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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 夢の師弟編 ~

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外から見ていた者

「おい、兄貴。話がある」

「ここでか?」

「外だ。表へ出ろ」

「分かった。トルク、リヒトを頼んで良いか?」

「おお」


 オレの誘いに対して、兄貴はリヒトをトルクスタン王子に任せて、疑問を挟むことなく、素直に応じた。


 オレから漂っている雰囲気から、話の内容を察しているだろうに、いつもの余裕を崩さない。


 そんなところも本当に腹が立つ。

 だが、一番腹が立っているのは今から話そうとする内容の方だ。


 事と次第によっては、絶対に許すわけにはいかない。


「それで? 話とはなんだ?」


 倉庫のような建物が並ぶ場所で、兄貴はオレを向く。


 その顔には仄かに笑みが張り付いていて、腹立たしさが倍増だ。


「リヒトから聞いた。アレは……、本当か?」


****


 兄貴が少し、トルクスタン王子とともに、部屋から出ていた時のことだった。


 文字の書き取りを続けていたリヒトが不意に手を止め、思いつめたように下を向いたのだ。


『黙っていようと思った』

「何の話だ?」

『ユーヤの気持ちも分かる。だが、俺はツクモの気持ちも知っている。それなのに、黙っていろとは酷な話だ』

「だから、何の話だ?」


 兄貴のような口調ではあるが、やはり印象が全然違う。


『これは、()()()()()()()()()()()のだろうな』


 リヒトがどこかぎこちなく笑った。


「栞に関することなら話せ。それ以外のことなら無理して話すな」


 話したくないことを無理して話す必要はない。

 それが告げ口と思ってしまうようなことなら尚更だ。


 その内容が、オレのことであっても、兄貴が話す必要がないと判断しているのなら、今はわざわざ聞く必要がないことなのだろう。


『それなら俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()な』


 ……栞のことか。


 それなら仕方ない。


「よし、話せ」

『分かりやすい反応だな』


 リヒトが苦笑する。


「栞のことだと聞いて、オレが黙っているようなヤツだと思うか?」

『思わない』


 即答だった。


 オレの思考を読むまでもないらしい。


「分かったなら話せ」

『ああ、そのつもりだ』


 そう言って、リヒトはポツリポツリと話し始めた。


『俺も、あの夢の中にいた』

「夢って、栞の夢の中か?」

『あの時、同じ場所にいたせいだろうな』


 そう言えば、あの部屋ではリヒトも別の寝台で眠っていた。


 だから、兄貴の魔法の影響下にあったということか?

 だが、兄貴の魔法の範囲では……、いや、待て?


 あの魔法はどこでも、誰の前でも使えるものではない。

 兄貴も、2人以上連れて行くことが可能だと言うことを知らなかった可能性はある。


 それよりも……。


「あの世界で、心は、読めたか?」


 これは大事なことだった。


 リヒトは心が読める。

 そして、眠っていても勝手に意識が流れ込んでくるほどだ。


 もしかしたら、あの夢の中でも……?


『いや、不思議なことに、あの場にいた人間のどの心も読めなかった。お前たちやシオリ、そして、()()()()()()()()()も』

「黄色がかった光?」


 あの場にそんなものがあったか?


『お前たちが師と呼んでいた存在だ』

「は?」


 あのミヤドリードが黄色の光……、だったと?


『光……、だと思う。ぼんやりとした何かではあったのだが、よく分からん。あんなもの、()()()()()からな』


 リヒトはよく分からないと言うが、それが、逆に信憑性が出てしまう。


 あの場にいた人間は確かに、オレと兄貴。

 そして、夢を見ていた栞自身だ。


 そして、オレたちと会話していたミヤは、既にこの世界の人間ではない。


 それならば、そのリヒトが言う黄色の光というのは、霊魂……、魂と呼ばれるものではないのだろうか?


『だが、何故か……、言語は理解できた。その黄色い光の言葉も含めて。それでも、その話の内容については、俺にはよく、分からなかった』

「まあ……、な」


 あの場にいたオレたちだって、分かっていない部分が多かったのだ。


 何の予備知識もなく、いきなり巻き込まれたリヒトに分かるはずもないだろう。


「話は始めから聞いていたのか?」

『いや、その、俺……、寝ていたから、すぐに、状況が分からなかった』


 どこか気まずそうに言うリヒト。


 本当に巻き込まれただけということが分かる。


「あ~、じゃあ、どの辺りから見ていた?」

『お前たちが2人でシオリを抱き締めたところから、だな』

「よりによって、そこからかよ!」

『そんなことを俺に言われても知らん』


 それはそうだが、なんとなく恥ずかしい。

 あれは、あの場だからできた行動だ。


 栞が、俯いて自分を責めまくった上で、泣きそうな気配を感じたから、だから、オレも……、つい……。


 だけど、あれは兄貴もやった!

