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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 港町の歌姫編 ~

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【第67章― 高らかに響く歌 ―】港町に響く歌

この話から第67章です。

よろしくお願いいたします。

 ずっと、誰かに呼ばれている気がする。


 それが、外からの声なのか、内からの声なのか。

 分からない。


 だが、この港町に来てから、その声が一層、強くなった気がしている。


 ―――― 早く、早く……。


 まるで、何かに急かされるように。

 だが、何に対しての呼びかけか分からない。


 俺にはまだ知らないことが多すぎて、分からないことがいっぱいで、いつも……。


「リヒト?」


 穏やかで落ち着きのある高い声から自分の名を呼ばれ、俺の瞳は再び景色を映し出す。


「どうしたの?」


 心地の良い声。


 重なって聞こえてくる心の声の方が、俺に対する心配の度合いが強い。


『海を見ていた』

「ああ、初めてだっけ」


 そう言って、黒髪の女……、シオリは目を細めて笑った。


 その表情に胸の内が温かくなる。


 俺は、物心と言うものが付いた頃には、森の中にある小さな小屋で、母と思われる女と暮らしていた。


 母は特別、変わった能力を使えたわけではなかったのだと思う。


 褐色肌の俺と違って、肌も白く、俺のように長い耳を持っていなかった。


 瞳の色は深い青。

 髪は、金よりも茶色に近い色だったと今なら分かるが、はっきりと覚えていないので自信はない。


 食料は、森の恵み。

 木の実や草が主食だった。


 だが、あの森では珍しくもない。


 そして、肉というものを食ったことはなかった。


 シオリたちと出会ってから口にする機会は増えたけれど、今もあまり美味いとは思っていない。


 シオリたちに言わせれば、俺は、「菜食主義者(ベジタリアン)」と呼ばれるらしいが、それもよく分からない。


 母と思われる女が死ぬと同時に、まるでどこかで見張っていたかのようなタイミングで、同族と名乗る連中が現れた。


 そして、保護と言う名の連行をされてから、俺はずっとあの森の大樹に張り付けられることになる。


 この両手に杭を打たれ、足は金属製の輪で固定され、いつ、終わるかも分からない「穢れを祓う」行為とやらを受け入れた。


 俺自身が特に何かしたわけでもないが、その連中が言うには、俺は「生きているだけで重大な罪」だと言う。


 今にして思えば、鼻で笑うような話だが、当時の俺は無知だった。


 その同族とやらから、自分が「黒い災い」の名で呼ばれても、それを受け入れるしかできなかったのだ。


 自分がいたから、母である女は死んだのだとも思った。


 そして、どれぐらいの期間か分からないが、ずっと、あの森の中で、憂さ晴らし……、俺を救ってくれた人間たちに言わせれば、「ストレス解消」の捌け口とやらの役目を背負わされていたらしい。


 痛みがあった。

 何故と言う疑問もあった。


 だが、そんな個人の感情は、多くの強い害意と、長い時間の中でゆっくりと溶けて消えていく。


 木々の隙間から差し込む程度の光しか存在しない世界では、昼も夜も大きな差はない。


 気が付くと俺は、痛みも分からない、感情も変化しない、感覚すら持たない別の生き物に変わっていた。


 いつ終わるともしれない世界で、ずっと、正気を保つことは難しかったのだろう。


 全てを麻痺させることで、自身を守ろうとしていたのではないかと、俺を救った人間の一人は言っていた。


 後で、知ったが、母はその人間と呼ばれる種族だった。


 そして、俺の容姿や、森の連中の話を信じるなら、俺は「長耳族」と呼ばれる精霊族の一種らしい。


 種族が違えば、寿命も違う。


 はっきりとは分からないが、母は寿命だったのだろう。

 病気や怪我で苦しんだ様子もなく、眠るように、この世界から、俺の前から消えたのだから。


 母の顔は朧げにしか覚えていないが、返事をしなくなってまもなく、青く淡い光がその身体から出てきた瞬間だけは、何故か目を閉じても思い出せるほど、記憶の中に焼き付いている。


