本当はずっと逢いたくて
本当はずっと会いたくて。
でも、実際に会ってしまうと、なんと声を掛けて良いのか分からなくて。
昔と変わらず、口を開くことができなかったオレのことを、貴女はどう思っただろうか?
だが、あれは確かに奇跡の時間だった。
死んだ人間と話がしたい……。
そう思う人間は数多くいるが、その願いが叶うことなんてあるはずがない。
それでも、神の力を借りて、「奇跡」を起こすから、「聖女」なのだ。
『私の顔をあまり見ていたくない貴方の気持ちは分かるわ。今の私は亡霊みたいなものだものね』
十年以上も昔、亡くなったオレたちの師、ミヤドリード……、ミヤはそんなことを言った。
それは、生前では考えられないほど弱気な声だった。
「ええ、早く、目の前から消えて欲しいと思っています」
兄貴は、主人である栞の手を握ったまま、そう冷たく言い放つ。
本当は、兄貴が誰よりも会いたかったはずだ。
だから、奇跡を信じて、この場所へ来たはずなのだから。
『大丈夫よ』
ミヤは自信ありげに笑う。
「貴方が気にしていることは、死後だったから』
それは確信に満ちた言葉だった。
彼女は、兄貴が何を確認したかったのかを理解した上で、そう言ったのだ。
「…………死後」
そのまま、どこか力なく兄貴は呟く。
恐らくは、ずっと知りたかったこと。
だけど、オレにすら、その詳細を伝えなかったことだ。
「本当にそうだったとしても、それでも、俺は許せない」
ミヤドリードの遺体は、セントポーリア城下の聖堂の裏手で、守護兵によって発見されたと聞いている。
それも、7歳とはいえ、実の父親の死体を見て運んだような兄貴が、正視できないほど無惨な状態だったらしい。
それは、切り刻まれるなどの激しい損壊があったとかそんな状態だったのかとずっと思っていたが、今の2人の会話で、別の可能性が頭を過った。
それは吐き気を催すような行為。
自分が成長してしまったから、そんな可能性に思い至ってしまう。
切り刻むなどの損壊行為が、死んだ後だというのは珍しくない。
寧ろ、魔法があるとはいえ、生きたまま、肉体を損傷させて殺す方が、このミヤに関しては面倒だろう。
彼女は、イースターカクタス国王陛下の妹……、情報国家の王族だったのだ。
その「体内魔気」の護りは強く、魔法封じなどの処置を施していても、容易ではなかったと予想される。
だが、それならわざわざミヤが口にして、兄貴が気にするほどの状態を、「死後」の行為だったと念を押す必要はないはずだ。
7歳とは言っても、そこらのガキとは違って多少の知識は既にあった。
あの当時の兄貴でも、その状態を見ただけで、生前の傷か、死後の傷かの判断はある程度できただろう。
その兄貴が迷うような、判断ができないような傷。
あの当時の兄貴がまだ知らない傷。
例えば、それが……。
『そうね。だけど、忘れて』
そんなミヤの言葉で、オレの思考が中断された。
『若い貴方たちに背負わせるつもりはないから』
そして、さらにそう続ける。
彼女は、それを口にする気はないのだろう。
自分がどんな目に遭って、どんな状態で殺されたかをこの場で伝えれば……、魔界人であるオレや兄貴はともかく、人間界で育った栞は絶対にその理不尽な行為を許せなくなるから。
だから、これ以上、そこは突っ込まない。
だが、それとは別に、オレは有耶無耶にしておきたくなかった件が一つだけあった。
「ミヤ……、一つだけ良いか?」
『ええ、どうぞ』
ミヤは笑顔で応じる。
恐らくは、ミヤは全て分かっているのだろう。
オレが十年以上もの間、ずっと何を聞きたかったか……なんて。
「ミヤは、誰に殺された?」
それは答えてもらえないことは分かっている。
死者の言葉は証拠にならず、夢での証言も認められない。
仮に「過去視」で視たと言ったところで、その真偽を正しく判定することなどできないのだから。
それでも、オレは知りたかった。
何度、兄貴に確認しても、はぐらかされたこの問いかけの答えを。
「うん、やっぱりツクモなら、その質問をするわよね」
やはり、ミヤには分かっていたようだ。
『でも、それは言わない。死んだ人間の言は証拠とならないし、ユーヤにも言ったけど、私は、貴方たちに背負わせる気なんかないから』
「だけど!!」
それでも、知りたい時はどうすれば良いのか?
