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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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歌を歌うために

「まさか、あんなことになるとは思わなかった」


 すぐ横で、栞がそう溜息を吐いた。


「まあ、仕方ないよな。歌で、あそこまでなるなんて、誰も思わない」


 いや、実を言うと、オレは少しだけ考えていたのだ。


 この話があった時に、妙に胸騒ぎというか、嫌な予感があったから。


 音楽、歌を聴きなれている人間たちならともかく、あまり聴きなれていない魔界人が、激しく心を揺さぶられるような歌を聴かされたらどうなるだろうか? と。


「魔界人って、感受性が豊か……なんだろうね」


 まるでどこか他人事のように言っているが、あれは恐らく、栞の歌だからああなったのだろう。


 オレや兄貴、そして大神官が歌っても、あそこまでの反応はないと思う。

 単純に音楽の才能、技術の問題ではないのだ。


 その気配はあった。


 あの「さくらさくら」の時。

 不意に、栞が周囲の景色を変えてしまった。


 あれには、オレだけでなく、他の演者たちも驚いただろう。

 例の「思い込みの魔法」が発動したらしい。


 一斉に桜色に変わったように見えただろうが、違う。

 あの瞬間、半透明な桜吹雪が周囲を舞ったのだ。


 触れれば消えるような幻だったし、本当に一瞬だけだった。


 歌に聞き入っていた客たちがその突然の変化に顔を上げて、周囲を見まわす頃には、ほとんど消えていたので、照明の効果に見えただろう。


 自分の手元にあったグラスハープの呑気な音が、腹立たしく思えたぐらいだ。


 聴衆は、効果だと思ってくれたとは思うけど、やはり人前に立たせたのは間違いだったとも思う。


 そのために、こんな顔をさせてしまうぐらいなら。


 自分の能力を自慢し、胸を張れるような女なら良かった。

 だが、突然、得た能力(ちから)に、戸惑い、悩むような女だ。


 どうして、こんな女の細い肩に、いろいろと重いモノが載せられていくのだろうか?

