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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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安心できる要素がない

「栞ちゃんの夢に現れたミヤドリードは、『夢で逢う』と言ったんだね?」

「え? はい」


 わたしの話を聞いた後、雄也さんはそんなことを確認してきた。


「でも……」

「分かっている。それが本物かどうかは分からない」


 迷うわたしに対して、雄也さんは迷わずに言いきる。


「だけど、せっかくの『誘い』だ。乗ってみよう」


 雄也さんはどこか楽しそうにそう続けた。


 それが、好奇心の強い……どこかの王さまの瞳に重なる。


 その瞳の色は全然違うのに、同じ情報国家の王族の血が流れているだけあって、どうしても、彼らはよく似ていると思えてしまうのだ。


 でも、そのことは雄也さんにとっては嬉しくないことだろう。

 それだけ、彼は、あの情報国家の王さまのことが苦手なようだから。

 

 雄也さんは「誘い」とやらに乗ってみると判断したが、そのわたしの夢の中に現れた女性から言われた「夢で逢いましょう」の意味が、わたしにはよく分からない。


 自分の姿を見せろと言うのは、彼らに対して、わたしと夢の中で会っていると説得力を持たせるためだとは思った。

 

 でも、その「夢」とは、実際、眠っている時に見ている夢なのか?

 それとも、別の暗喩なのか?


 そして、雄也さんには伝わったのだろうか?

 

 それに……。


「九十九とリヒト……、どうしましょうか?」


 すぐ近くで眠っている九十九と、この広場から離れることが難しいリヒトをそのままにして、どこかに行くことはできないだろう。


 でも、わたしもそろそろ限界が近い。


 先ほどから、「緊急睡眠速報」が頭の中に流れている。

 何度も意識が落ちそうで、思考が纏まらなくなっていく。


「栞ちゃん」


 わたしの身体を支えてくれている雄也さんの声が頭上から聞こえてきた。


 駄目だ。

 顔が上げられないほど沈んでいる。


「リヒトはともかく、九十九はこのまま放置で良いかい?」

「駄目です」


 少し、浮上。

 なんて、酷い提案をする兄なのか。


 割といつものことなのだけど、こんな場所での放置は流石にあんまりだと思う。


「仕方ないな」


 大きく息を吐いて、そう言いながら、ふわりとわたしを抱き抱える。


「ふわ!?」


 いや、別に「ふわり」という表現に掛けた叫びではない。


 本当に驚いただけだ。

 背中から支えられていただけの姿勢から、完全に足が宙に浮いた。


 この「ゆめの郷」に来てから、わたしは何回、「お姫さま抱っこ」をされてしまうのか?

 しかも、いずれも見目麗しい殿方ばかりに。


 まるで、女性向け恋愛ゲームの主人公だ。


 いや、わたしが人間界でやったことがある女性向け恋愛ゲームは、なんとなく女性向け恋愛ゲームの皮を被った国盗り系な印象を持つゲームだった気がしなくもないけれど。


 でも、多分、短期間で様々な殿方とのトキメキイベントが発生するのは、少女漫画よりも女性向け恋愛ゲームだよね?


 残念ながら、自分が主人公枠から外れている感が凄くて、嫌になるけど。


 なんとなく、キラキラしい「恋愛ゲームに(美形が集う世界に)異物(ごく普通の少女)混入(が出会った~)」的な話?


 うん、まったくもって、自分とは世界観が違う。

 しいて言えば、わたしに「聖女」要素がなくはないぐらいか?


 でも、ワカから「残念聖女」と呼ばれるぐらいの人間なのだけどね。


 そんな阿呆なことを考えていると……。


 ズズズッっと地を何かが這いずるような、いや、重い荷物が引き摺られるような音が聞こえた気がした。


 そして、それは、まだ聞こえる。


「雄也さん?」

「はい?」


 互いに疑問形。


「この音、何の音でしょうか?」

「音?」


 一瞬、雄也さんが不思議そうな顔をして……。


「ああ、()()()()()()……かな?」

「…………はい?」


 音の印象だと「動く」と言うより「蠢く」の方が近い気がする。


 しかも、九十九はまだ意識を飛ばしたままじゃないだろうか?


「雄也さん?」

「はい?」

「九十九は、どう動いてますか?」

「…………栞ちゃんは人間界の『紅葉卸(もみじおろし)』って知ってる?」

「知ってます!! だから、止めてください!!」


 人間界の「紅葉卸(もみじおろし)」とは、大根に唐辛子を一緒に卸したものだったり、「大根(おろし)」と「人参(おろし)」を合わせたものだったりする。


 共通点は「(おろし)」と、「(あか)」。

 つまり、九十九の身体が(おろ)されて紅く染まってしまうってことですよね!?


