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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 夢の師弟編 ~

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本当にずっと逢いたくて

 本当にずっと会いたくて。

 でも、実際に会ってしまうと、なんと声を掛けて良いのか分からなくて。


 昔と同じように、憎まれ口を叩くことしかできない俺のことを、貴女はどう思っただろうか?


 だが、これは確かに奇跡の時間だった。


 死んだ人間と話がしたい。


 そう思う人間は数多くいることだろうが、生憎と、その傲慢とも言える願いが叶うことなんてあるはずがない。


 神は生者と死者の交流を快く思わない。

 神たちだって、生者(にんげん)に触れることができないのだから。


 だが、稀に神の力を借りて、「奇跡」を起こしてしまう者が現れる。

 

 そんな神の影響(ご加護)を、最も受けた存在に対して、人間たちは敬意(畏れ)を込めてこう口にする。


 ―――― 「聖人(人に非ざる者)」と


****


 幼少期からずっと知りたかった問いかけの答えは、はっきりと分かったわけではない。


「オレは、事実が知りたかっただけだ」


 だが、弟はこう口にする。


「だから、誰かを糾弾したかったわけじゃない」


 負け惜しみでもなく、手の届かない相手への嫌味でもなく、心からの言葉として。


『そっか』


 弟の答えを聞いて、その師であるミヤドリードは満足そうに微笑んだ。


 ヤツの成長を見ることができたことを素直に喜んでいるのだろう。

 その兄が全く、成長が見られないのだから。


 幼少期、弟は無口だった。


 無口と言っても、誰かと話をしないわけではない。

 単純に、余計な言葉を吐かず、子供によく見られる無駄な話を好まなかった。


 ある意味では、子供らしくはない子供だったと言える。


 発する言葉は必要最低限。

 意思表示の場も少ない。


 だが、自分の意思がないわけではなく、あの頃も、ヤツなりにいろいろ考えてはいたのだとは思う。


 恐らく、言葉を選び過ぎて、何を話して良いのか分からなかったのだと今になってからそう思う。


 それが変わったのは、人間界に来てからだった。


 幼馴染との突然の別れ。

 そして、故郷から離れた僅かな間に、自分を教え導いていてくれた師匠も失った。


 ヤツは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 それ以来、思っていることを口にしていくようになる。


