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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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懐かしい歌

「楽器が発展しなかった理由? あ~、思い当たるものはいろいろあるし、はっきりと言いきれないが、一番の理由は、この世界には魔法があるせいだと思うぞ」

「魔法があるせい?」


 水尾先輩との会話で気になったことを、なんとなく九十九に聞いてみた。


「魔法があるから、難しい原理とかを組み立てる科学的なものは研究されていない。音響学なんてほとんど研究されていない領域じゃねえかな」

「音響学?」


 聞いたこともない言葉が出てきた。


「音に関するあらゆる現象を扱う学問のことだな。音楽だけじゃなくて騒音とかを含めた音の研究をする学問だったはずだ」


 オレは専門じゃねえから分からないけど……、と九十九は付け加えたが、彼はわたしよりずっと勉強していると思う。


「弦の長さで音が変わることが分かっているから、弦楽器はあるな。空気を利用することで音の変化があることも分かっているから、笛もなくはなし、聖堂にはパイプオルガンもあった。単純に大量生産に向かないから、一般市民に馴染みがないだけって気もするが……」


 九十九はそう言った。


「なるほど。確かにないわけじゃないね」

「この世界の歴史に、人間界みたいな芸術に特化した時代がないというのはあるな」

「そんな時代あるっけ?」

「音楽史なら中世、ルネサンス、バロック、古典派、ロマン派、近代、現代……だったはずだ」

「九十九の知識って時々変な方向にあるよね」


 ルネサンスと、バロックはなんとなく覚えがある気がしなくもない。

 歴史は好きだけど、世界史の文化面を細かくは記憶していなかった。


「いや、これは確か音楽の授業で習った気がするが?」

「音楽はクラシックの作曲家の名前で覚えているからな~。ヴィヴァルディ、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ショパン……」

「お前の知識の方が明らかに偏っている」

「そうかな?」


 わたしの方が一般的だと思うけど……。

 作曲者の名前と曲名のセットで覚えるのが普通じゃない?


 時代の方で覚えている人ってどれぐらいいるもの?


「ところで、さっきから九十九は何してるの?」


 例の休業中の酒場に来て部屋で待っている時、九十九はどこからかワイングラスを取り出して、台に広げ始めたのだ。


 酒場に来て、わざわざ自前のグラスをいろいろ出すって不思議だなと思って見ていたのだけど、さらに水を注ぎ出したので聞いてみた。


「いや、お前がさっきグラスハープの話をしたからちょっと久し振りにやってみようかと」

「やってみようかと思ってできるもんなの!?」


 しかも久し振りって何!?


「小学生の頃、夏休みの自由研究として、やったことがある」

「何、研究してるの!?」


 いや自由研究って、確かに「自由」だから、それもありと言えばありなのだけど……。


「テレビで観て面白そうだったから、原理を調べた上で兄貴とやってみたんだよ」

「しかも、兄弟の共同研究!?」

「水の動きとか見ていると面白いぞ」


 本当に不思議なことをやっている兄弟だ。


 あ、あれ?

 でも、わたしが「グラスハープ」という言葉を知ったのも、確か、小学校の頃だった気がする。


 それってよく覚えていないけど、テレビの影響だったのか?


「あ~、でも、水の量は流石にちょっとうろ覚えだな。少し鳴らして調整するか」


 そう言いながら、九十九は指を濡らして、ワイングラスの淵を綺麗になぞると、なんとも言えない不思議な音が部屋に鳴り響いた。


 キュイ~ッという少しだけ耳にくる甲高い音と、ほわわ~んと広がりを見せるような音が混ざった不思議な音だ。


 少しずつ水を調整しながら、音階を確かめている。


「よく倒れないね」


 ワイングラスは薄くて足の細いものを使っているように見える。


 少し触れただけで、簡単に割れそうで倒れそうなのに、九十九は気にせず、次々と触れていく。


「流石に魔法で足は固定化してるよ」


 九十九がそう言って笑う。


 少しずつ、知っている音楽に聴こえてきた。


「これって……メ」

「『Mary Had a Little Lamb』だ。アメリカで実際にあった出来事を、『(nursery )( rhyme)』とした有名な曲だな」


 わたしが有名な日本語の曲名を口にしようとしたら、九十九はそれを遮るように英語で答えた。


 そっちも聞き覚えはあるけど、日本語版で覚えている身としては、ちょっと違和感。


 そして、この曲って、ナーサリーライムってやつだったのか。


 ナーサリーライムって、イギリスのマザーグースと同じ物だと思っていたけど、アメリカであった出来事ってことは……ちょっと違うのかな?


