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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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魔界に慣れよう

『うわぁ……』


 城内で何人かと雄也先輩が会話をした後、門番の立っている城門を通り抜け、さらに薄暗い森をひたすら進むと、城下と呼ばれるところに出たらしい。


 一目見ただけで、人間界と違う建物がずらりと立ち並んでいる。


 日本とか諸外国とかそんなレベルじゃなく、明らかに違うと言い切って良いだろう。


 いや、わたしも人間界で世界中の建物を見てきたわけじゃないから断言するのは危険かもしれないのだけど。


 城下の建物は、淡い色のドーム状をしていた。

 解りやすく言うなら、入口に扉がある巨大なかまくらだ。


 材質は勿論、雪ではないのだけど。


 なんだろう?

 普通の石材とは違う気がするけど、よく分からない。


「ここだよ」


 その中でやはり似た建物に案内される。

 クリーム色の不思議な様相。


 なんか巨大な大福みたいで美味しそうと思ったのが第一印象だった。


「小さくてびっくりした?」

『い、いえ……』


 小さいとか大きいとかそんな単純な問題で驚いているわけではなく、住まいと(おぼ)しきものの形とかそう言ったものに対していろいろと感想があるわけで……。


『兄貴の感覚が分からん。部屋数、結構あるだろ、コレ……』

「十分、手狭(てぜま)な方だ。周囲を見れば解る」


 雄也先輩が言うように、確かに周りと比べれば一回りくらいは小さく見えないこともないが、あまり狭いようには見えない。


 この幅……、ていうか、直径? を見る限り、結構ありそうだと思う。


『まあ、極端に小さいと目立ってしまうからこれぐらいが丁度良いんじゃないかしら?』


 中に入っていく雄也先輩へ続いて、わたしも中へと進んでいく。

 外から見たよりも、中はかなり広くて、またビックリしてしまう。


 ちょっと、どうなっているのですか? 魔界の建物。


 空間がおかしくなってない?

 明らかに縦横(たてよこ)の比率が変だ。


 なんとなく、ゲームとかで外観と内部の広さが全然違う建物を思い出した。

 あの状態にとてもよく似ている。


「とりあえず地上に7つ、地下に2つの部屋があるよ。だから、1人に付き1つは私室がある状態。その各部屋にバス、トイレは完備されている」


 さらに雄也先輩の言葉に驚く。


 説明されたこの家は、人間界にあったわたしの家よりも部屋数が多い。

 しかも地上、地下って何?


『ほ、ホテルですか?』


 思わずそんな言葉が飛び出す。


 各部屋にお風呂やトイレが付いているってどんな宿泊施設なんだ?

 ちょっとばかり贅沢すぎない?


 個室だから、気を使わなくても良いのは良いけれど、生活する人数に対して部屋の数も多過ぎる気がする。


「この国の家では、このタイプは珍しくないんだけどね」

『ほ~、風呂や便所も付いてんのか』

『なんで、九十九も感心してるの?』


 魔界で一般的なら、少なくとも5歳までこの世界に住んでいたはずの九十九が知らないわけはないと思った。


『オレの生まれは粗末な小屋も同然だったし、その後はさっき通ってきた城だ。一般的な感覚は知らん』


 なるほど……。

 九十九はさっきまで歩いてきたあの城に住んでいたのか。


 それは感覚がおかしくなりそうだ。


 そう言えば、昔は城に住んでいたと、そんなことを言っていた気がする。


「家具も一通り揃えてあるけど、足りないものがあったら言ってくれる? 俺では行き届かないところも多いだろうから」


 雄也先輩がそう言ってくれたので……。


『まず家具の使い方がほとんど解りません』


 わたしは素直に言った。

 

 足りる足りない以前の話だ。

 何があって、どんな使い方をするのかが分からない。


 まずは、お手洗いとお風呂は習っておかないと、そう遠くない未来、確実にわたしの生活に支障が出るだろう。


 しかし、これらについてはやはり後で、母にこっそりと教えてもらうしかないようだ。


 殿方に説明してもらうのは、気恥ずかしい。

 特にお手洗い。


『使ってるうちに慣れるんじゃね?』

『だから、それ以前の問題なんだってば』


 あそこの四角い物体が何をするのかも、そっちのピラミッド型の物も、どういう意味なのかも解らないのだ。


 下手に触れて爆発されても怖い。


 照明も分からない。

 天井に何も付いてないのだ。


 電灯はどこ!?

 スイッチは!?