『優先順位を間違えないこと。私はもう死んだ人間。貴方が護らなければならないのは生きた人間でしょう?』
それぐらい分かっているんだ。
オレが最優先すべきなのは、主人である栞で、そのためには迷う暇すらないことも。
『言えば、貴方たちは無視できない。別の所に意識を割いた状態で、大事な者を護れると思う?』
「オレは、ミヤも大事だったんだ」
それが全てだ。
シオリも栞も大事なのは当然だ。
それが、オレの全てなのだから。
だが、師として仰いだ人間に対して、何も報いることができないのはまた別の問題だと思うオレは欲張りなのか?
『ありがとう、ツクモ』
ミヤは微笑む。
それは、まるで、幼いかった時に、彼女から与えられた難しい課題に挑戦しているオレを見ているような瞳だった。
結果だけではなく、過程も大事にする師匠だった。
そのことを思い出して、酷く懐かしい気分になる。
『だけど、言わない。簡単に罪を糾弾できるような相手ではないから』
その言葉は、証拠が少ない状態では、追い込むことは容易ではない相手。
『そして、それが簡単にできるのならば、ハルグブン王子殿下や下兄様……、いえ、セントポーリア国王陛下とイースターカクタス国王陛下は十年以上も黙っていないってことよ』
ちょっと待て?
それはいくらなんでも、ヒントを与え過ぎだと思う。
中心国の頂点が揃っていても、追求できないような相手はそう多くない。
下手すれば、その二大巨頭は証拠がなくても、相手を破滅へと追いやることすらできると言っても過言ではないのだ。
いや、あの方々はそんなタイプではないことは分かっているのだが。
「その答えは言ってるも同然じゃないか?」
思わず我慢できずに言ってしまった。
うっかり、その容疑者を口にしなかっただけマシだと思ってくれ。
言ったところで、これは栞の夢の中の出来事として流されてしまうのだろうけど、一度、意識したことを自分で口にしてしまうことの重さは、昔と違って、もう理解できているつもりだ。
『あら? これだけで判断できる程度にはツクモも成長したのね』
ミヤはそう言いながら笑った。
自分では、見た目だけでなく中身も成長したつもりだが、ミヤの中ではオレはまだ5歳のガキのままなんだろうなとは思っている。
『でも、貴方が思っている通りとは限らないわよ? この世界には神と言う、一国の王を越える存在が数多くいるから』
それならば、逆にオレがどう足掻いたところで、手出しができないと諦めることもできるのだ。
だが、ミヤははっきりとそう言わないのだから、オレがその気になれば手を届かせることは可能ということなのだろう
だから、本当のことは匂わせても、口にしない。
ここまでが、ミヤの譲歩だと判断させてもらう。
「オレは、事実が知りたかっただけだ」
ずっと分からないままだった。
それが苦しかったのだ。
感情と状況だけで、誰かを疑い続けることも嫌だった。
「だから、誰かを糾弾したかったわけじゃない」
その相手だって、この世界で生き残りをかけて必死なのだ。
だから、こんな碌に証拠もほとんどない状況で、昔の事件について、オレ如きが少し突いたところで、簡単にブレるとも思っていない。
やるならもっと別の方向から。
じわじわと確実に攻めていくべきだ。
逃げ切れないほど、身動きできないほどに追い詰めて、いつか、確実に止めを刺すために。
それが、きっと、この主人のためにもなる。
『そっか』
そんなオレの意思が伝わったのか、ミヤは笑ってくれた。
オレの師匠でもあり、姉のような存在だった女性。
今も尚、兄貴が勝てないような相手。
そんな彼女に、自分の成長を伝えることができた奇跡に心から感謝を。
そして、長きに亘ってこの胸に残り続けていた凝りに決別を。
ここから先、迷うことなく、大事な女を護り続けるために。
ここまでお読みいただきありがとうございました




