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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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歌い終わった「聖女」

 どうして、この女はいつもこうなのだろうか?


 それらの言動に特に深い意味はないと分かっていても、それでも嬉しいと思ってしまう自分も、かなりイカれているんだろうけど。


 ずっと傍にいたい。

 その気持ちを素直に口にしただけ。


 この女を護る……。

 そんな理由がなければ、傍にいることすら許されないのだから。


「どうした?」


 オレの言葉に対して、栞は少し難しい顔をして、考え込むような仕草をしていたので、思わず声をかける。


「なんでもないよ。単に、九十九はそういうことを平気で言っちゃう人だよね、と思っているだけ」


 そう言いながら、溜息を吐く。


「そういうこと?」

「『ずっと傍にいて護る』って、普通は恋人に言うものじゃない?」

「そうか?」


 そうは言われても、彼女はオレの恋人ではない。


 だが、惚れている女ではある。

 だから、オレにとって先ほどの言葉にそこまでの違和感はない。


「そうだよ。普通の護衛は多分、言わない」

「そうか? 兄貴も同じように言うと思うが……」


 改めて考える。


 うん、兄貴も絶対言う。

 彼女たちを護ることが、オレたちの存在意義に等しいのだから。


「いや、言わないと思うよ」


 この女は、兄貴の執着心を覚えていない。


 今でこそ、昔よりは抑制できるようになっているけれど、それでも、あの頃の兄貴を知っていれば、そんな言葉は出てこない。


 今よりもっと感情的で、多分、当時のオレよりも、もっと周りが見えていなかったのだ。


 だから、それを知ったセントポーリア国王陛下が、オレたち兄弟に対して、二つ目の「強制命令服従魔法」を施すことになったのだから。


 シオリの言葉(めいれい)に従わせるだけでは、兄貴はダメだった。


 シオリの言葉は、シオリが発することで発動する。

 言い替えれば、シオリがいなければ、オレたちを縛るものは何もなかった。


 だから、それは、シオリの知らない所で行われたのだから。


「恋人……、ねぇ……」


 あの兄貴ですら、恋に惑い、恋に狂う。


 あの頃のオレには分からなかったけれど、今のオレには嫌というほど分かってしまう。


 同時に、オレも、あの兄貴の弟だった、と。


「今は、お前以上に特別な人間なんていないからな」


 結局のところ、「恋人」という呼び名ではなくても、彼女が特別な存在であることに変わりはないのだ。


 想いに応えて貰わなくても良い。

 だが、オレとしては、ここにいることを許されているだけで十分、存在価値がある。


「雄也さんは?」


 ちょっと待て?

 この流れで何故、兄貴?


「……兄貴とお前ではベクトルが違う」


 兄貴が特別であることは間違いないが、明らかにその方向性が違う。


 何より、お互いに嫌だろう。


「ベクトルって何?」

「力のある方向性とかそんな感じの言葉。身内の兄貴と、お前に向ける感情が同じ方向性であるはずがないだろう?」


 恋人……、想う相手と、身内を同列に扱うなんて、おかしいとは思わないだろうか?


「九十九がわたしに向ける感情って?」


 そして、この流れでそうきやがった。


 さて、どう答える?


 オレが使ってはいけないのは、「想いを告げる言葉」だ。


 それ以外なら、決定打になり得ないためか、大丈夫なことはもう分かっている。


「知りたいか?」


 オレは彼女にそう確認する。


 オレの気持ちを知って、お前はどうするつもりだ?


 少しぐらい、オレを意識するか?

 それとも、今まで通り、生殺しを続けるか?


「お前はオレの気持ちを知りたいのか?」


 あえて挑発的に笑った。


 彼女の返事(こたえ)が知りたくて。


「知りたいと言えば、あなたは教えてくれるの?」


 その言葉も表情も、この上なく可愛くて、何も考えずに言葉が出てきた。


「すっげ~、可愛いと思ってるよ」


 嘘を吐かなくて済むのは本当に気が楽だ。


 だが、顔は見れない。


 このまま、抱き締めたくなるのを懸命に我慢して、いつものように耳元に口を近づけるだけに留めた。


「~~~~~~っ!!」


 それだけでも、耳が弱点な主人は、顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。


「も、もう、いっそのこと、九十九はホストに転職した方が良いと思う」


 震える声で、酷いことを言う主人。


 それが、羞恥からの言葉だと分かっていても、胸が痛い。

 そして、半分、本気で言っているからタチも悪い。


 何より、なんで「ホスト」なんだよ!?