 母は魔界で生活していたのだし、九十九だって城に住んでいたとはいえ魔界での生活経験がある。


 何も知らない、本当にゼロからスタートするわたしとは状況が違うから慌てなくても良いかもしれない。


 でも、わたしは全てが未知との遭遇なのだ。


『オレはそれより、いつまでこの姿なのかが気になるんだが……』

『あ、そう言えばそうだね』


 九十九の言葉に気付いた。


 このままでは、雄也先輩が一人でしゃべっている危ない人だ。


「一晩経てば治るそうだ」

『『(なが)っ!!』』


 さらりととんでもない発言、いただきました。

 わたしと九十九の声が重なる。


 それにしても、なんと言う長時間効果だろう。


 わたしは詳しくないけれど、そんなに効き目が長い薬ってかなり凄いことではないのだろうか。


 そして、魔界には病気を治す薬はないのに、なんでこんな薬はあるのだろう?


 しかも、使い所はかなり限定されている。

 これだけの効果なら悪用もできてしまいそうだ。


 例えば……、城の宝物庫に忍び込むとか?

 でも、そんなことをしても許されるのは勇者だけだね。


 そして、薬の使用許可とかの判断基準ってどうなっているのだろう?

 薬に対する疑問は尽きない。


『メシは?』

「食材なら用意してある」

『分かった。じゃあ、オレが作る』


 そうして雄也先輩はスタスタと別の部屋に行った。


 多分、九十九もついていったのだろう。


 姿が見えなくても料理に支障はないようだ。

 でも……、魔界の料理って爆発するとか言ってなかったっけ?


 大丈夫かな、九十九……。


『栞はそこにいる?』

『うん』


 2人がいなくなると、側にいる母から声をかけられた。


『いろいろ変わるから驚いた?』

『う、うん。ここまで違うとは思わなかった』


 既に驚いたを通り越した状態にある気がする。


『そうね。私も初めは驚きの連続だったけど……、一月(ひとつき)ぐらいで慣れたわ。だから、貴女も大丈夫よ』

『まあ、来ちゃった以上、頑張って慣れるしかないんだけど……』


 それにしたって、思っていた以上に今までとは違いすぎる。


 それでも、ちゃんと自分で選んで決めたのだ。

 自分なりの覚悟は見せないといけない気がする。


『そう言うことね』


 母が笑う気配がする。


『救いは人間界みたいに勉強がないことか……』


 高校での勉強に興味がなかったわけでもないけど、毎日学校行ったりとかそういったものからは解放されたことは間違いない。


 そこだけは救いだ。

 間違いない。


『あら? 魔界に来たからこそ、いっぱい勉強しなきゃダメよ』

「へ?」


 わたしのそんな楽観的な考えを、母が制する。


『貴女、文字も読めない状態なのよ? それではかなり日常生活に支障があると思うわ』

『そ、そうだった……』


 言語……、文字は日本語とは違うってことは聞いている。


 だから、わたしはゼロから覚える必要があるのだ。


『まずは基本からね。私室が1人ずつにあるってことは、共同部屋を作ってもらって、そのどこかでお勉強をしましょうか』

『うう……。幼児教育からやり直し~』


 簡単な文字も読めないなんて……。


『私も、九十九くんや雄也くんだって通ってきた道よ。異文化交流はまずその地の言葉から! 貴女は会話に問題がないだけ、かなり楽なはずよ?』

『そ、それはそうかもしれないけど……』


 英語ならまだ触れたことがある分だけマシかもしれないけど……、魔界の文字……か。


 さっき、少し歩いたところでいろいろと書かれていた気がするし、城にもあった気がするけど、あまり気合を入れて見てなかった気がする。


 目にしたくなかったというのが正しいだろう。


 確かに前、聞いていたように人間界で学んだアルファベットによく似ていた気がするけど、あれは間違いなく英語じゃなかった。


 英語っぽいのにどこか何か違ったのだ。

 綴りとか、多分、文法も違う。


 そして、あちこちに文字があるということは、この国の識字率というやつも低くないということだろう。


 実は、学校とかもあるのかもしれない。


『幸い、朝から晩までたっぷり時間はあるのだからいっぱい勉強できるわね、栞』


 表情が見えないはずの母の笑顔が見えた気がする。


 怖い……。


 逃げても良いかな?

 駄目だよね?

 そうだよね?


 解ってるんだけど、逃亡したくなる気持ちを理解してくれる人もいるよね?


 だけど、そんなことを考えている意識と別の場所……、わたしの頭の中のどこかで、誰かが呆れるような溜息が聞こえた気がする。


 いや、分かってるよ。


 逃げませんよ!

 本気で言ってるわけじゃないよ!


 ちゃんと()()()()()()()()もんね!


 わたしは、無理矢理にでもそう思い込むことにしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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