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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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行方不明の歌姫

「私はこの街の南に酒場を構えているのですが……」

「断る」

「まだ何も聞いていないでしょう?」

「お前、酒場に女を誘う時点で、普通じゃねえだろ!?」


 こんな港町にある酒場の人間が、明るいうちに男連れの人間に声をかけたなら、客引きではないだろう。


 酒飲みなら、集団の男に声をかける。

 周囲は男ばかりなのだから。


 それ以外で考えられるのは雇用だが、見目だけで選ばれたなら、給仕担当ではなく、接客担当の方だ。


 冗談じゃない。


『話を続けてくれ』


 待て、何故、お前が仕切った?


『話が進まんからな。気の毒だ』

「そうかよ」


 つまり、リヒトにとって、栞に話を聞かせる価値があるということか。


「その酒場と言うのが、歌と音楽を売りにしているのです」

「歌だけではなく? それは珍しいな」


 思わず反応してしまった。


「はい。おかげさまで、遠方からも足を運んでいただいているようです」


 男は嬉しそうにそう答える。


 人間界では珍しくもない歌や音楽付きの酒場。

 それは、この世界では大変、珍しいものだった。


 聖歌を日常としていたストレリチアの方が、この世界では一般的ではないのだ。


 まず、楽器と呼ばれるものが少ない。

 だから、演奏する者も、それを教えることができる者がいない。


 そうなると歌だけとなるが、歌だってそう種類が多いわけではない。

 ましてや、酒場の雰囲気を邪魔しない歌となればかなり難しいだろう。


 その上、音楽とは……。


「しかし、肝心の歌姫が、その、()()()()()()()()()()()()()ようで……」

「うわぁ……」


 栞がなんとも言えない声を出す。


「その歌姫の代わりになれと?」


 なるほど……。

 声を掛けてきたのは、音楽の知識、歌の技術があると判断したからか。


 確かに、栞は、人間界で音楽の授業を受けていたために、ある程度、知識も技術もあるだろう。


 声の伸びが、普通の魔界人とは違うのだ。


 だが、この女を酔っ払いどもの前に立たせろと?


「いえいえ、まさか! 旅の方にそこまでお願いするわけには参りません。ただ、その先ほど歌った歌以外にも何か作られていたら、教えていただければと思っただけでございます」


 歌を教えるだけ……。

 それならば、思った以上に危険がないようだ。


「えっと、わたしが作ったわけではないのですが……」


 人間界の歌だからな。


「そうなのですか?」

「そうなのです。それに、故郷の歌なので……」

「それで構いません。是非とも、ご教授いただければ!!」

「どうしよう?」

「……()()()()()で」


 危険がないなら、そこまで縛る気もない。


「著作権的なアレやコレは大丈夫かな?」


 何を気にしているんだ、何を。


「世界が違うから、訴えられることはねえよ」


 この世界に著作権などの知的財産保護の法律がない。

 そもそも他人の作った物を我が物顔で自分のものだと偽る意味がないのだ。


 良い物は良いし、悪い物は悪い。


 名前で左右されることは少ないし、絵や書物などもその内容に価値を見出すだけで、製作者で金額が変わることはない。


 好きに歌って、好きに描いて、好きに作るだけ。

 ある意味、完全、実力主義である。


「教えると言われても、あまり音楽の知識はありませんよ?」


 自覚のない女はそんなことを言うが、それでも、人並み、いやこの世界では高レベルで持っているだろう。


 それに、人間界の音楽だけではなく、ストレリチアの教育で「聖歌」の知識もある。

 ストレリチアでは、ボイストレーニングをさせられていた。


 主に、人間界で演劇の経験があるというストレリチアの王女殿下直々に。


 「聖女の卵」として、人前で歌う時に恥ずかしくないようにと。

 あれから、確かにこの女の歌も変わった気がする。


 本格的に歌う機会はそう多くなかったから深く考えなかったけれど……。


「構いません!! 是非ともご教授を!!」


 栞の反応を好感触と判断したらしい。


 攻めの一手に変わっている。


「この場ですぐ返答はできません。後から伺うという形でよろしいでしょうか?」


 だが、この女は呑気な言動に反して、意外にも慎重な行動をとる。


「……分かりました。良い返事をお待ちしております」


 そう言って、男はオレに名刺のようなものを渡して、立ち去った。


 書かれているのはスカルウォーク大陸言語で書かれた単語。

 そして、簡単な地図だった。


「『Singen』? 店の名前かな?」


 栞が横から覗き込んでくる。


 なんとなく、良い香りがするけど、今はそちらに意識を割かないようにしなければ!


