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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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歌う前の調律

「何、やってるんだ? あの方は……」


 私の口からは、思わず、そんな言葉しか出てこなかった。


「ミオ? あの男を知っているのか?」


 相変わらず、鈍くてとぼけたことを抜かすトルクに私は腹立ち以外の言葉が見つからなかった。


「知っているも何も……」


 私が言いかけて……。


『ミオ』


 自分より小さな身体の男に鋭い視線を向けられる。


 そう言えば……。


「リヒトが言っていたのは、コレか……」


 先ほど、「絶対に何も言うな」と言われていた。


 確かに、マオや高田以上にこんな所に来て良い人じゃない。


『どうも、ストレス解消らしい』


 リヒトはそう苦笑する。


「いや、それでもおかしいだろ?」


 そして、同時にもう一つ疑問がある。


 先に練習を見ていたリヒトが知っているのは分かる。


 だが……。


「なんで、客にそれが漏れてるんだ?」


 内容的に、宣伝するはずもない。


 酒場の店主が多少、見目の良い人間を捕まえたぐらいで、神官たちは簡単に釣れないだろう。


『ミオは知らなかったようだが、あの酒場の店主は、元神官だ。ここに来たはずの上司が「今日は戻らない」と国に連絡を入れれば、確認のために問い合わせは来るだろう。そんな立場にある人間が、先輩たちに嘘を吐けると思うか?』

「ああ、なるほど……」


 そしてその先輩神官たちは止めるよりも、被り付き席で大神官の変装と私服姿、さらに演奏まで拝むことを選んだ、と。


 やはり、あの国には生臭神官しかいない。

 九十九がよく叫んでいたわけだ。


 そして、大神官はもっと顔を変えるべきじゃないのか?


 あの髪色や瞳、眼鏡を装着して、服装を変えたぐらいで、そのお綺麗な顔を残していたら、結局、目立つだけだろ?


 ああ、でも法力は全然、感じない。

 流石だ。


 あれ?

 でも、これって……、婚約者の若宮は知っているのか?


 真っ先に現れそうな気がするのだが……。


『ああ、見えても「ワカ」は夫となる者の仕事の邪魔をしない。仕事と言えば、その内容も確認しないらしい』

「つまり、言ってねえのか」

「よく分からんが、あの男は凄いやつなのか?」


 そして、何故、この男は気付かない?


 お前、会ったことがあるよな?


 会話したこともあるし、何より、カルセオラリア城崩壊の時は、すごく世話になったはずだよな?


「あんなに綺麗な顔をした男がゴロゴロしていたら、目が眩むわ」

「確かにあの男は綺麗な顔だと思うが、俺はマオやミオの顔の方が好みだぞ?」

「馬鹿なこと言うなよ」


 あの天上から与えられたような顔に勝てるとは思っていない。


「だけど、ちょっとマオやシオリに近付き過ぎだな。ツクモやユーヤは何をしているんだ?」

「演奏準備だと思うぞ?」


 そこまで近づいているとは思えない。

 舞台が広くないせいだろう。


 ……って、大神官、アコギかよ!?


 え?

 自前だよな?


 あの人、人間界で何してたんだ?

 そして、若宮はアレを弾けることを知ってるのか?


 さらに、先輩はバイオリンか!?


 なんて嫌な男なんだ。


 この世界にはバイオリンのようなタイプの弦楽器はなかったはずだから、勿論、自前、だよな?


 高校じゃ、そんなの一度も見せてなかったよな?

 先輩こそ、アコギじゃなかったか?


 ……って、ちょっと待て!?

 一番後方にいる九十九のそれはなんだ!?


 ワイングラスを並べてどうする気だ?


 まさか、本当に楽器なのか?

 それとも、今から、呑むのか!?


『思考が忙しいな』

「いや、あれはいろいろおかしいだろ?」


 叫ばなかっただけマシだと思って欲しい。


「どれも変わった楽器だな。へえ、あの男が持っているのは、横にするのか。『ラウテ』のように縦にするのかと思ったのだが……」


 それより、九十九の楽器に突っ込めよ!!


 どう見ても、ワイングラスにしか見えない!!


