般的には知られていないのだ。
そして、現代に生きる「導きの聖女」、「神に愛されし聖女」の2人は、「聖女」と呼ばれているが、どちらも聖女認定を辞退しているため、公式的には「聖女」ではない。
「いいえ、神に認められし、『聖人』のことです」
違う。
聖堂に「聖なる人間」として認定された人のことだ。
神さまは、簡単に人間を認めない。
単なる「暇つぶし」、「観察対象」として見ている。
神さまに認められるのは、それこそ稀なのだ。
そして、そんな人間だけが、「狭間の世界」と言われる場所へ呼ばれ、接触される。
いい迷惑でしかない。
そして、こっちが知らないと思って、勝手に情報改竄しないで欲しい。
そんな些細な言葉で与える誤解が広まったら、どう責任をとるつもりなのだ?
え? 何?
ストレリチア国外に出ている神官のレベルってこんなにも低いの?
「貴女の歌声はまさに天上のもの。神より力を分け与えられしものとしか思えません」
いやいやいや?
褒めすぎでしょう?
わたしは普通に歌っただけだ。
その歌が、単に感受性豊かな方々にクリーンヒットしてしまっただけ。
あの歌は、誰が歌ったって、胸を打つ……。
多分、そう言うことだろう。
「えっと、つまり、どう言うことでしょう?」
「貴女様は、『聖女認定』を受けるべきです! このような場所で歌を歌うより、聖堂に庇護され、その生活は永久に保障されます。そして、恐れながら、この私が後見致しましょう」
ああ、回りくどいけど、やはり、そう言うことですか。
それならば、答えは一択しかない。
「お断りします」
できる限りの笑顔を貼り付けたまま、きっぱりとそう言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