「スカルウォーク大陸言語で、『歌う』だな。店の名前にしてしまうほど、歌を売りにしていれば、歌姫の不在は痛手だろう」

「歌姫を教育しろってことだよね?」

「話を聞いた限りではな」

「でも、ボイストレーニングって、一朝一夕で簡単にできるものじゃないのだけど……」


 栞は遠い目をする。


 何かを思い出しているのだろう。

 主にストレリチアの王女殿下のこととか。


『声の出し方と、腹筋の鍛え方をつたえるだけでも随分、違うだろう。基礎的なことだけ教えて、後は、その人間の努力次第……で良いのではないか?』


 あの男だって、本気で素人が少し指導したぐらいでどうにかなると思っているわけではないだろう。


 それにこの世界では、人前で歌えるだけでも全然扱いが違う。


「やってみても良いもの?」


 上目遣いで確認する。


 やってみたいらしい。


「兄貴に相談してからだな」

「それは当然だね」


 まあ、危険がない以上、反対はないだろう。


「楽器とかの指導なら、真央先輩に任せるんだけど」

「ああ、あの人。吹奏楽部だったらしいからな」

「おや、よくご存じで」

「楽器について、かなり熱く語られたことがある」

「ああ、確かにかなり熱いよね」


 栞が苦笑した。

 どうやらあの状態の真央さんを知っているらしい。


「九十九は何か経験がある?」

「鍵盤ハーモニカとリコーダー」


 それらは「壊滅的」と兄貴から称されたが。


 流石に、他に演奏経験があったトライアングルやタンバリン、カスタネットについては口にしなかった。


 なんとなくだ。

 それ以外に理由はない。


「ああ、人間界の小学生と中学生経験者だもんね」

「お前は?」

「本格的にやったことはないけど、ピアノなら少し弾けた。簡単な曲ぐらいしか弾けなかったどね」

「……意外だな」

「でも、何年もやってないから、もう指は動かないと思うよ。『バイエル』の入門曲ぐらいなら、楽譜があったから弾けるように頑張ったけどね」


 そう言われても、その「バイエル」とやらが何の曲かも分からない。

 だから、「第88番が一番好き」とか言われても、さっぱりだ。


 あれ?

 もしかして、オレ、音楽の知識なさすぎ?


『シオリの家にはピアノと呼ばれる楽器があったんだな』

「うん。中古だけど、電子ピアノという楽器があったよ。母の趣味だったらしい。楽譜も母が中学時代に使っていたものだって言ってた。小さい頃から保育士になりたくて、練習してたんだって」


 リヒトの言葉に、栞は自然に反応するが、不意にミヤドリードの言葉が蘇る。


『チトセは、生まれ育った世界で平穏に生きていくと言う運命を書き換えられ、この世界で「創造神」の使いとしての役目を背負わされた』


 もしも、千歳さんがこの世界に呼ばれなければ、その「保育士」となる夢は叶えられただろうか?


 叶えただろうな、努力をする人だったから。


「まあ、結局、二十代で人間界に戻って、そのまま大検受けて、短大入って保育士の資格取った上で、保育士やっていたのだから、母は本当に凄いと思うよ」


 そんな何気ない栞の言葉に思考が停止しかかった。


「……ちょっと待て?」

「はい?」

「千歳さん、保育士やってたのか!?」


 知らなかった。


 あれ?

 あの方が人間界に戻ったのはいつだ?

 しかも、そんなに簡単になれる職業なのか?


「九十九がそれを知らなかったことにわたしはびっくりだよ。それもあったから、しっかり3月まで務めたって話だったはずだけど」

「お前のことで頭がいっぱいで、千歳さんの方まで気が回るかよ!!」


 兄貴なら、知っていただろうな。


 だが、あの頃のオレに、千歳さんの職業にまで考える余裕などなかった。

 ……って、何故か栞がしゃがみ込んでいる?


「どうした?」


 気分が悪くなったか?


 体内魔気は乱れているが、体調が悪いって程ではなさそうだ。


「なんでもない。ちょっと立ち眩み」

 だが、そんなことを言われたら、黙っていられるか。


「阿呆!! 戻るぞ!!」

 オレは慌てて、抱き抱える。


「ちょっ!?」


 栞が慌てているが、そんなことを気にしていられるか。


「リヒト、オレの服を握れ!!」

『もう握っている』

「良し!!」


 その確認だけして、オレたちは、宿へと飛んだのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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