歌を選ぼう
「凄い……。『グラスハープ』を演奏できる人間が、この世界にいるなんて……」
真央先輩がかなり嬉しそうに言った。
その手には銀色のフルートが握られている。
それは良い。
「あの世界の経験は本当に何に役に立つか分からないね」
雄也さんがバイオリンを持って、音の確認をしている。
その姿が嵌りすぎて怖いが、それも良い。
問題は……。
「人前で演奏するのは久しぶりで緊張しますね」
貴方です、恭哉兄ちゃん!!
なんで、こんな所にいるのですか!?
目が覚めたら、彼の美しい顔があったので、思わず叫びました。
今回は、不意打ち過ぎて、我慢できませんでした。
それも、しかも笑いながらも、その手に持って、音の確認をしているのはアコースティックギターだと!?
楽器の選択が意外過ぎて、誰もツッコむことができない。
なんでも、人間界にいた頃、楓夜兄ちゃんから勧められたらしい。
これなら、どこに持って行っても、弾けるからと。
確かにこの世界でも弾けるけど!!
個人的には、ゲームに出てくるような吟遊詩人が持っている竪琴とかリュートとかのイメージでした。
因みに、雄也さんもアコースティックギターを持っているそうだ。
ハイスペック過ぎて、この人にもこれ以上、何も言えない。
そして、これだけの面子が集まってしまって、酒場の店主さんも、大変、お困りの御様子。
いや、一番困っているのは、大神官の存在か。
本来、大聖堂にいて、国規模の儀式でしか他大陸に渡らないはずの存在が、楽器を手にして、こんな所にいるなんて、夢を通り越して、悪夢に近いだろう。
大体、どんなに見習神官のようにポニーテールをして、眼鏡をした上で、普通の格好をしていても、その長身と溢れんばかりの美貌が隠せると思っているの!?
いや、神官装束や人間界の制服姿以外の恭哉兄ちゃんの姿を見るのは、わたしも本当に初めてだけど!!
大神官って知っている人は知っているよね!?
そうは言ってみたけど、「大神官の顔は貴族や神官以外には知られていないものですよ」と返されてしまった。
いや、顔!
一般以上のその顔!!
絶対、目立つから、話題性抜群すぎるから!!
それだけでなく、真央先輩や雄也さん、九十九だって目出つ顔なのに……。
『シオリ……、諦めろ』
リヒトがわたしを気の毒そうな目で見ながらそう言ったが、どうしてこうなった!?
あれ?
始め、わたしが歌の指導をするだけの話だったよね?
『そこにユーヤとマオが来て、こうなった』
「止めて、リヒト……」
『ツクモに止められなかったようなことを、俺が止められると思うか?』
九十九は既にいろいろ諦めた顔をして、ワイングラスの調整をしている。
それも無理はなかった。
目上の人間しかいない場所で、彼に抵抗できるはずもないのだ。
『シオリが「命令」すれば、ユーヤは止められると思うが……』
「それは何か違う……」
そして、この状況でユーヤさんだけ強制的に止めるのも何か違う。
『俺は……、聞いてみたいと思うが……』
わたしだって本心はそうだ。
だが、大神官にこんな酒場で演奏、それも、レアな私服で、さらに言えば、もっとレアであろうアコースティックギターを弾く姿。
ワカにどれだけ恨まれることか。
『絵に残すのはどうだ?』
「いや、それでも生で拝めないのは……」
しかも、これだけの美形たちをわたし如きの絵で表現することは無理だ!
