いつまでも逃げられない
2人の護衛青年たちに両肩から抱え込まれるように左右から抱き締められ、慰めの言葉まで頂戴したわたしの心が落ち着いた頃……。
『ユーヤ、ツクモ。ペナルティー、10』
そんな声が容赦なく降ってきた。
「「は!?」」
九十九と雄也さんの驚くような美声が、わたし右耳と左耳の至近距離で聞こえてちょっと心臓に悪い。
こう締め付けられるような触感はないのだけど、声や音などの聴感は、伝わるのだ。
『はい、それぞれ1追加』
容赦なくペナルティーとやらを追加していくミヤドリードさん。
えっと、そのペナルティーって、結局、なんなのでしょうか?
『発言の有無よりも、相手の許可なく触れることはダメよね?』
にっこりという擬音が背後に見えた気がする。
なんとなく、ワカとか、オーディナーシャさまと同じような雰囲気を感じる人だなと思った。
それを見て、九十九と雄也さんが、同時に慌てたようにわたしの肩から離れてくれた。
『まあ、泣き出しそうな主人を放置するような男たちではなかったことは評価して、ペナルティーが10ってことなんだけど……』
評価した上で、10ポイントのペナルティーとは。
評価されなかったらどれだけのペナルティーだったのだろうか?
『私を差し置いて、シオリに張り付くからよ。こっちがどれだけ我慢していると思ってるの!?』
……はい?
声に出なかっただけ良いと思ってください。
九十九と雄也さんが、残念なものを見るような目でミヤドリードさんを見ている。
「えっと? どうぞ?」
なんとなく両手を広げてみる。
「ぐっ!?」
凄い勢いで抱き締められた。
残念ながら、温かさと柔らかさは感じないけど、少しだけ漂った気がする香りは、わたしの胸の内を擽る。
「「ミヤ!?」」
『黙れ。今、私は、シオリの成長を確認しているところなの。邪魔するな』
おお!?
女性にしてはかなり低い声が聞こえた。
そして、ちょっと高くはあるけど、イースターカクタス国王陛下の声にも似ている気がした。
『ああ、あんなに小さかったシオリがこんなに大きくなって……』
そう言って、顔やら背中やらをあちこち撫で回される。
こんな所もイースターカクタス国王陛下に似ているとうっかり思ってしまったのはちょっとだけ申し訳ない。
あの方とこのミヤドリードさんでは、その目的が全然違うと言うのに。
だが、べりっという効果音が付きそうな勢いで、ミヤドリードさんとわたしは引き剥がされた。
『あら?』
「ふ?」
無言でその間に入り込む黒髪の青年。
『あらあら?』
ミヤドリードさんは頬に手を当てて、笑っている。
わたしは、なんとなく、横にいる九十九の方を見た。
「人間界では立場を利用した悪戯も、歓迎されない傾向にあります」
間に入った青年、雄也さんは冷たい声でそう言った。
『貴方たちと違って、私は同性なのに?』
その言葉は咎めるというよりも、楽しんでいるようにも聞こえる。
「同性でも相手が嫌がることをするのは問題だとは思いませんか? ミヤ」
なんだろう?
この、剣を抜かれて、喉元に向けられている人の姿を見た時のような感覚。
『随分、堅物になっちゃったのね~、ユーヤは……。昔、子供という立場を利用して、チトセに触りまくっていたガキと同じ人間とは思えないわ~』
「なっ!?」
ミヤドリードさんの言葉に、雄也さんは言葉を失い……。
「あ~、あれって、やっぱり、そうだったのか……」
そう言いつつ、九十九が目線を逸らした。
えっと、その娘であるわたしはどうしたら良いのでしょうか?
「す、好きな女性に触れたいと思うのは当然でしょう?」
『黙れ、マセガキ。貴方がそんな風に開き直るから、ハルグブン王子殿下……、じゃない、セントポーリア国王陛下の怒りが心頭するんじゃない』
あ、あれ?
なんだろう?
その場面を見たこともないのに、うっすらと何かが頭をかすめるような?
想像することが難しくない気がすると言うか?
『その結果、ツクモまで巻き込んで……。あ~あ、ツクモが可哀想~。結果として、いろいろ拗らせ、「発情期」になるまで追い込まれることになるなんて……』
「ぐ!!」
あ。
なんかよく分からないけど、九十九にもそのとばっちりが向いたことだけはよく分かった。
でも、なんで、セントポーリア国王陛下が怒った結果、九十九まで巻き込まれて、しかも、それが「発情期」に影響するのだろうか?