『海というものは大きいのだな』


 まるで、その母から出た光のような色。


「そうだね。わたしが育った場所にもこんな歌があるよ」


 そう言って、シオリが歌い出す。


 歩調に合わせて、ゆっくりした伸びのある声が周囲に響き出す。


 彼女は、機嫌が良いと歌っていることがある。


 以前、それについて何気なく確認してみたら、この世界にはない歌だと言っていたことがあった。


 育った世界を忘れたくないので、つい歌ってしまうのだろう、と照れくさそうに笑いながら。


 俺を救ってくれた人間の一人、このシオリという人間の女は、いろいろと複雑な環境で育っているらしい。


 彼女は、人間たちの中でも頂点に位置するような父親と、別の世界にいた母親の間で生まれた。


 俺のように分かりやすい異種族間婚姻ではなかったようだが、それに近しい状態だとは聞いている。


 俺と出会う前にもシオリの身にはいろいろあったようだが、俺と出会ってからもかなりのことが起きたと思う。


 大きく頑強な建物が地響きを上げながらその天井ごと崩れていく現場に立ち会うことなど初めてだと俺が言ったら、ほとんどの人間が口を揃えて、「普通は経験しない」と苦い顔をしながら言うぐらいだから、彼女を取り巻く状況はやはり一般的ではないのだろう。


 尤も、彼女が「普通」の人間ならば、俺と出会うことはなかったとも思っている。


「その歌、三番まであるんだな」


 そんな低い声が、俺の思考の邪魔をする。


「小学校の時に習わなかった?」

「覚えてねえ」


 ごく自然に、シオリの横に並ぶ黒髪の男。

 その「普通」ではないシオリの生活を支える一人、ツクモだ。


 悪い人間ではない。

 寧ろ善良な人間だと思っている。

 

 だが、最近、心の声とその言動の全てが、分かりやすくシオリに好意を示すようになってから、なんとなく俺の中でかなり腹立たしい存在になった。


 シオリを一番、傷つけた男なのに、同時に、シオリを一番、癒す男でもある。


 そして、シオリが全面的に信頼を寄せている人間だ。


 油断するな、シオリ。

 その男は、お前が思っているほど安全な男ではない。


 今だって、シオリに対する好意で心の声がうるさい。


 俺は、シオリの声が聞きたいのだ。

 シオリの優しい歌声で落ち着きたいのだ。


 お前の()()()()()()()()()()()()()()()()


 あと、シオリは「可愛い」じゃない。

 「綺麗」だ。

 間違えるな。


 こんなに「綺麗」な人間はどこにもいない。


 外見ではなく、内に輝く光は力強く、眩しくて、思わず誰もが手を伸ばしたくなるほど魅力的なのだ。


 先ほどからすれ違う男たちが、彼女を見る。


 小柄な少女と背の高い男、そして、少年に見える俺の組み合わせがこの港町では珍しいこともあるのだが、先ほどからころころと変わる彼女の表情に目を引かれる()()()()()()()もいるのだ。


 そして、先ほどからそんな男に対して、彼女の護衛であるツクモが射貫くような視線を向けて威嚇している。


 ヤツは、俺のように、人間の心が読めるわけでもないはずだが、彼女に向けられる視線に込められている感情で判断しているようだ。


 見事なものだと感心してしまう。


 そして、そのツクモがシオリに向ける表情は、柔らかく、蕩けそうなものだ。

 知り合いが見たら、呆れるほどに甘くなっている。


 そこまで分かりやすく変化しているのに、全く表面に出していないシオリは、ある意味凄いだろう。


 その変化を自分の気のせいだと流している。


 そして、ツクモは気の毒だと思うのだが、本人もそれで満足しているようだから、この2人はこの関係で問題はないらしい。


 この辺りの人間の感情と言うのは、あまりにも複雑すぎて、心が読めるというのに俺にはよく分からない。


 カルセオラリアにいた時も、ストレリチアの大聖堂で世話になっていた時も、つい昨日まで滞在していた「ゆめの郷」でも、同じ状況にあっても、抱く感情は人間によって、全く違うのだ。


 思考回路……、考える能力と言うのが、人間によって違うらしい。


 短絡な人間。

 心の声と思考が直結している人間は、読みやすい。


 だが、俺の世話をしてくれる人間たちは、心の声が強い割に、その流れが分かりにくかったりする。

 

「そろそろ、戻るか」

『そうだな』


 周囲の声が変化を始めた。


 あまり長居すると、厄介ごとに巻き込まれそうな気配がする。


「まだ、買い物が全部終わってないよ?」


 厄介ごとの中心になりそうな彼女は呑気なことを言う。


 だが、周囲の不躾な視線に気付いていないわけではないようだ。


「後でオレが全部買う」


 少しでも危険を排除したい護衛はそう答える。


 だが、少し遅かったようだ。


「そこの、変わった歌をお歌いの可愛らしいお嬢さん。少しお話をさせていただけませんか?」


 そんな声を掛けられてしまったのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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