「お前、あっさり、クビ宣告するなよ」

「主人を困らせるような護衛はヤダ」


 ああ、駄目だ。


 この女はこの女は何をしても可愛い。

 だから、こんなに酷いことを言われているのに、怒りすら湧いてこなくなる。


 寧ろ、もっといろいろな顔が見たい。


「オレの気持ちを知りたいと言うから、素直に言えば、この言われ方。酷い主人もいたものだ」


 オレはそう言って肩を竦めた。


「もう一回……」

「ん?」


 それは波の音にかき消されそうなほど小さな声。


 先ほどまで、酒場で堂々と童謡を歌っていた女と同一人物とは思えないほどか細い声で……。


「もう一回、『可愛い』って言ってくれる?」


 思考が停止した。

 頬を染めて俯きがちに、オレに願う栞。


 なんだ? これ……。

 もしかしなくても、おねだりってやつか!?


 滅茶苦茶、初めて見る彼女のその状態は、本当に言葉にできないぐらい可愛くて、力の限り、抱き締めたくなる。


「あ~、可愛い、可愛い」


 そう言って、栞の柔らかい髪を撫でた。


 よくぞ、我慢した、オレ。

 必死に耐えた、オレ。


「酷い!!」


 だけど、栞は当然ながら納得しなかった。


 顔を真っ赤にして、叫ぶ。


 ああ、うん。

 オレもそう思う。


 思うけど、仕方ない。


 男の本能のまま、突き進むわけにはいかないのだ。


 オレは、もう怖がらせたくない。

 あの時みたいに拒絶されるのはもう御免なんだ。


「うぐぐぐ……」


 栞はしゃがみ込んで、何故か地面に自分の指で、平仮名の「の」の字を書き始める。


 本当にいるんだな。

 これを書く人間って……。


 オレは天を仰いで……。


「栞」


 しゃがみ込んでいる彼女に呼び掛けた。


「何!?」


 その声の勢いのまま、栞は上を向く。


 一瞬、自分の顔に彼女の前髪が触れるほどの距離で、その大きな瞳が見開かれ、自分を映し出す瞬間を見た。


「お前は本当に、可愛いな」


 こんなに近くで見ても可愛い。

 

「ぎゃふん!!」


 そんな古い言葉を叫びながら、栞は仰け反った。


 相変わらず、見事なまでに身体が柔らかい。


「お前は、本当に色気がねえなぁ」


 だが、今の叫びは、年頃の女としてはどうなのだろうか?


 いくら何でも、男から「可愛い」と言われた直後の言葉として、「ぎゃふん」はないだろう、「ぎゃふん」は……。


 もっと恥じらいを持てと言いたい。


 言いたいが、……そんな彼女すらも可愛いと思ってしまうオレは、もはや臨死を迎えているのかもしれない。


 真央さんの治癒魔法でも完治できないだろう。

 まあ、治癒魔法で病の完治はもともとできないのだが。


「九十九が悪い、九十九が」

「自分の色気のなさをオレのせいにするなよ」


 それに、彼女だって、()()()()()()に、高くて艶のある声を出せることはもう知っている。


 男の情欲を煽るような声を。


 うん。

 これ以上、考えてはいけない。


 良からぬ方向に頭が持って行かれる。


「九十九が悪い」

「はいはい、オレが悪い、オレが悪い」

「ぐぬぬぬ」


 栞は悔しそうに声を漏らす。


 だから、そう言う言葉がすぐに出てくる部分が、「色気がない」と言っているんだよ。

 大体、悔しがる時に、「ぐぬぬぬ」とか、どこの中ボスだよ、お前は……。


 だが、こんな所も可愛いと思うし、安心もしてしまう。

 誰が見ても、今の彼女を「聖女」とは言わないし、思わないだろう。


 オレが思い描く「聖女」という女は、そんなことを言わない。


 ……ってか、そんなやられ役みたいな台詞を吐く「聖女」を望むのは、かなりの勇者、いや、強者(つわもの)だ。


 だけど、オレは知っている。

 この女が本当に「聖女」であることを。


 数々の奇跡を起こしてしまう、聖なる女。


 それでも、今だけは普通の女だ。

 よく笑い、ちょっとしたことで表情を変える、どこにでもいる普通の少女。


 だけど、そんなごく普通の時間もたった一本の通信(横槍)によって、儚くも消えてしまうのだけど。

この話で67章が終わります。

次話から第68章「歌の余韻」です。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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