ペナルティー
『まあ、いろいろと聞きたいことも話したいこともあるだろうけど、まずは黙って聞きなさい』
金色の髪に青い瞳を持った女性……、ミヤドリードさんは、わたしたちに向かってそう話しかける。
『まず、私は死んだ人間。これが前提の話ね』
あっさりとそんなことを口にする。
この人は、わたしの夢に最初に現れた時にも、そんなことを言った。
自分は死んだ人間だから、生きている人間の歴史そのものに干渉はできない、と。
『だから、本来は生きている人間に関わることはできない。時間が経てば、泡のように消えてしまうものだと理解なさい』
九十九と雄也さんはそんなミヤドリードさんの言葉を黙って聞いている。
凄いな。
わたしなら「黙って聞け」と言われても、つい、口を開きたくなってしまうのに。
『実際、私は「聖霊界」にいる。この世界に残っている残留思念、この世界に対する未練みたいな感情が全て消えた後、その魂からも記憶が浄化され、まあ、生まれ変わる準備に入る、らしいわ。その辺り、詳しくは分からない。誰も説明してくれないし』
大神官さまの話でも、亡くなった人の魂は、「聖霊界」に送られ、記憶が浄化された後、生まれ変わる準備に入ると言っていた。
でも、残留思念、この世界に残る強い思いは人によって違う。
そして、魔力が強い人間ほど、その思いは留まり易いらしい。
だから、「魂石」に思いの一部を吸い取り、未練を残しにくくするとかなんとか?
『だから、残留思念以外で生きている人間と交流は持てないのだけど、例外があるみたいでね。本来は繋がらないはずの世界に繋がっちゃう人間がいるのよ』
ミヤドリードさんの言葉で、九十九と雄也さんから同時に視線を浴びる。
2人ともしっかり見るわけではなく、本当にチラリと見る程度だが、その視線はかなり鋭く突き刺さるようだった。
『ここ、普通の夢と違って何もなく白いだけでしょう? 「現世」でも、「聖霊界」でも、勿論、「聖神界」でもない世界なの』
ああ、視線がまた強くなった。
『ここは神が人間に干渉するために作った世界の一つ。「狭間の世界」と呼ばれる場所。神官たちは「聖境界」とか、「夢想界」と呼ぶ世界だけど、人間が肉体を持った状態ではまず来ることはできない世界よ』
だけど、2人ともミヤドリードさんの話を聞いて?
例外は、わたしだけではない。
『その例外が、チトセなの』
「は!?」
思わず声を上げたのは、雄也さんだった。
『はい、ユーヤ。ペナルティー1』
ミヤドリードさんから笑顔でそんなことを言われ、雄也さんは押し黙る。
しかし、ペナルティーって何だろう?
『まあ、ユーヤってば、チトセのこと、昔っから大好きだものね~。でも、駄目よ。約束は約束』
今、さらりと気の毒なことを言われた気がする。
個人情報公開と言うか、私情の大公表と言うか?
わたしはたまたま知ることになったけれど、知らなかったら、さっきのやりとりでビックリしていただろうな。
でも、過去のことだし、雄也さん自身は恋愛ではないって言ってたからね。
『では続けましょうか。本来は、人間の魂、意識しか来ることができないはずのこの世界に、ごく稀ではあるのだけど、創造神から加護を与えられ、その肉体ごとここに召喚されてしまう人間がいるの。それが、チトセたち「創造神に魅入られた魂」と呼ばれる存在ね』
それは、恭哉兄ちゃんからも、情報国家の国王陛下からも聞いている。
ただ、この白い世界を通ることは、わたしもミヤドリードさんから聞くまでは知らなかったのだけど。
『それらの存在は魂だけではなく、その肉体ごと創造神より加護を受けるために在り得ないほどの幸運に恵まれる。さらに、加護により体内魔気を使わずに魔法が使えてしまうため、本来は一定量の体内魔気を必要とする古代魔法すら行使できてしまうことが多いようね』
母は「体内魔気」に関しても、人間界で生まれた人間にしてはそれなりの強さがあるため、基本的な現代魔法ぐらいは使えるらしい。
但し、純粋な魔界人ほど強い魔法を使うことは無理だとも言っていた。
でも、そのかわり、古代魔法の威力は純粋な魔界人すら凌駕するとも聞いている。
セントポーリア城下にいた頃、水尾先輩が魔力を暴走させかかった時に、彼女を眠らせたことがあるが、それはこの辺りの事情が絡んでいるそうだ。
体内魔気の護りが強すぎるはずの魔法国家の王族が、多少、その精神が混乱していたとは言っても、簡単に眠るはずもない。
実は、厄介なことに、「創造神に魅入られた魂」という相手に対しては、「魔気の護り」が発生しないらしいのだ。
