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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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「歌」の酒場

 薄暗い中、私の前にはグラスが置かれていた。

 それを手に取って、口に付ける。


 桜色の綺麗な酒だ。

 酒精も強く、そして、なかなか好みの味でもある。


 会員制の酒場に来るのは、久し振りだった。


 尤も、ここの客層は、以前行ったことのある高級感漂うような場所ではなく、馴染みの客ばかりといった印象ではある。


 港町の酒場など、そんなものだろう。


 だが、それも良い。

 行儀の良い連中しかいないような場所で、落ち着いて呑むことなんかできるものか。


 会員制ということで、本来、一見さんである私たちは、立ち入れないはずなのだが、今回は身内が世話になると言うことで、急遽、会員登録され、ここに入店することを許可された。


 会員は、2時間(こ く)ほど飲み放題。

 勿論、高い酒ではないようだが、それなりに美味いので良しとする。


「ちょっと早くないか?」


 同じような経緯で、入店を許可された目の前の男は、どこか呆れたようにそう言った。


 その琥珀色の瞳が非難するかのような色を見せている。


「そうか? 結構、早くから待っているのに、まだ催し物が始まる様子はないぞ?」


 流石に開店前から入っているので、文句を言うつもりはないが。


「そっちじゃなくて、お前が酒を吞む早さのことを俺は言っているんだよ」

「国ではこれが普通だった」


 寧ろ、私はマオよりも呑まない。


 今回、ヤツは催す側に回ったが、それがなければ、私以上にカパカパと湯水のように呑んでいたことだろう。


 でも、目の前の男のペースに合わせていたらほとんど呑めないとも思う。


『ミオの国を基準にされても困るそうだ』


 褐色肌の少年……、に見える男はそう言った。


 彼も催す側には回れなかった。

 楽器や歌も、その知識すらないのだ。


 この男にあるのは、高田の機嫌が良い時に、口から出てくる高低のある音……、ぐらいだ。

 それすらなかった時期よりはマシだろうが。


 長耳族に音楽の文化はなかったらしい。


「シオリは、歌が上手いのか?」

「まあ、普通?」


 過去に聞いた限り、下手ではないと思う。


 だが、上手いかと言われたら、彼女の歌は、「声が高い」という感想の方が先に出てくる気がする。


 今でも時々、聴こえる童謡はそこまでではないのだが、J-POPと呼ばれる歌謡曲となると、何故か通常の歌より、少し音が高くなってしまうのだ。


 あれが私には凄く不思議なことだった。

 もともと高い歌でも、さらに高く歌おうとするのだ。


 謎でしかない。


「まあ、トルクと比べたら、大半の人間は上手いけど」

「悪かったな」


 ポツリと私が零した言葉が聞こえていたらしい。


 分かりやすく不機嫌な声を出す。


「あそこまで音を外すのは、一種の才能だよな」


 だが、聞かれて困ることではないので、そのまま私は続けた。


 本当にこの男は、見事に音を外すのだ。

 しかも、テンポも守れない。


 手で拍をとっているのに、何故、あんなにズレてしまうのか?

 同じ耳を持っている人間だとは思えない。


 実は、どこかに耳の機能を落としてきたのではないだろうか?


「ストレリチアのように、音楽が日常的に聴けるような国と一緒にするな。俺たちの時を告げる音は、常に『時砲』だったからな」


 ストレリチアは正午になるたびに、城内にも、城下にも、大聖堂からの「聖歌」が響き渡る。

この男はそれを言いたいのだろう。


「いや、アリッサムにも、音楽は日常にはなかったよ」


 アリッサムで時を告げていたのは、城の中央塔に付けられている鐘の音だった。


 決められた時間に、カランカランと一定の音が、「鐘鳴(かねなり)」と呼ばれる担当の手によって、国の中心である城のてっぺんから鳴り響く。


 対して、カルセオラリア城は城下の空気を震わせるほど激しい音だった。


 そこまでしなければ、機械国家の建物に籠る機械好きたちには届かないのだから仕方ないというのがかの国の言い分である。


 でも、今はどちらの音も全く聞こえない。


 カルセオラリア城は崩れ、アリッサム城は消滅した。

 尤も、カルセオラリア城の方は復旧できなくはなさそうだけど……。


『ミオ……』


 どこか気遣うような紫の瞳が目に入った。


 その事情も、私の胸の内も理解できてしまうだけに、彼も痛ましい顔をしている。


「大丈夫だ。もう慣れたよ」


 それでも、ふとした時に思い出す、我が国。


 それが無くなったと聞いてから、既に三年近く経つ。


 日々の喧騒に気を紛らわせていても、こんな風に静かな場所に来ると頭に浮かんでしまうのだ。


 だが、やはり、自分の目で故国のあった場所を見たくはなかった。


「トルクは、魔法国家の、アリッサムの跡地を見たことはあるのか?」

「一度だけある。立場的に見ておけと、こ……、いや、父に言われたからな。兄上は何度か足を運んだようだし、メ……、妹も、セントポーリアから戻った後に、見に行っているはずだ」