 同じ意味でも、まだ「挽き肉(ミンチ)」の方が耳に馴染んでいる気がする。


 よくよく考えれば、それもどうかと思わなくもないけど、少年漫画では圧倒的にこの単語の方が多いのだから仕方ない。


「栞ちゃんを抱えたまま、九十九を動かすにはこれが一番なんだよ」

「わたしを下ろして、九十九を抱えた方がずっとマシです!!」

「俺は、180近くの武骨で可愛くない男を抱えるよりは、可愛い女性を抱き抱えた方が精神的に良いと思うけど」


 言われてみて、考える。

 あらゆる意味で破壊力がある絵面だ。


 そして、描き方によってはそう言った方向性の絵が大好きな方々には大絶賛されてしまいそうな気がした。


「でも、自分のせいで、九十九の身体が『紅葉卸(もみじおろし)』になってしまう方が、わたしの精神的にはきついです」


 わたしがそう言うと、雄也さんは苦笑する。


「このまま、休ませて『紅葉卸(もみじおろし)』にしながら運ぶのと、無理矢理叩き起こすのは、どちらが良いと思う?」


 何故、その二択しか選べないのか?


 そこにわたしを下ろすという選択肢はなく、九十九を浮遊させて運ぶという選択肢もないらしい。


 困った。

 この兄弟は時々、わたしを困惑させることが趣味だとしか思えないことをする。


「…………叩き起こす方向で」

「本当にそちらで良いのかい?」

「……はい?」


 何故、確認するのだろう?

 どう考えたって、地面を引き摺って九十九を進ませるという選択肢を選べるはずがないのに。


「まあ、俺は構わないけど……」


 雄也さんが不敵に笑う気配がした。

 ……俺()


「起きろ、愚弟」


 深く考える間もなく、雄也さんから()()が放たれた。


 わたしは人の気配に敏感ではないが、それでも、分かるほどの迫力、それも、間近で放たれたことで、思わず身を竦める。


 自分に向けられたものではなかったために、「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」は発動しなかったが、自分の中の魔力の気配が動いたことは分かった。


 そして……。


「阿呆か。状況を見て動け」


 雄也さんは何事もないかのように呟く。


 だけど、わたしは目を見張るしかなかった。


 いつの間にか起きた九十九が、背後から兄である()()()()()()()()()()()()()()()()()のを見たのだから。


 「お姫さま抱っこ」という特殊な姿勢であるため、彼の首元に、刃がほとんど触れているような状態がはっきりと見えてしまい、わたしは思わず息を呑む。


 下手に制止の声も上げられない。


 わたしが今、僅かでも動けば、完全に触れてしまうことだろう。そのきっかけになりたくはない。


 それでも、雄也さんはその視線どころか、表情すら動かさなかった。

 本当に、なんて、人なのだろうか。


「何のつもりだ?」


 雄也さんより低い声が九十九の口から漏れる。


 そこには明らかに怒りが含まれていた。


「お前こそ、何のつもりだ?」


 対して雄也さんはいつものように笑いながらそんな言葉を口にする。


 なんで、今、笑えるの?

 わたしは、本当に怖くて仕方がないのに。


 いつも見ていたはずの九十九の綺麗な剣がとても恐ろしいものに見える。

 少しでも動けば人を傷つけてしまう武器。


 そして、ああ、剣ってこんなに怖い凶器だったのかと今更ながら理解した。

 

「まず、この刃を下ろせ」

「断る。あれだけの殺気を向けておいて……」

「俺は良いが、主人が怯えている」

「え…………? あ……」


 そこで、ようやく、九十九はわたしに気付いたらしい。


 そして、移動魔法、独特の気配と共に、自分の目に見えていた景色が少しだけ変化する。


「迷いもなく振り抜きに来たな」

「……ったり前だ!! 栞から離れろ、このクソ兄貴!」


 見ると、少し離れた場所で九十九が、剣を振り抜いた姿勢のままで叫んだ。

 いや、ちょっと待って!?


「なんで振り抜きにいってんの!?」


 あの状態で振り抜いたら、流石に雄也さんの首がすっ飛ぶんじゃないの!?


 雄也さん自身が移動魔法を使ったから、そんな事態は起こらなかったけれど、もし、少しでも遅れていたら?


 それを考えただけでぞっとする。


「安心しろ、お前を血で染める気はない」

「安心して、キミを血で染める気はないから」


 口調は違うものの、まったく同じ言葉が同時にかけられる。


 いやいや?

 どこに安心できる要素があった?


 そして、わたしの護衛たちって、暗殺者(アサシン)だったっけ?

 そんな言葉が頭を通り抜けながら、わたしの意識は遠ざかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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