 思うがままを口にし過ぎたために、失敗することも勿論、多かったようだが、それでも、自分の思いを伝えないまま、誰かと別れることがそれ以上に嫌だったようだ。


 そして、ヤツなりの武器を手にしていく。


 言葉の真偽を見抜く()とともに、その迷いのない言動を持って、他人の懐に飛び込むようになった。


 他者の心に踏み込むことを躊躇しないその様は、俺にはないものだ。


 勿論、その相手は選ぶ。


 だが、一度、踏み込み、その内側へと飛び込むことを決めた相手に対してはほとんど迷わなくなる。


 その強さ(面の皮の厚さ)は、俺には生涯手に入れることはできないのだろう。


『さて、そろそろ、お別れの時間かしら?』


 ミヤがそう呟いた。


「ああ、ミヤ」


 弟は師に向かって呼び掛ける。


「我が師の教えとその恩に、心より感謝を」


 そう言って、跪き、セントポーリアの最敬礼を見せる。


 ミヤは、一瞬、目を丸くして……。


『私は大したことはしてないわよ。でも、そんな貴方の成長を見ることができて本当に嬉しいわ』


 そう言って、両膝を付き、イースターカクタスの礼をする。


「えっと、ありがとうございました」


 それに倣い、主人も、イースターカクタスの礼を返した。


「オレもそっちにするべきだったか?」

『いいえ。貴方はイースターカクタスではなく、セントポーリアの人間でしょう? そのことが分かって嬉しいぐらいよ』


 弟が無意識に選んだのは、生まれた場所の礼だった。


 それに対して、喜ぶ師の言葉に、別の意図を感じてしまう。


『さて、もう一人の弟子は、どちらの礼をしてくれるかしら?』


 さらに、念を押すようなその言葉にはもう別の意味しか取れない。


 そして、そう促されては、俺も動くしかないだろう。


「今でも変わらぬ若さと美しさを保ち続けている我が師に最大の敬意を」


 そう言いながら、一礼する。


『何よ、それ。嫌味?』


 笑いながら、ミヤは頭を下げている俺に向かってそう言った。


「まさか……。俺は事実を口にしたまでですよ」


 俺は、汚れてはいない両膝を手で払い、立ち上がりながらもそう笑う。


『でも、まあ……。貴方の成長も見ることができて満足よ、ユーヤ』


 ミヤは口元に手をやりながら、さらに笑みを深めた。


「知っているとは思いますが、俺ももう20歳を()()()越えました。それは未熟な俺を支えてくれる人間たちにも恵まれたからだと思っています」

『そう。20歳も無事に越えることができたのね』


 それだけの言葉で、ミヤは気付いてくれる。


 俺が「20歳」を越え、自分の両親たちの出身国も、この身に流れる血も受け入れることができたことも。


 そして、それには、ここにいる小柄な主人の手を借りたことも。


「ミヤ。オレも教えてもらった通り、主人に対して、正式に宣誓したぞ」


 弟がどこか得意げな顔で言う。


『まさか、本当にするとはね。シオリ、重い時は重いって言わないと、この手の男には伝わらないわよ?』


 どこか揶揄う口調のミヤ。


 言われた主人は慌て、弟は「巨大なお世話だ」と言っている。


 それはもしかしたら、本当は来るはずだった未来の図。

 永遠に失われてしまった当たり前に見られた光景。


 それを見て、鼻の奥がツンとするような、自分らしくない感傷を思わせる。


『ユーヤ』


 ミヤは2人をそれぞれ両腕に収めながら、俺を振り返る。


「分かっています」


 失った物を未練がましく数えても仕方ない。


 弟が言ったように、既にこの手のひらから取りこぼしたものより、救われたものを見るべきなのだ。


 俺は両腕を広げる。


「ご無礼、致します」


 そう言って、ミヤドリードを抱き締めた。


 抱き締められたことはあったが、初めてまともに抱き締める師は、昔よりもずっと小さく思えた。


 ごく普通の女性の細い肩、細い腰、そして細い手足だと実感する。


 そんな身体で、俺たち兄弟を厳しくも温かく見守り、姉のように、いや、母親のように接してくれた。


 弟はどうか知らないが、俺にとって母親と言える存在はチトセさまではなく、このミヤドリードだ。


 本当の、俺を生んでくれた母親には悪いが、そこは譲れない。


()()()()()()()()()()()()()()

『良い男に育ったね、ユーヤ』


 そんな少しだけ掠れて震えた声を最後に、ミヤは消えてしまった。


 後には何も残らない。


 この腕に微かに残っているどこか懐かしいこの香りも、いずれ、全てなくなってしまうのだろう。


 だけど、それで良い。

 「奇跡」は何も残らないから「奇跡(ゆめ)」なのだ。


***


「でも、あの場面で()()()()()()()()()()()()()()()()()とは思わなかった」


 ミヤドリードさんが消えた後、九十九が不意にそんなことを口にした。


 それは確かにわたしにとっても意外だった。


 ミヤドリードさんに合わせるためとは言っても、雄也さんはセントポーリアの礼をしても問題はない場面だったのだ。


 九十九がセントポーリアの礼を、わたしがイースターカクタスの礼をした後だったのだから。

 それでも、雄也さんは自分の意思で、イースターカクタスの礼を選んだのだ。


「あそこまで言われて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」


 雄也さんがいつものように不敵に笑う。


「まあ、それなりの準備をする必要はあるけどな」


 そう付け加えながら。


 いずれ、かの国には行くことになるだろう。


 この世界で生きていれば、彼らもわたしもどうしたって避けて通ることはできない国だと思うから。


 そして、雄也さん自身も避けずに、行くことを選んだ。


 それをミヤドリードさんに伝えたのだ。

 彼の立場を思うと、その複雑な胸中は計り知れない。


 公式的には認められていないけど、彼らはイースターカクタス国王陛下の兄の息子たちである。


 そして、その証は、当人が否定しても、そのことを全く知らずにいても、20歳になれば浮き上がってしまう。


 それを知っている人間の前では逃れきれないほどはっきりと。


 もし、その王兄殿下が王位を継いでいたら、雄也さんや九十九が情報国家の王子殿下として扱われていた未来もあったのかもしれない。


 こう言ってはなんだけど、そんな未来がなくて良かったと心底思ってしまう。


 彼らは先ほど、わたしが「ここにいてくれてありがとう」と言ってくれたけど、それはわたしの台詞でもある。


 彼らがわたしの護衛として、ずっと守ってくれているから。


 だから、彼らが「ここにいてくれて本当にありがとう」、と。

 そして、同時に、「このままずっとここにいて欲しい」とも。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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