 オレと同じことを兄貴もやったんだ!


 オレだけじゃねえ!!


「お、お前はどこから見ていたんだ?」


 思わず、羞恥を誤魔化すようにリヒトに質問した。


 あの場にいたのはオレたちだけだった。

 他に気配を感じなかったのは事実だ。


『本当に、視えてなかったんだな、お前たち』

「あ?」

『すぐ近くだ。そうしなければお前たちの声が聞こえないからな』

「ああ!?」


 なんだと?


『目を開けると、栞に張り付いているお前たちが目に入った。だが、俺の姿が見えていないことはすぐに分かったから、正面で、お前たちを()()()()()()()()()()()()()

「正面かよ!?」


 しかも、見物とか言うなよ!


『そこまでしなければ、お前たちの声が聞こえなかったのだからしょうがあるまい? 俺だって好きで、シオリから完全に無視をされるような場所に行きたいとは思ってない』


 リヒトは心底嫌そうにそう言った。


 確かに、栞が目の前で自分以外の他の男に張り付かれている上、自分が目に入らない状態とか、オレにとっても苦痛でしかない。


『その苦痛を俺は味わったわけだが……』

「ああ、悪い」


 確かに、配慮が足りなかった。


「それで? 話はそれだけか?」

『いや、ここからが本題だ』


 どうやら、夢の中に入ったことはリヒトにとって、本題ではなかったらしい。


 オレや兄貴にとっては、十分すぎるほどの事態ではあるのだが……。


『俺は人間の習慣、風習に疎い』

「そりゃな」


 リヒトは長耳族だ。

 それも、「迷いの森」で栞に救われるまでは、その同族からも虐待を受けていた。


 人間のことを学んではいるが、会話ができるようになったのも、まだ数ヶ月程度の話だ。


『だから、()()()()()()()()()()()()()()()()もよく分からん』

「……何の話だ?」

『あの「ゆめの郷」とやらで、何度か人間の女から頬や手に口を付けられた』


 ちょっと待て!?


「兄貴は、一体、何、させてたんだ!?」

『いや、謝礼と言われたら、断ることもできまい』

「それは断って良いやつだ!!」


 「報酬」ではなく、「謝礼」だというのなら、相手からの申し出だ。

 つまり、拒否は可能だっただろう。


 「ゆめの郷」とはいえ、そんな身売り行為に似たことをしていたと知ったら、栞は怒り狂うかもしれない。


 頬や手ならセーフか?

 いや、アイツの判定がそこまで緩いかどうかが分からない。


『そ、そうなのか!? だが、ユーヤはもっと……』


 リヒトは蒼褪めながらも、さらに余計な情報を伝えようとする。


「兄貴に任せたのが間違いだったか……」

『と、トルクスタンも……』


 さらに余計な追加情報が出現した。


 もう勘弁して欲しい。


「ああ、うん。リヒト。それは確かに人間にとって親愛を表す行為ではあるが、好きでもない異性にするのも、されるのも栞は好まない」


 そう言いながら、自分に向かって何かが勢いよく突き刺さってくる気がするのは何故だろう?

 具体的には、胸が痛くて苦しい。


『そうなのか……』

「そうなんだよ。キス……、口付けって言ってな。栞は多分、好きな相手にしか許さない」

『そう言えば、ツクモはストレリチアでも眠っているシオリの頬にしていたな。あの時は今よりもずっと邪な思いが溢れていたから、ユーヤの指示で……』

「それは忘れろ」


 オレはそう言いきった。


 思い出したくもねえ。

 あの頃は本当に自分の気持ちに振り回されていた。


 栞自身を傷つけたいわけじゃないのに、オレが彼女を傷つけるようなことをしたくてたまらなくて……。


 そんな過去は、穴を掘って、オレごと埋めて欲しい。


『今は、栞を大事にしたいという気持ちしかない』


 リヒトがそう言って微笑んだ。


「……そうか」


 それなら……良かった。


 だが、時々、邪な部分が見え隠れするから、気を付けないとな。


『その部分に関しては、トルクスタンよりはずっとマシだぞ?』

「比較対象が悪くて、素直に喜べん」

『少し前も栞を見て……』

「頼むから、余計な情報をよこすな!!」


 距離を置きたくなるし、距離を置かせたくもなるから。


『俺にはどれが余計な情報か分からないのだ』


 リヒトはそう言って肩を竦める。


 確かに、その基準がリヒトは未熟だ。

 いや、種族の違いもあるから仕方ない部分はある。


 長耳族に「キス」のような、相手に親愛の情を示す文化があるかどうかも分からんからな。

 だが、オレは、次に続くリヒトの台詞で、凍り付くことになる。


『だから、俺は、夢の中で見た、ユーヤの口が栞の口に触れるような行為が、ただの護衛の行為の範囲内かも分からないのだ』

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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