 それも落ち着く暇も与えないほど次々に。


「大人の人、いっぱい泣かせちゃった」


 そう言って、下を向く。


 肩までの黒髪はウィッグの下に収めている。


 今は、赤い髪、紫の瞳。

 そして、ショートカット。


 この長さは人間界で再会した時と同じぐらいなので、少し懐かしく思える。


 化粧は落としているが、それでも、ここまで目立つ色合いに、短い髪である。

 いつもとも違うし、あのどこか神秘的な雰囲気を持つ長い黒髪ほどの印象はないだろう。


 ただ、()()()()()()()()()()()ので、少しばかり胸の辺りにムカつきがあるのだが。


「良いんだよ。あの歌は、大人こそ泣かせるための歌だ」


 子供は親への慕情はあっても、故郷への郷愁はまだ少ない。

 だから、あの歌は子供のうちに習うのかもしれない。


 いつか、大人になり、その意味と痛みと寂しさを知る時のために。


 そして、あの場には、それだけ故郷に思い入れが強い人間たちが多かったのだろう。


 そんな感情は、生まれ育った場所から離れることに慣れているオレからすれば、少しだけ羨ましくも思えるのだが。


 そして、感情というものは伝染するものだ。


 一人が泣き出せば、周囲にいる他の人間の涙腺が刺激され、さらに、その雰囲気に呑まれていく。


 誰もが周囲に流されない心が強い人間ばかりではないのだ。


 それでも、あれだけの号泣、慟哭は少しばかり予想外ではある。

 まるで、故郷には、もう戻れないかのように……。


 今は、あの酒場には兄貴と大神官様がいるはずだ。


 あの2人が対応、事後処理をして、どうにもならないようなら、オレたちにはどうしようもないのだ。


 女性である真央さんは、万一のことに備え、宿に帰した。

 先に帰っている水尾さんと合流すれば、安全は守られるだろう。


 そして、オレと栞は、すぐに宿には帰らず、何故か海を見ている。


 栞が、見たがったから。


 危険がないわけでもないが、今の彼女を見て、あの歌姫と同一視することは出来ないだろう。


 確かにこの港町は、女性が少ないが、いないわけでもない。

 実際、あの酒場には女性の姿もあったのだ。


 少女っぽい小柄な容姿は目立たなくはないが、あの時、少し、底上げをしていた。


 踵だけが高いハイヒールではなく、全体的に高くなる上げ底ブーツを使って、具体的には、12センチほど。


 栞の「仮にも『歌姫』の背が低いとかっこ悪いよね? 」という謎理論のもと、そんな対応をとることになったのだ。


 その方が、印象が変わることは間違いない。


 その上、慣れない靴では、あちこち動き回ることもできないだろうということで、了承された。


 長いドレスで足元を隠していたため、周囲の夢を壊すこともないだろう。

 尤も、それでも、彼女にいる周囲の人間たちがもっと高いので、栞は不満そうだったが……。


 同じ女性である真央さんも170近くはあるもんな。


 オレや兄貴はそれより高いし、大神官はもっと高いので、そこは仕方がない。


 諦めてもらおう。


「わたし、歌わない方が良いのかな?」

「普通に歌う分には大丈夫だろう」


 感情を込めて歌うと、意識しなくても魔法になってしまうなら、感情を込めなければ良い話だ。


「カラオケ、行けない」

「その時は、封印しとけ」


 一時的に魔法を封印する方法は、兄貴が知っているだろう。


「『カラオケ、行く気なのか? 』とは言わないんだね」


 言われてみればそうだな。

 確かにカラオケは、人間界の文化だった。


 だが……。


「全てが終わって、落ち着けば、行けるだろ、カラオケぐらい」


 王位継承権が問題ならば、後、数年の話だ。


 そして、セントポーリア国王陛下は、王子に譲位するつもりで、動いている。

 それが、実の子ではなくても、王族ではある以上、譲位はできるだろう。


 実の子じゃないと周囲にバレない限り。


 まあ、その後のことは知らない。


 あれほど、魔力も魔法力も弱い国王が、玉座に座っただけでいきなりパワーアップするとも思えん。


 後は、あの王子次第だ。

 国民にとっては、気の毒だとは思うが、その辺りまで気に掛ける理由はなかった。


 オレはあの国出身ではあるが、そこまでの思い入れはない。

 良い思い出ばかりではないからだろう。


「落ち着くと思う?」

「後、数年の辛抱だ。お前の父親が引退すれば、お前も追われる理由がなくなる」


 譲位ができるのは25歳以降だ。


 あの王子は、オレたちの一つ上。

 今月の誕生日が来れば、もう19歳だ。


 セントポーリア国王陛下は、栞に手配書が出ていることを気に病んでいた。

 それならば、その原因となる物を早急に取り除きたいはずだ。


 譲位は早い段階で行われると思う。


 もう一度言う。

 国民にとっては気の毒な話だ。


 今のまま、セントポーリア国王陛下が国を治めてくれているなら問題はない。


 だが、あの王子は、あの会合で醜態を晒しまくった、クリサンセマム国王よりも愚鈍な中心国の王として扱われかねない。


 あるいは……。


「何?」


 オレの視線を感じたのか、栞が不思議そうな顔をした。


「見慣れない顔だな、と思って」

「ああ、この長さは久し振りすぎて、落ち着かないね」


 そう言って困ったように笑った。


 人の気持ちを思いやり、我が事のように考える。

 だが、その反面、不要だと思えば切り捨てる強さは持ち合わせている。


 学ぶ意欲を持ち合わせ、必要とあれば、しっかり書物を読み込む。


 外交感覚が高いわけではないが、他人との対話はしっかり飲み込み、その上で、自分の知識も吐き出せる。


 魔力、魔法力ともに申し分ない。

 その上、「聖女」の資質をこの上なく秘めている女。


 セントポーリアの頂点に女王が立った記録はない。

 だが、女が王位に就けないと決まっているわけではないのだ。


 単に王位継承権第一位に男が多かっただけ。


 そして、何故か、昔から、セントポーリアの王族は、女は短命が多い。


 そのために、「聖女の呪い」とも言われているらしい。

 オレは、子孫を呪うような人間が「聖女」と呼ばれる存在になれるとは思わないが。


 だが、この栞が望めば、オレや兄貴が動くまでもなく、簡単に玉座は彼女へと転がり込むだろう。


 あの王子は、セントポーリアの国王が代々所有している神剣「ドラオウス」を抜けなかった。

 現国王陛下の直系血族ならば、必ず抜けるはずのその神剣を。


 そして、栞は抜いてしまった。


 そのたった一点だけのことが、何よりの証明となってしまう。


 だけど、彼女は望まない。

 だから、オレも兄貴も動かない。


「後、数年か~」


 先ほどの話らしい。


「後、数年だ」


 オレは答える。


「それでは、それまで、しっかりと護ってください、わたしの護衛」


 そんな可愛いことを言ってくれる。


「分かってるよ、オレはお前の護衛だからな。」


 だから、オレは笑って言おう。


「ずっと傍にいて護ってやる」


 いつか、彼女に誓った通り、最期の時まで。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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