『状況は理解できたかしら?』
ミヤドリードさんがわたしに向かってそう言うので……。
「謎が深まりました」
素直にそう答えた。
ミヤドリードさんから向けられているその視線が、なんとなく生温い気がするのは何故だろうか?
『チトセはその辺りここまでじゃなかったけど……』
ぬ?
何故、母と比べられている?
『ああ、でも、セントポーリア国王陛下はかなり鈍かったわ。セントポーリア城で下兄様にチトセが迫られるまで、無自覚だったし』
それって、もしかして以前チラリと耳にしたビンタ事件というやつだろうか?
初対面時にイースターカクタス国王陛下が、母から張り倒されたという話だった覚えがある。
しかし、それって、セントポーリア城内でのことだったのか。
他国に来てまで、仮にも、当時の王子殿下の友人扱いだった人間相手に、なんて大胆な国王陛下なんだろう?
いや、それ以上に、他国の王子殿下を自国の城で張り倒した母というのもかなり恐ろしい話だ。
それって、もしかしなくても一歩間違えたら、外交問題になるんじゃないの?
今、セントポーリア国王陛下の外交秘書的なポジションにいる母がとんでもない過去を持っていたものだ。
『だから、頑張りなさいね、ツクモ』
ミヤドリードさんは、九十九の肩に手を置いて、温かくも優しい瞳を向ける。
でも、この流れで、何故に九十九?
「…………余計なお世話だ」
そして、ミヤドリードさんのその発言は、九十九にとって嬉しくなかったらしい。
どすの効いた低い声を発した。
『あらあら? ユーヤの教育が悪いから、ツクモが、貴方、そっくりの可愛くない態度に育っているわよ?』
「その土台を作ったのは間違いなく、ミヤだったはずですけどね?」
『え~? 私は牧場を作っただけで、後は貴方に管理を任せて放牧していたはずだけど?』
笑いながらもかなり酷い言い回しだ。
九十九を家畜や愛玩動物扱いしている。
「いいえ。俺たちはどこまでも、貴女の弟子ですよ。そのことは、セントポーリア国王陛下もチトセ様も、イースターカクタス国王陛下もご承知のようです」
『ほほう?』
ミヤドリードさんは顎に手を当てて笑う。
「そんなことを言うために、俺や九十九をここに呼び出したのですか?」
『いやいや? さっき言ったでしょう? チトセの境遇と、そこから連なるシオリの話をちゃんと理解させたかったのよ』
「そんなこと、貴女に言われなくても承知しています」
なんだろう?
雄也さんが珍しく感情的に見える。
いや、どことなく、余裕がない感じ?
まるで、あのイースターカクタス国王陛下に会った時のようだ。
ミヤドリードさんはあの方の妹殿下だった。
そう言った意味でも、どこかに苦手意識があるのかもしれない。
『何を言ってるの? 話はまだ終わっていないわ』
不意にミヤドリードさんの雰囲気が変わる。
『ツクモ、剣術を学びたければ、セントポーリアに行きなさい』
「え……?」
ミヤドリードさんは九十九にそう声をかける。
『シオリ、魔法を学びたければ、アリッサムに行きなさい』
そして、わたしにも。
だが、魔法国家アリッサムは既にない。
それは、記憶を更新されているミヤドリードさんも分かっているはずなのに……。
『そして、ユーヤ。全てを知りたければイースターカクタスに行け!』
「何故、俺だけ露骨に言い切り型の命令口調なんですか?」
いえ、雄也さん。「~なさい」も命令形です。
そして命令形は全て言い切り型です。
言いたいことは分かりますが……。
『その方が面白いから?』
そして、やはり酷い理由だった。
『実際、ツクモやシオリは必要だと思ったら、素直に行くもの。でも、貴方は必要だと分かっていても、自身の感情を最優先して絶対に行きたがらないでしょう?』
「ミヤ……」
雄也さんが複雑な顔をした。
わたしにも、その理由はなんとなく思い当たることがある。
彼は、いや、彼ら兄弟は、イースターカクタス国王陛下の兄の子供たちだ。
そんな2人がイースターカクタスに行けば、どうなってしまうのだろうか?
それに、彼ら両親のこともある。
それを考えれば、雄也さんが簡単に首を縦に振ることはできないだろう。
『時間はかかっても良いから、シオリではなく貴方自身が自分の意思で、覚悟を決めなさい』
だけど、イースターカクタス国王陛下の王妹殿下は無情にも言いきる。
『私は、それを伝えたかったの』
いつまでも逃げてはいられない……、と。
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