「いや、それは言わなければ良いんじゃないか?」
わたしたちの会話を聞いていた九十九が自然と突っ込む。
「姿絵屋さん、いるかな?」
「聞けよ!!」
いや、分かってるんだよ。
言わないのが一番平和的だって……。
でも……。
『この図を残さないのは人類にとって、損害らしいぞ?』
「いちいち規模がでけえよ!!」
人の思考まで突っ込まないでいただきたい。
酒場の開店まで、後2時間ほどだと聞いた。
その間に練習しないといけない。
しかし、これだけの楽器と背後に美形なメンバーを揃えて、今からわたしが歌うのは童謡だという。
その事実に動揺したくなる。
だけど、このメンバーたちが、確実に知っている共通の曲となれば、その辺りになるのは仕方ないだろう。
「これ、グラスハープが浮くな……」
いや、そんなことはない。
絶対、わたしの歌が一番浮く。
それ以上に、わたしが浮く。
お顔の造形が一人だけ極端に違うから。
『シオリは十分、綺麗だぞ』
「ありがとう、リヒト」
リヒトが本心から言ってくれているのは分かる。
でも、わたし以上に整っているあなたから言われると、すっごい複雑です。
「何から弾く?」
笑顔で尋ねてくるその余裕が羨ましいです、真央先輩。
「この中だと、これらが無難かな」
そう言いながら、雄也さんが書かれている紙に印をつけていく。
「栞ちゃん、これの原語版はいける?」
「これは、一番ぐらいなら。こっちは日本語訳しか知りません」
これ、外国の歌だったのかと思うような歌がいくつも並んでいる。
「連続で歌わせる必要はないんじゃない? 交替で、休憩を入れつつ、演奏だけもありなら、この辺がいけるんじゃないかな」
真央先輩が別の色で印をつけていく。
曲だけでも愛用のフルートで吹きたいらしい。
「これ、この世界では、意味が伝わりますかね?」
わたしが目に付いたのは、人間界の植物の名称が入った秋の歌だ。
上手く、自動翻訳されるだろうか?
「この歌は景色を歌った綺麗な歌だから、名前の意味が分からなくても、ある程度、雰囲気だけでいけると思うよ」
「実は、この歌、わたし、低音パートの方が好きなのですが……」
厳密に言えば、低音パートと言うより、コーラスに近い気がする。
「良し、九十九。高音パート歌え。お前はこれらの楽曲の全てを弾けるわけじゃないだろう?」
「確かに弾けねえけど、声質考えたら、普通、逆じゃねえか!?」
「一番と二番で逆にしてみたら? 最初、九十九くんメインパート。二番で高田がメインパート」
「「つられるかも……」」
わたしと九十九が同時に答える。
そんな感じで、次々と歌を決めていく。
「懐かしいですね、唱歌」
「これらを童謡と言わない辺り、ラーズ様らしい」
真央先輩は違和感なく、恭哉兄ちゃんの仮名を呼ぶ。
「ラーズ様はこれらの歌はどれぐらい弾けますか?」
「ある程度は大丈夫ですよ。アコースティックギターは他の楽器に比べれば、多少、誤魔化すこともできますので」
「コードを誤魔化せる技術って結構凄いと思うのだけど……」
「そこは慣れです」
雄也さんは頷いているが、真央先輩は少々、驚いている。
わたしは割と、ここまでの会話の全てに驚いているけど。
「私は、この歌が一番好きなのですが……」
「こっ!?」
恭哉兄ちゃんが指差した歌に、九十九が絶句した。
ある意味、日本で一番有名な歌だ。
白地に赤丸の旗が掲揚される図を思い出す。
「ラーズ様、なかなか冒険心溢れる選択だね」
ああ、うん。
真央先輩の言う通り、冒険心が溢れている気がする歌だ。
「儀式のたびに歌われるので、調べたことがあります。この歌は、古くは、長寿を願い祝った歌ですよね?」
「日本の歌としては、かなり古く、解釈も分かれる歌ではありますね」
わたし、実は、長きに亘る恋の歌だと思っていた。
そんな歌を堂々と、外国に行って歌える日本人、凄いと思っていた。
長寿を祝うのならおかしくはなかったのか……。
無知って恥ずかしい……。
『シオリ、解釈はそれぞれだ。実際、その歌に関しては、受け取り方がそれぞれ違っている』
「うん、ありがとう、リヒト」
まあ、古い歌集に載っている古い歌だ。
しかも、詠み人知らず。
うん、現代人たちがいろいろ言っても仕方ないね。
しかし、この歌をこれらの楽器で伴奏するって……。
わたし、ピアノ伴奏でしか聞いたことがないのに。
いや、この歌だけでなく、他の童謡だって……、ほとんどがピアノ伴奏しか聞いたことがなかった。
何より、人前で、歌うの?
それも、独唱で?
基本的にコーラスしか担当したことがない人間が?
しかも、このメンバーで!?
本当にどうしてこうなった!?
もはや、わたしの胸中には「不安」の二文字しかないのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