「歌っても良い?」

「英語版は歌えるか?」

「い、一番だけだったら」


 それもちょっと自信はない。


 え?

 日本語版はダメですか?


 いや、一番だけなら歌えなくはないけど。

 同じ歌詞を繰り返す部分が多いから。


「歌われると、思っている以上に、意識がそっちに持っていかれるな」

「わたしは伴奏があった方が歌いやすいけど……」


 弾き手と歌い手で感想が割れた。


 でも、確かに弾き語りだと難しかった覚えがある。

 それをできた母って凄い。


「……というか、お前の英語の発音に意識がつられる」

「じゃあ、日本語版にしようか?」


 確かに九十九ほど綺麗な発音はできないけど、そこまで酷いかな?


「いや、もっとテンポの遅い童謡の方が良いかもな」

「テンポの遅い? じゃあ、ぞ……」

「それはこの世界にいない生物の気がするから、別の歌で」


 言いかけてすぐ、九十九の制止がかかる。


 鼻の長い生き物の親子愛の歌はダメらしい。


 それならば……。


「スコットランド民謡曲『オールド・ラング・サイン』」

「……つまり、『蛍の光』だな」


 ぬ?

 これは日本語で良いらしい。


 ……というか、何故分かる?


「だが、それはオレが弾けん」

「難しくないよ? 楽譜、起こそうか?」


 有名な曲で、何度か弾いているからまだ多分、覚えているはずだ。


「お前、楽譜を起こせるのかよ。だが、悪いがオレは譜面が読めん」

「それでグラスハープができる理由が分からないのだけど!?」

「グラスハープに楽譜があると思うか?」

「ごめん。九十九が知らないだけで、ちゃんとあると思ってる」


 どんな楽譜かは想像できないけど、ハンドベルだって楽譜はあるのだ。

 恐らくはある……、もしくは、作れると思う。


「テンポの遅い音楽……、『さくらさくら』?」

「ああ、それなら弾ける。確か、これだろ?」


 九十九の濡れた指から、再び響く音。


 聞き覚えのある旋律が部屋に広がっていく。


 だけど、その音に思わず……。


「ちょっと待て!」


 そんな声と共に、いきなり、音が止まった。


「ふへ?」


 なんで止めるんだろう?


 せっかく、懐かしい音を聞いていたのに。


「あれ……?」


 なんか頬に流れてる?


 それが何かを確認する前に……。


「ああ、この阿呆!!」


 そう言いながら、九十九はわたしを、何故か頭を掴んで抱き締めた。


 そして、そのまま、彼の胸元に顔を押し付けられる。

 顔を動かせないほどしっかりと、息苦しいくらいに。


「もしかして……、わたし……泣いてた?」

「おお」


 自分のくぐもった声に、九十九が短く答える。


 この状況で考えられるのはそれぐらいしかなかった。

 頬に何かが流れて、九十九が焦って、わたしの顔を隠そうとするなんて。


「それは、ごめん」

「謝るな」


 九十九の低い声が身体に響く。


「お前は何も悪くない」

「でも……」

「悪くない」


 さらにそう念を押されるように言われたら、黙るしかない。


 どれぐらいそうしていただろうか?


「人間界に……、()()()()()()


 不意に九十九がそんなことを口にした。


「ううん」


 そんなことは無理だと分かっている。


 人間界への扉となる「転移門」と呼ばれるものがあるのは、城だ。


 そして、その「転移門」は、基本的にその国の王族の許可がなければ使用することができないとされている。


 カルセオラリア城崩壊の時に、許可を得ず、うっかり使用してしまった気がするけど、あんなの特殊事例だ。


 しかも、大怪我をしている王族を背負っているような状況だったからセーフだ。

 実際、何もお咎めなしだったし。


「戻りたくて涙が出たわけじゃないよ」


 それは確かだ。


「ただ、懐かしいなって思っただけ」


 今は、日本の季節で3月末。

 わたしがずっと育ってきたあの町の、あの丘は、今頃、桜色に染まっている時季だろう。


 不意にそう思っただけだ。

 それ以上の感情は……、本当になかった。


「そうか……」


 九十九はそれ以上、何も言わなかった。


 だから、わたしは何も言わずに、ちょっとだけ苦しい思いをしながら、彼の心臓の音だけを聞いていたのだった。

作中ではっきり歌のタイトルを出せない曲は、著作権的な話だったりします。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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