「そうか……」


 カルセオラリアの王族は、ちゃんと見てくれたのか。

 その上で、マオを引き取る結論を出してくれたのか。


 だが、お互いにそれ以上は続けない。

 私は、桜色の酒を飲み干す。


「ミオが呑んでいる酒。酒精はどれぐらいだ?」

『酒精、『20度』とあるな』


 褐色肌の男は私のすぐ傍にある瓶を手に取って、確認する。


 文字も数字も読めるようになったようで、良かった。


「それは結構、強くないか?」

『俺にはよく分からない』


 そう言って、褐色肌の男は首を振る。

 お前は酒を呑まないヤツだもんな。


 店内は既に満員。

 いや、恐らく、いつもよりも客は多いだろう。


 港町ということもあるせいか、女より圧倒的に男の方が多い。


 でも、女も何人かいる。

 勿論、男連ればかりだが。


 但し、ここにいるのは付き合っているのか、付き合わせているのかは分からない。


 席は少し狭い感覚で用意され、さらに、立ち飲みをしている客もいる。

 それだけ、この店が開くのを待っていたと言うことか。


 この店が閉まっていたのは三日ほどだと聞いていたけど、それだけで、こんなに待ち人が現れるか?


 それに、気のせいか、「神官」と呼ばれる種類の人間がこの場にいるような?

 いくら服装を変えた所で、その身に纏う法力の気配は誤魔化せない。


 それほどの強い気配、「正神官」以上が混ざってやがる。


 お前らもっと誤魔化し方を覚えろ。

 どこかの護衛兄弟は、大神官級の法力の気配が漂う法珠を、ほぼ完ぺきに隠蔽しているぞ?


 少なくともあの左手首に付いている「護符(アミュレット)」は、持ち主に相当、近付かなければその気配も分からない。


 しかも、「護符(アミュレット)」自体が本人専用の装飾品となるほど完璧に一体化してしまっているので、法力の気配を感じなければ、その存在を意識もできないほどになっている。


 いや、それ以前の話で、神官が酒場の会員登録してるんじゃねえ!!


 普通に考えれば、別の目的があって潜入しているとは思う。

 神官たちが、本当にこんな港町の酒場にわざわざ会員登録しているとは思えない。


 神官たちに「酒を呑むな」という規定はないはずだが、「酒に呑まれるな」という規定はあったはずだ。


「なあ、リヒト」

『違う』


 私が質問をする前に、既に答えは用意されていたらしい。


「何の話だ?」


 一人、事情を理解できない男は問いかけてくる。


『周囲の目的は「卵」じゃないと言っただけだ』

「『卵』? ああ、そう言う……」


 本当に理解できているかは分からないような返答。


 この男は、周囲に神官が紛れ込んでいることに気付いているのだろうか?


『ミオが気にしている者たちの目的は別の人間だ』

「別の人間? まさか、マオ?」


 ああ見えても、マオは魔法国家アリッサムの生き残り、それも……王族だ。

 さらに誰もが分かるぐらいの魔力を内包している。


 まさか、それに気付かれて……。


『それも違う』

「違うのか?」


 リヒトの言葉に、トルクがホッとしたように呟いた。


 だけど、ここに紛れ込んでいる神官たちの目的が「聖女の卵」でもなく、「魔法国家の王族」でもない。


 それならば、一体、何が目的だというのだろうか?


()()()()()()

「「一目で?」」


 リヒトの短い言葉に、私とトルクの声が重なった。


『そして、絶対に何も言うな』


 どうやら、私たちよりも先に来て、練習風景まで見ていた彼は知っているらしい。


『始まるぞ』


 リヒトの声と共に、照明が落とされた。


「さあ、紳士、淑女の皆さま。大変、長らくお待たせいたしました。本日は、神秘的な歌姫をお招きしての夜となります。どうぞ、お時間の許す限り、ごゆるりと一夜の夢をお楽しみください」


 そんな挨拶と共に、割れんばかりの拍手。

 この酒場って、そんなに評判が良いのか?


 だが、そんな疑問はリヒトの言う通り、すぐに氷解した。


 いつもよりもかなり長くなっている黒髪の少女や見慣れた人間たちの後ろに、焦げ茶色の髪、黒い瞳、濃藍の眼鏡をかけた背が高い青年の姿を見たその瞬間に。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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