それだけ格上の、全ての神の頂点に立つ創造神の加護と言うのは規格外ってことだね。
『はい、この辺りで何か質問は?』
「ミヤはいつ、そのことを知りましたか?」
雄也さんは敬語を使いつつも、ミヤドリードさんのことを「ミヤ」と呼び出した。
『死んでから』
しかも、とんでもない答えが返ってきた。
『ここは、生きているうちはほとんどの人間が縁のない世界だから』
「つまり、『聖霊界』では記憶の更新がされていると言うことでしょうか?」
『まあ、肉体がないだけの状態だからね。そう考えると、記憶というのは魂に宿っているってことかしら?』
「それでも、いつかはその魂からも、記憶が消されるわけですよね?」
そう言った雄也さんの表情はよく見えない。
だけど、その言葉に込められたものは分かる気がする。
『残留思念、現世との繋がりが消えればね。新たに生まれ変わるのには、邪魔だもの。だから、なかなか記憶が消えない魂もある』
「現世での未練が強い人間ですか?」
『そうなるわね。ほとんどの人間は、親兄弟姉妹や自分の子や孫、ひ孫ぐらいまで見届ければ満足する。だけど、中には未練たっぷりな魂もあってね。時間の流れはないに等しいのだけど、千年単位で記憶が残っているという話も聞いたことがあるわ』
時間の流れが感覚としてなくても、千年単位でずっとこの世界を見守り続けるのは凄いなとは思うのだけど。
でも……、仮に「聖霊界」へ行くことができても、未練が尽きるまでしか見守れないのかとも思ってしまう。
自身の子や孫だけでなく、子々孫々まで見守れたら、と考える自分は欲が深いのかもしれない。
いや、このままでは、自分が末代になってしまう可能性もあるのだけど。
『そろそろ、話を戻すわよ』
ミヤドリードさんの声に、思考が戻される。
『チトセ本人は覚えていないみたいだけど、元々生まれ育った人間界からこの世界を通り、私たちの世界へ連れて来られた。そこには本人の意思もなく、ただ、創造神がそれを望んだというだけで』
母は、気付いたらセントポーリア城下の森で倒れていたと本人からも聞いている。
誰かに呼ばれたわけでもなく、予告もなく、ある日突然に。
わたしは魔界に来ると決めてから、母の兄である伯父に連絡をとり、電話で当時の話を聞いてみたのだ。
考えてみれば、母は15歳で魔界に来てから、わたしが5歳になるまでを魔界で過ごしていたのだ。
だから、当時、人間界で情報操作や記憶操作をしない限り、いろいろと矛盾が生じてしまうと思って、魔界へ向かうことは伏せた上で、確認したのだ。
母が、娘であるわたしに父親のことを含めて、自身の若い頃の話を全くしてくれない理由を知っているか? と。
姪からの突然の電話にも関わらず、伯父は、少し迷いながらも、母の子であるわたしも知っておくべきことだと少しだけ話してくれた。
当時、母は高校生になったばかりだった。
地元では、事故も事件も考えられ、大規模な捜索活動もあったらしいが、母は見つからなかった。
そして、行方不明となった母は「神隠し」とされ、怪しげなオカルト系雑誌とかにも取り上げられた後、何故かある時、プッツリとその噂すら消えてしまったそうだ。
それこそ、「神がかり」的な何かが起きたかとしか思えないぐらいに。
誰の記憶からも母の存在は薄れ、母の両親と伯父、そして当時を知る伯父の奥さんぐらいしか母のことを思い出さなくなり、それからさらに数年経った後、突然、伯父に母から連絡があったらしい。
―――― 娘を連れて会いに行く。
伯父もさぞ、混乱したことだろう。
ずっと行方が分からなかった妹から、いきなり連絡があった上、いつの間にか子供を産んでいたのだから。
その時、その当事者たちの間でどのような会話が交わされたのかについては、教えてもらえなかった。
わたし自身は小学五年生の春に、その伯父に大阪で会った時に、「あの時の子がもうこんなに大きくなったか」と言われたことぐらいしか記憶に残っていなかったと言うと、「小さかったから無理もない」と笑ってくれたけど。
わたしの人間界での記憶の始まりは、母と住んでいたあの家からだ。
そして、一番古い記憶は6歳の誕生日。
母が誕生ケーキを前にわたしに向かって、「栞も来月には小学一年生ね」と言ったところから始まっている。
ミヤドリードさんの話を聞きながら、そんな昔の話を思い出したのだった。
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