『ワイングラスだからな』

「だよな!?」

『面白い音だぞ』

「は?」


 リヒトの言葉を確認するよりも先に、それぞれが、その場でチューニングを始める音がする。


 その中に、聞いたこともない音が広がった。

 同時に、店内が一瞬騒めき……、そして、静かになる。


「今のは、なんだ?」


 トルクの言葉はそのまま、私の疑問でもあった。


「音が、いくつも重なって?」


 甲高いような音の直後に広がりのある音が聴こえた気がした。


「『グラスハープ』というらしい。知識があれば、九十九のような素人でもそれなりの楽器に聴こえるそうだ」

「今のは、ツクモが……って、ワイングラス!?」

「遅い!!」


 ここまで気付いてなかったのが逆に凄い。


 確かに後方の目立たない所にいた。

 先輩やマオ、大神官たちの陰に隠れるようにひっそりと。


 だが、私は割とすぐに見つけたぞ?


()()()()()()()()が、()()()()()()()

「え?」


 リヒトの言葉はちょっと意外で聞き返してしまった。


 入って来た時から、あれだけ目立っていたのに?


『ツクモがあの音を出すまで、ヤツの存在を認識していた者は、ここにほとんどいなかった』

「そうなのか?」

『今回は、裏方に徹するようだからな。気配を消している』


 言われてみれば、かなり魔気を抑えていることは分かった。


「でも、()()()()()()()()()()()、割とすぐに目が行ったけどな」

「そうか? あの男や、ユーヤの方が目立つ容姿だぞ? それにシオリだっていつもより長く綺麗な髪で、目を奪われてしまうな。いつも、あれだけ長ければ良いのに」


 確かに高田もいつもより目を引く姿ではある。


 だけど、あの髪の長さは見覚えがあるせいか、懐かしいぐらいの感想しか出てこない。


 いや、あの頃より、少し、長いかな?


 腰よりも長い。

 あの長さでいつもいろとか、維持を考えればかなり面倒だ。


 いや、九十九が張り切って手入れをしそうな気もするが。それも満面の笑みで。


 先輩も大神官も目を引くのは分かる。

 あの2人は目立つよな。


 だけど、いつも一緒にいる2人がいつもより距離が離れているだけなのに、逆に、九十九の方に視線が流れる。


 どうせ、高田を見守って、いるよな。

 当然だ。


 今日も変わらず、安定した「護衛精神」に恐れ入る。


 あの「ゆめの郷」で「発情期」の心配もなくなり、昼も夜も共に過ごした時間が多かったせいか、今まで以上に仲良くなった主従。


 特に、九十九の方が明らかにその雰囲気を変えた。


 いろいろなものを捨てて自信を持ち、余裕ができる男がいるが、そんな変わり方とはなんとなく違う。


 恋心を自覚して、偏狭になっている感じでもない。

 まあ、以前から見られていた「偏狂」はより酷くなった気もするが。


 隠さなくなったというのはあるだろう。

 抑えなくなったというのも。


 だが、それ以上に、主人に対しての愛情がより深くなった気がしている。


 執着が強くなった、というのはなくはないが、もっと、なんだろう?

 感覚的すぎて、私に表現しきれないのだけど。


『調律が終わったようだぞ』


 そんなリヒトの声で、私は、正面を見る。


 見ると、高田が「声音石(せいおんせき)」と呼ばれる、マイクのように声や音を周囲に広げる魔石を握っていた。


『こんばんは、そして、初めましての方がほとんどだと思いますので、初めまして。本日、歌を担当させていただく『サクラ』と申します』


 聞きなれているはずの声。


 だけど、「声音石」を使うだけで、いつもと違う声に聞こえるのは何故だろう?


 しかし、サクラ?


『偽名らしい』

「ああ、そうか」


 高田の名前、「シオリ」は自分の国から手配書に記されてしまっている。

 本名を名乗ると危険というわけだ。


「可愛らしい名だな」

「高田の故郷の花の名で、ああ、この大陸では『ムアムシュリク』がよく似ているな」

「あの小さく白い花が咲く大樹か。捨てる所がなくて良い樹なんだよな~」

「桜、切るなよ」

「しかし、樹皮やその中身である木部だけでなく、葉も、花も、根も、実も、枝も、樹液すら薬の材料として使えるのだ。しかも……、植えて育つまでが早い。それならば、育てて使うだろ?」


 うん。

 この男に風情はない。


 この男にとって、花や木は全て、薬の材料だ。


 九十九はどうなのだろう?


 高田が「桜」を名前として選んだってことは、それなりに思い入れがある花だと思うのだけど……。


『それでは、一夜の夢にお付き合いください。そして、目が覚めたら、ここでの夢は全てお忘れくださいますよう、お願いいたします』


 それは、鈴が鳴るような高く透き通った声。


 だけど、それがどこか神秘的だったためか、身近にいた可愛い後輩が、なんとなく違う世界に行ってしまうようなそんな錯覚を覚えたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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